8 世界には実に色々な女性がいる
一時間目の授業が終わり、オレは早乙女に文句のひとつでも言ってやろうかと思った。
チャイムが鳴って隣を見る。
だがその時、早乙女の姿はすでにそこにはなかった。
トイレか……。
そう思い、早乙女が戻ってくるのを待つ。
しかしどれだけ待っても、彼女は席に戻ってこなかった。
そのままの状態で二時間目の授業が始まっていく。
そう。
つまりヤツは――入学早々にして、授業をサボったのである。
こういうの、ありなのか?
新一年生が二日目からこんなフリーダムって、許されるのか?
オレはムカついていた。
アイツは昨日からオレの前で先輩を装い、ずっとオレに敬語を使わせていたのだ。
いや、まぁ、それはいい。
いいだろう。
敬語くらい、いくらでも使ってやる。
だがアイツがオレの入部届を捏造したことだけは絶対に許せない。
このままではオレは、本当に民俗学研究部とかいうなんだかよくわからない部活の所属になってしまう。
それはイヤだ。
絶対にイヤだ。
オレは運動部に入る。
そう、たとえばサッカー部あたりに入部し、女子マネージャーと良い感じになったり、いつも見学に来る女子生徒といちゃついたり、遠征に行った先の他校の女子とケータイ番号を交換したり、そういったごくごくフツーのありふれた青春期を大いに楽しむのだ。
その日の授業をすべて終えると、オレはそそくさと帰り支度を始めた。
『今日の放課後、鶯岬デンパ塔に来なさい。今後のことを話し合いましょう』
今朝、早乙女はそう言った。
だとすればヤツは今、あの元灯台にいるに違いない。
スクールバックを肩にひっかけ、オレは教室を出る。
入学直後の新一年生たちは、帰る気配もなく、新しい環境と新しい仲間たち同士で、皆楽しそうにしている。
昨日早乙女と出会わなければ、オレだってあちら側にいたはずだ。
そんなことを考えながら、オレは校舎を出て、海側に続く坂道を下りていく。
鶯岬デンパ塔。
学校敷地内から鶯岬を見下ろすと、デンパ塔の中に人影が動いているのが見えた。
――いる。
ヤツは今、間違いなくあのデンパ塔の中にいる。
早乙女沙織。
ものすごい美少女だけど、ものすごくアレなヤツ。
アイツにはあの奇妙な建物がよく似合う。
なにしろアイツ自身が思いっきりデンパ系なのだから。
「あら、アナタ。また会ったわね」
オレがデンパ塔に向かって歩いていると、誰かが後ろから声をかけてきた。
振り向くと、昨日の老女がそこに立っている。
夕方の散歩だろうか?
彼女の手には今日も犬用の赤いリードが握られていた。
「こんにちは」
オレは老女に会釈をする。
老女は相変わらず感じが良く、やはりとても品があった。
早乙女のようなペテン師が将来絶対になれないような女性だ。
「アナタ、もしかしてやっぱりここが好きなの? 鶯岬デンパ塔」
「いえ、好きというわけでは……今日はその、クラスメイトと待ち合わせをしておりまして」
「待ち合わせ? まぁ、もしかして女の子?」
「はぁ、まぁ、女の子って言えば、女の子ですけど……」
「素敵ね。思春期の恋は本当にキラキラしてるわ」
「いえ。その子とはそういうのじゃないんです。どちらかというと、人生の汚点になりそうな気がしてなりません」
「まぁ、ひどい。毒舌もいいけど、女の子は傷つきやすいから気をつけなさいよ」
いえ、現代においては男の子の方が傷つきやすいです、とオレは言いたかった。
でも言えなかった。
「母さん!」
下り坂の上の国道あたりから、車を降りた中年男性がそう声をかけてくる。
ニコニコとこちらに向かって大きく手を振っていた。
老女もそれに応え、まるで子どものような表情で彼に手を振り返す。
「息子よ。いつも私を心配してくれてるの」
「あぁ、息子さんですか」
「それじゃあ、私は行くわ。彼女さんによろしくね」
「あぁ、はい」
「でも一体どんな素敵な女の子なんだろう? 一度お会いしてみたいわ」
そう微笑んで、老女は国道までの坂道を上がっていく。
国道からこちらを見下ろしている息子さんが、オレに向かって小さく会釈をしてくれた。
オレは彼に会釈を返し、老女が車に乗ってから再び歩きはじめる。
世界には実に色々な女性がいた。
あの老女のようにきちんとしている女性もいれば、早乙女みたいにロクでもないクソみたいな人間もいる。
デンパ塔までの道のりを歩きながら、オレは固く決意する。
あんなヘンなヤツが部長の部活になんか、絶対に入らないぞ。
って言うか、なんでアイツは新一年生のくせに、いきなり部長なんだ?
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