4 あるいは、その、何かしらの宗教?

「こ、ここですか?」


「うん。そう」


「いや、あの、ここに部室はないでしょう……」


「ねぇ、キミ。大丈夫? あそこにある思いっきり絶景な部室が見えない?」


 ムリヤリ幼稚園児に連れてこられたのは、例の灯台の場所だった。

 鶯岬デンパ塔。

 もちろんそこには今朝と同じようにオレたちの行く手を阻む金網がある。

 だが今度は違った。


 スクールバッグから取り出したカギで、彼女が金網を開ける。

 フェンスが開放されると、オレたちに向かってまるで別世界のような風が吹きつけてきた。


「あ、あの、入っていいんですか、これ?」


「入っていいから私がカギを持ってるんでしょ? ここは鶯岬高校が管理している施設なんだ。おまけに民俗学研究部の部室。ずっと昔からね」


「でも、ここって、立ち入り禁止区域なんじゃ……」


「それは一般向けの話。さ、行こ。ここは、もぉ、私の家みたいなもんだから」


「家……」


 戸惑うオレを置き去りにして、ムリヤリ幼稚園児が灯台までの道のりを歩きはじめる。

 オレは思いきってこの場から逃走しようかと思った。


 この人、なんかヘンだ。

 って言うか、なんかアレだ。


 だがあの灯台みたいな建物にもなんだかものすごく興味がある。

 仕方なく、オレは彼女についていくことにした。


 欄干に挟まれた細い道は、歩いてみると少し急だった。

 遠くから聞こえてくる船の汽笛。

 さっきより強い風がオレの制服をばたつかせる。


 眼下に見える岩場は、人生に絶望していたら思わず靴を脱ぎきちんと揃えたくなるような雰囲気だった。

 あるいはサスペンスドラマのエンディングで、これまでのすべての謎が解き明かされるような場所。


「さぁ、どうぞ。まずはこっちを案内するよ」


 ムリヤリ幼稚園児が灯台の横にある和式家屋のドアを開ける。


「お、お邪魔します……」


 会釈をして中に入ると、そこはまるで図書館のような場所だった。

 巨大な本棚が整然と並んでいて、外観のようなうらぶれた感じがまったく無い。

 それどころか、清潔な知性のオーラがプンプンと漂っていた。


「こちらは……一体どのような場所なんですか?」


「ここは言ってみれば民俗資料館ってとこかな? 鶯岬町だけでなく、日本全国の民俗学的な資料がいっぱい保管されている」


「そんな貴重な資料が、こんな断崖の環境に……」


「潮風吹きまくりで保管にはまったく向いてないけど、ま、そんなの偉い人にはどうだっていいんじゃない? 現代に生きる人々は、ほとんどの者が過去に興味がない。過去を見捨てると、いつか未来にも見捨てられるっていうのにね」


 そう肩をすくめ、ムリヤリ幼稚園児が館内を歩いていく。

 オレはやっぱりそれについていくしかなかった。


 しかしここは……何と言うか……オレみたいなヤツが入っていい場所なんだろうか?

 なんだかよくわからないが、とてつもない場違い感がある。


 さらに奥に進むと、そこには、


 見たこともない装束や祭壇、

 神前幕、

 竜の口、

 灯篭、

 鈴、

 土器、

 水玉、

 神鏡、

 太鼓や傘、御神輿の類


 までもが実に乱雑に置かれていた。


 で……これは一体……何だ?

 骨董品屋でも始めるのか?

 あるいは、その、何かしらの宗教?


「あの、先輩」


「ん? 何?」


「こちらの、そのぉ、ちょっと邪神教的な、あんま良くない道具みたいなのは一体何なんですか?」


「全部儀式に必要なものだよ。今夜の魔宴サバトはきっと盛り上がる。アナタのようなフレッシュな愚者パンチをここに導いたのだから」


「ゑ……」


「ウソ」


「ウソ……」


「全部、昔からこの鶯岬町にあるものだよ。鶯岬の歴史については、ここに来れば大体わかる」


「オレ、鶯岬って、まだ一週間くらいしか住んでないんですよ。引っ越してきたばかりで……」


「あぁ、そうなの? 地元民じゃないんだ」


「はい。だからちょっとよくわからなくて。あの、鶯岬って、そんなに、こぉ、民俗学的に有名なとこなんですか?」


「どうだろ? でもそうだね……表立ってはあんまり有名じゃないかもね」


「ですよね。オレも聞いたことなくて……」


「でも民俗学を真に学ぶ者、あるいはオカルトに傾倒した者にとっては、まさに宝の山みたいな町だよ。知る人ぞ知る、現世うつしよから独立した世界」


「は、はぁ……」


「じゃあ灯台――部室の方に行こっか」

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