2 ムリヤリ幼稚園児、太客を求める

 入学式はとどこおりなく終わっていった。

 おごそかな台詞が飛び交い、保護者たちはモウレツに感動している。

 だがそれは彼らだけで、生徒と教師は一人残らず早く終わることを望んでいた。


 式が終わり、自分に割り当てられたクラスでのホームルームを終える。

 担任である中年男性・桜庭さくらば先生が教室を出ていくと、オレたち新入生は一気に解放された。


 同じ中学出身の者同士が和気あいあいと話しはじめ、塾などでもともと知り合いだった人たちが笑顔で挨拶を交わしている。


 オレは、この鶯岬町出身ではないので特に顔見知りなどいなかった。

 一人で黙々と帰り支度をはじめる。


 まぁ、そんなに慌てることはないだろう。

 そのうちきっと友だちはできる。

 今は引っ越してきたばかりのこの鶯岬町に慣れることの方が先決だ。


 一年生の教室がある三階から一階に下りると、廊下は部活動勧誘の先輩たちでいっぱいだった。

 それぞれの部が、それぞれのユニフォームを着て、手当たりしだいに新一年生を勧誘している。

 運動部と文化部がひしめき、その中で吹奏楽部まで演奏しているものだから、もはやそこはカオスだった。


 その風景を眺めながら、オレはゲタ箱までの道のりを歩く。


 一番人だかりができているのは、どうやらチア部のようだ。

 だがそれは部勧誘として成功しているとは思えない。


 何故なら彼女たちの勧誘パフォーマンスを最前列で見ているのは、どっからどう見てもモテなそうなムサッ苦しい男子ばかりだったからだ。

 彼らはどこか、すでに写真部への入部を決めているような気がした。


「ねぇ。部活はどうするの?」


 ゲタ箱に向かって歩いているオレに、誰かがそう声をかけてきた。

 校内で初めて人に話しかけられたオレは、「はい?」と愛想よく振り返る。

 だがその瞬間、一気にすべての言葉を失った。


 そこには……一人の幼稚園児が立っていた。

 黄色い帽子と肩掛けバッグ、ブルーのスモックに紺色のミニスカート。

 ご丁寧に胸にはチューリップのカタチをした名札までついている。


「ねぇ、おにいたぁん! 部活はどうするのぉ! 私に、お・し・え・てぇ!」


 目の前でバタバタと騒ぐその女子生徒に、オレは心の底から冷めた目を向けた。

 何故なら彼女には、まったく、どこにも、カケラも、ロリータ要素が見当たらなかったからだ。


 サラサラの長い黒髪。

 モデルのように細長い手足。

 ちょっとビックリするくらい白い肌。


 顔つきはあきらかに美人だが、目が完全ににごりきっている。

 まるでどこかのチンピラ女かキャバ嬢のようだった。

 教師の側にいてもまったく違和感がないだろう。

 つまり――大人だ。


「えっと、あの……」


「んもぉ、早く、お・し・え・てぇ! 沙織さおりたんね、沙織たんね、おにいたんといっしょの部活に入るのぉ!」


「さ、沙織さんとおっしゃるんですね……」


「うん! だからね! あのね! おにいたんが入る部活を教えてぇ! 決めてないんなら、沙織たんのいる部活にいっしょに入ってぇ!」


「あの、とりあえず、ちょっと落ち着いていただけませんかね?」


「落ち着いてるよぉ! 沙織たん、めちゃくちゃ落ち着いてる!」


「その、周りの目もありますんで……」


「周りの目ぇ?」


 それに頷き、オレは周囲を見るよう、視線で彼女にうながした。

 近くにいる新一年生たちは、皆一様に何かアレなものを見るような目つきでオレたちを見ている。


「もぉ、みんな萌えてるぅ! 沙織たんの幼稚園児姿見て、萌えちゃってるぅ!」


「現実を見てください。引いてます。みんな、引いてます」


「引いてる……」


 そう呟くと、彼女は急に冷静になって小さなため息をついた。

 憑依が解けた霊媒師のように、大人びた表情でオレにささやく。


「ねぇ、やっぱ似合わない? なんかドえらいムリヤリ感?」


「はい。そりゃあ、もう……」


「何故だ……何故ドン引く……」


 途方に暮れた彼女がオレの前で苦悩する。

 オレはなんだか可哀想になり、仕方なく彼女に訊いた。


「あの、先輩はどちらの部の勧誘なんですか?」


「私? 私はね、民俗学研究部」


「民俗学研究部……それはつまり、地元の文化を研究していく的な?」


「うん。そう。それ。そんな感じ」


「それが何故、幼稚園児のコスプレで……」


「えっと、何? 意外性? お堅くない部活アピール?」


「へ、へぇ……」


「萌え要素で、太客ふときゃくゲッツ?」


「ここ、キャバクラじゃなくて学校ですけど?」


 オレの言葉に、彼女は「やれやれ。わかってないなぁ」といったお手上げのポーズをとった。

 廊下の向こうに視線を向け、チア部の勧誘パフォーマンスを見つめる。


「民俗学研究部もやっぱアレかな? あれくらいチラ見せしないと部員が集まらないんだろうか?」


「なんで文化部がチラ見せするんですか?」


「え? キミ、チラ見せ好きじゃないの? ひょっとしてBL?」


 ものすごい食いつきで彼女がときめきの表情を向けてくる。


 この人、よく見るとかなりの美少女だが、どう考えてもアレだ。

 地雷系だ。

 しかも地雷なのに、あからさまにツァーリ・ボンバ級。

 オレの野生の勘が、さっきから激しい警告音を発し続けている。


「それじゃ、あの、オレ、失礼します」


 そう残し、オレはその場から立ち去ろうとする。

 ――その時だった。


「きゃーーーーーーーっ!」


 廊下の向こう、階段のあたりから女子生徒の大きな悲鳴が聞こえてきた。

 その金切り声で、廊下にいたすべての部勧誘がストップする。

 一瞬の静寂が周囲を包み込み、それが終わると、ざわめきとともに生徒たちが階段に駆け出した。

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