鶯岬デンパ塔

貴船弘海

第一話 うたかた蝶(全17回)

Intro(これはとても幸せな粉)

 その後ろ姿を見た時、私は思わず息を止めた。

 な、なんで?

 まさか……信じられない……。


 私の目の前に、彼がいた。

 懐かしい肩のライン。

 いつもふざけて飛び乗っていた広い背中。

 綺麗にカットされた清潔な襟足。


 もちろん私は人違いだと思った。

 彼が学校にいるはずがない。

 制服を着て、廊下を歩き、私の目の前にいるなんてありえない。


 だけど私はその背中を追ってしまう。

 人違いなのはわかってる。

 でも、それでも追わずにはいられない。


 その背中に追いつく。

 私はついに、その名前を呼んでしまった。


「あ、明夫?」


 私のその言葉に、その背中がピタリと立ち止まる。

 階段の手前に、不思議な静寂が訪れた。


「ご、ごめんなさい……人違いでした……」


 私はすぐに謝る。

 バカだ、私……。

 明夫がここにいるはずがない。


 だけどひと呼吸おいて振り返ったその人の顔を見て、私は心臓が止まりそうになる。

 彼、だった。

 間違いなく、明夫だった。


 いつも私に微笑みかけてくれた、やさしい彼。

 肩をすくめる可愛らしい仕草。

 少しテレたように私を呼び捨てにする。


「良美」


 明夫が私に大きく手を広げる。

 信じられない幸せの中、私は彼の胸に飛び込んでいく。


「明夫!」


 彼の名前を呼ぶ。

 明夫は以前とまったく変わらない笑顔で私を見つめていた。


 明夫と、また会えた!

 もう二度と会えないと思っていた明夫に、私はまた会えたんだ!

 私たちの体が、数ヶ月ぶりに重なっていく。


 明夫! 明夫! 明夫!

 やっぱり私、明夫が好き!

 明夫のいない人生なんて、考えられない!


 そんな私たちの頭上に、どこからかピンク色の粉が降ってくる。

 まるで粉雪みたいに。

 明夫に抱きしめられながら、私は私たちの世界がピンク色に染まっていくのを感じた。


 この粉が一体何なのか、それはわからない。

 だけどその粉は、階段で抱き合う私たちをとてもあたたかく包み込んでくれる。


 これは――とても幸せな粉だ。

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