動機トイレット

舞寺文樹

動機トイレット

 夏休みが明けた。セミのけたたましい羽音が静かになることもないし、涼しくなったわけでもない。しかし残酷にも二学期は始まるのだ。

 小学生の足取りはいつもより慎重だ。久しぶりのランドセルが背中に重くのしかかっている、と言うのも一つの原因だが、最もたる原因は自由工作の作品を壊さないためである。黄色い帽子から滴る汗は、洋服の襟に染み込む。そんなことを気にすることもなく、小さなその体を、一つまた一つと校門に運んだ。

 僕はそんな鈍行の黄色い隊列の脇を自転車で颯爽と追い抜いた。颯爽と言っても全く爽やかではない。汗で張り付いたワイシャツがどれだけ不快なことか。

 学校に着くと、野球部のインナーと化したワイシャツはまるで汚物を扱うかのようにポリ袋に入れられ、新しいワイシャツにシフトチェンジする。この瞬間がなんともたまらない。

 

「高Tのプリントは今日じゃないって信じてる」

「それなー、今日授業ないもんね。これで今日出せはないよなー」

「え、てかさ、読感文何枚書いた?」

「え、普通に五枚書いたけど」

「はー、だるー。おれ三枚目の半分までしか書いてねえよ」

この通り、高校生になっても夏休みの宿題は厄介である。こんなに図体が大きくなっても、夏休みの宿題がめんどくさいことは変わりない。

 僕も、一応は全部こなした。身になってるなんて一ミリも思わなかったが、やらなきゃいけないなら仕方がない。洋楽に耳を傾けながらひたすら答えを模写した。去年の先生は何も言ってこなかった。先生だって「夏休みの宿題なんてそんなもんだ」だなんて思ってるに違いない。なんの生産性もない自分の行いの正当化をしながら、黒板に目を移した。

 配布物の確認と、今日の日程。そしてその下に黄色のチョークで「明日、火曜日は金曜日日課!」と書かれていた。

 金曜日といえば僕の大好きな選択Fがある日だ。選択科目は生徒が各々好きな授業を履修できる時間なのだが、特に選択Fはバライティに富んでいる。音大受験生のための音楽理論講座や、薬剤師を目指す人の為の薬学基礎。他にも看護の授業なんかも開講されている。僕は教育の授業を履修していた。実際に小学校に行って実習をするのだ。

 

 夏休み明け最初の教育の授業は二学期の担当クラスの発表だった。担当の先生から二学期分の名札が配られる。しかし、僕に配られた名札は見慣れない名札だった。というのも一学期付けていた名札と全くの別物だったからだ。

 「悠希先生」が「ゆうきせんせい」になっているし、長方形のアクリルケースを首から下げる無機質な名札から、赤いチューリップの名札になった。案の定僕は一年二組を担当することになった。

 正直小学生の先生に将来なろうとは思っていない。将来の夢とかもないし、憧れもない。金曜日の午後に英語とか数学とかをやるのはめんどくさいし、薬学とか看護とかも難しそう。別に子供嫌いじゃないしというノリで、教育の授業を履修してしまった。そんな軽いノリでとった授業が、今では一週間の一番の楽しみになっているのだから、なんとも驚きである。

 しかし、一年生となると話は別物だ。僕と一年生では年が十以上も違うのだから。

 

 一学期は生意気な五年生のクラス担当だった。性に興味を持ち始めた男子の勢いは凄まじかった。右から左から下ネタ、下ネタ。痺れを切らして僕が「そんな下ネタばっか言ってるんじゃモテないぞ」と一喝してしまうくらいだ。

 それに比べれば一年生はまだマシだと思った。確かに、世話を焼かれる場面は多いだろうが、生意気な口を聞かれて、下ネタが飛び交う教室に比べればそんなのはお茶の子さいさいである。と、信じたい。

 

 次週の金曜日の選択F。初めての一年二組での実習。前日のお風呂で自己紹介は何回も練習した。一年生なので、みんなの頭にハテナが浮かばないように、名前と好きな食べ物くらいにしておいた。

「じゃあ今日から新クラスなので、先生に挨拶するように!」

 教育の担当の先生がそう言うと各々担当のクラスへ散らばっていった。僕も校内図を見ながら一年二組に向かった。若い女の先生が僕の腰ほどの背の児童たちと掃除をしていた。

「こんにちは。今日から一年二組で実習をさせていただきます。山岡悠希といいます。よろしくお願いします」

児童たちの摩訶不思議と言わんばかりの視線のシャワーを浴びながら先生に頭を下げた。

「あら、ゆうき先生。こちらこそよろしくお願いしますね」

 ひとまず優しそうな先生で安心した。

「あ、ゆうき先生。早速なんだけどお願い事してもいいかな?」

「はい、大丈夫です」

「あのー、廊下出てすぐ左側にあるトイレなんだけどね。お手伝いできてくれてる六年生の子が今日お休みみたいなんだ。だからそこのトイレ掃除手伝ってきてくれないかな」

「わかりました。手順とかは決まりありますか?」

「一年生の子達もわかってると思うから、ゆうき先生は見守り隊でお願いします」

「わかりました」

 

 教室を出て左に曲がると青と赤のピクトグラムがすぐに目に飛び込んできた。

「はじめまして。今日から一年二組で実習することになりました。山岡悠希です」

小学一年生に対して敬語を使うべきかはわからないが、一応かしこまった挨拶をした。

「え! 新しい先生?名前何?名前ーなにー?」

「山岡悠希だよ」

「ゆうきせんせいだ!今日のね朝の回で、みか先生がね言ってたよ」

「ほんとだゆうき先生だ!」

「これから、よろしくね」

やっぱり敬語は使わない方が自然な気がした。

 

 僕が現れて気持ちが昂揚している。確かに僕が小学生の頃も、実習生が来たらテンションが上がっていた気がする。

「ほら、掃除だよ。あと5分でチャイムなっちゃうよ」

しかし、彼らは全く掃除をする気配がない。土間ぼうきや雑巾、さらにはバケツもしっかり水が張ってある。しかしそれらを再開する兆候は見えない。さらに周りを見てみると、柄つき束子が左から三番目の便器で止まっている。

 この子達は僕が来たせいで気が散って掃除をしなくなってしまったと、そう考えた。これはまずいことになったと焦る。

「ほらほら、チャイム鳴っちゃうよ。終わらなかったらみか先生に怒られちゃうよ」

「だってわからないんだもん」

「わからない? みか先生、みんなならできるって言ってたよ」

「だってわからないんだもん」

 

 確かトイレ掃除はそうた君とげん君とまさと君の三人みか先生が言っていた気がする。しかし二人しかいないことに気づいた。胸につけた名札に目を凝らす。いないのはげん君であることが判明した。

「そーいえばさ、げん君どこにいったかわかる?」

「げん君いるよ」

まさと君がそう言う。僕は隅々まで目を凝らしたが見つけられなかった。

「げん君いないじゃん」

「げん君いるよ、ほらあそこにいる」

そうた君が指差した方に視線を向ける。指の先にあるのは鍵が閉められていないどころか、扉もしまってない個室トイレだった。てっきりあそこには人はいないと思い込んでいたが、小学一年生なので、鍵も閉めずに用を足していても仕方がないなと思った。げん君が視界に入らないように、近くまで寄った。

「げん君、おトイレしてるならドア閉めるね」

しかし、中から返事は返ってこなかった。

 恐る恐る中を覗くと、真っ赤に目を腫らした少年が一人佇んでいた。おそらく、げん君である。

「げん君どうしたの?」

やはりげん君は口を閉ざしたままで全く喋らない。

「げん君ね、新品のトイレットペーパーを便器に落としちゃったの」

 まさと君が「わからない」と言っていたのは掃除の仕方じゃなくて、そのトイレットペーパーをどう処理していいのかわからなかったのだろう。

 普通に考えれば便器に一度落ちてしまったトイレットペーパーでお尻を拭くなど、不快極まりないが、学校の備蓄品、しかもおろしたてほやほやのものを捨てろとも言えなかった。

 しばらくの沈黙を破ったのは掃除終了のチャイムだった。たちまち廊下は大賑わい。校庭に全力で駆ける男の子。本を抱えて図書室に向かう女の子。トイレ掃除の彼らもトイレットペーパーなんかほったらかして遊びにいってしまうのだろうと思いながらも、こんな時小学一年生はどんな行動を取るのかかなり気になった。僕はこの状況を最後までそっと見守ることにした。

 

 落ち着かないまさと君。廊下とトイレを交互に見ている。おそらく彼の心理はこの二パターンのどちらかだ。

 一つ目は、「遊びに行きたい」と「トイレットペーパーをどうかしないといけない」。二つ目は「現実」と「非現実」だ。

 つまり遊びに行きたい自分とタスクをこなすべき自分。もしくはこのめんどくさい状況を受け入れられる自分かそれとも現実逃避してしまう自分。このどちらかのコンフリクトがまさと君を襲っているのだろう。僕はまず、まさと君に注目して観察することを決めた。

 しばらく沈黙が続いた。トイレの外が気になるまさと君と、目を真っ赤にして俯くげん君、それからいたってクールなそうた君。互いに相容れないその形相が僕にはなんとも興味深く写った。

 さっきまでは廊下を駆ける児童達の足音がけたたましく響いていたが、今はかなり落ち着いている。遠くの校庭から色々な声が混じり合って、校庭の砂の一粒一粒が擦れる音がするだけだ。紅白の帽子をかぶって、大はしゃぎしながら土煙を舞い上げる少年たちが脳裏に浮かぶ。

 それはおそらくまさと君も同じなのだろう。次の瞬間、まさと君は駆け出した。

「ちょっと……」

僕は微妙な位置まで上げた手を、ゆっくりと下ろした。

 

「そうた君。挟むやつあるよね。カチカチするやつ」

目を真っ赤に腫らしたげん君が突然口を開いた。

「これ?」

「うん。ありがとう」

そうたくんはゴミ拾い用のトングを掃除用具入れから取り出して、げん君にわたす。便器の水に浸ってしまっているトイレットペーパーをトングで救出する作戦だ。

 げん君はトングで、便器の中のトイレットペーパーをつかんだ。しかし、かなりの時間水に浸ってしまったせいか、トイレットペーパーはふにゃふにゃになり、さらには水を含んで重くなっていた。

 げん君がトイレットペーパーを持ち上げようとしてもボロボロと崩れていく。だんだんとトイレットペーパーの形状は変化して、机の奥から学期終わりに発見されるコッペパンみたいにしわくちゃになった。

 げん君の顔もだんだんとしわくちゃになって、また目から涙がポロポロと落ち始めた。

「そうた君とれる?僕が落としちゃったやつだけど、そうた君にお願いしていい? 」

 するとそうた君は落ち着いた声で

「頑張って」

とだけ言った。

 もちろんそうた君はめんどくさかったのではなくて、激励したつもりだったのだろうが、あまりにも落ち着いた声だったので、げん君は突き放されたと思ってしまったのだろう。

 とうとうげん君は顔を真っ赤にして、わんわんと泣いてしまった。大きな声で泣くので、これは流石にまずと思い。彼らの方へ一歩踏み出した瞬間だった。

「どうしたの! 」

と、トイレに一人の少年が入ってきた。スポーツ刈りの少年は名札の色からして三年生だった。

「トイレットペーパーをね、落としちゃったの……」

げん君が何度も何度も声を詰まらせながら三年生のお兄さんに伝えた。

「それ、貸して。おれ、取ってあげるから」

 げん君は小さく頷いて、トングを三年生のお兄さんに渡した。

 お兄さんはトングを器用にトイレットペーパーの芯に差し込んで、いとも簡単にトイレから救出した。

「はい、取れたよ。ここに置いておくからね」

 水をたっぷり含んだトイレットペーパーはげん君の足元にぞろっぺいに置かれて、三年生のお兄さんは走り去ってしまった。

 お兄さんと言ってもまだ小学三年生、最後まで面倒を見る根気は無いようだ。それとも、蒔いた種は自分で刈れという先輩なりのメッセージなのだろうか。

 げん君は安堵した表情を見せていたが、それも束の間だった。

「ねえ、これ、捨てるの?」

 そうたくんはまたも落ち着いた声でそう呟いた。

「うん、だってもう使えないもん」

「でもさ、これこのまま捨てちゃったらもったいないよ」

「でも、でも……」

また、げん君の顔が曇り始める。への字になった口を無理やり動かして、

「これ、もう使えないもん」

と言った。

 クールを保っていたそうた君が、珍しく顔を顰める。

「これ、本当に捨てちゃっていいのかな。みか先生にもったいないですって言われちゃう気がする」

「でもさ、そうたくんこれでおトイレした後お尻拭ける? 」

「拭けないよ。ばい菌いっぱいいそうだもん」

「だよね。なら捨てよ」

「うん。そうだよね。誰かが間違えてこれ使っちゃったら大変だもんね」

 僕は驚いた。小学一年生がこんなに思考できるのかと。

 僕はてっきりトイレットペーパーを置き去りにして、お昼休みの校庭に繰り出してしまうと思った。しかしちがう。そのびしょ濡れのトイレットペーパーを救出して、ただ捨てるだけ。というわけでもない。

 意見の対立。その意見を裏付ける根拠。それから結論を導き出す。高校三年生にアクティブラーニングだと言ってこれをやらせても、おそらくできる人は少ないだろう。

 自己犠牲を顧みず、他人の利害関係を把握して、最終的な結論まで導く。いくつか寄り道はあれど、最後まで行き着いた今の状況に、なぜか僕は嬉しくなった。

  

 午後三時。ようやく五時間目が終わり、一年生の下校時刻になった。外の蝉達がみんなを呼んでいる。大きなランドセルに、無理やり教科書と筆箱とノート、それから給食セットと金曜日なので上履きも詰め込む。

「せんせー、入らなーい」

「せんせー、僕もはいらなーい」

パンパンに膨れ上がったランドセルを机の上に置き、キラキラと目を輝かせてこちらを見ている児童がちらほらいる。

 ランドセルが閉まらない原因は大体みんな同じで、ぐちゃぐちゃに詰め込んだ体操服であることが多い。

「ちゃんと体操服たたまないからだよ。ほら先生と一緒にたたもっか」

 そういうと正直にたたむ児童もいれば、ヤダヤダとごねる児童もいる。

「それじゃあこの上履きランドセルに入らないよ」

「それもやだー」

「じゃあさ、手で上履き袋持って帰ろっか」

「えー、手で持つのやだー」

そんな終わりのない無限キャッチボールがと飛び交う。よくわからないこだわりと、それを曲げない頑固さ。本当に小学一年生の心の中は摩訶不思議だなと思った。

 

「皆さん、今日準備に時間かかりすぎです。何分先生がここで待ってると思ってるんですか?」

 教室に大きな声が響き渡る。一年生達の表情はたちまち引き攣って、しんっと静まり返った。隣のクラスのホームルームの声が聞こえる。もう「さようなら」の挨拶をしていた。

「今日は大切な話があるので、早く準備して着席してください」

 みか先生は随分とご立腹のようだ。さっきよりも蝉の声が大きくなる。陽炎が大きくなって目の前がゆらゆらし始める。しかしその先にうっすらと、さっきのトイレットペーパーがある。

「はい、じゃあ話し始めます」

 みか先生の声は冷たかった。掃除の前の時の暖かな優しい声とは打って変わって、冷たく鋭い声だった。それをまた眉間に皺を寄せているのだから迫力は倍増だ。たじろぐ彼らの顔はまるで、僕が絶起した時のそれと同じだった。

「なんですか、これは」

そう言ってみか先生が上に掲げる。先生の手にはしわくちゃになったトイレットペーパーが握られていた。

「先生は残念です。あなた達がこーやって物を無駄にするような人だとは思ってませんでした」

先生の勢いは止まらない。

「しかもこれ、ほぼ新品です。なんでこれをゴミ箱に捨てるんですか?イタズラにも程があります」

 予想通りげん君は大泣きだ。そうた君はいたってクールに決まっている、まさと君はもう知らんぷりだ。

「げん君、何か知ってるんですか?」

「何もしてない……。なにもわからないよ……」

 げん君がまさか、白を切るとは思わなかった。しかしまあ、無理もない。あそこまで恐ろしい剣幕で問い詰められてしまっては、反射的に白を切ってしまうのも無理もないだろう。

 

 周りのクラスの子達がゾロゾロと下校していく。不思議そうに、クラスの中を覗く。

 いつまでも終わらぬホームルームはぬるくなったバスタブみたいに不愉快だった。だんだんとヌメヌメしてきて、やがては濁り、風呂に入っているのに逆に不潔になる。今のこのホームルームも同じだ、こんなことをしたっていつまでも終わりは見えてこない。児童を指導するためなのに、完全に児童たちは先生にびびっているか、めんどくさくなっているだけだ。

 みか先生も拉致が開かないと思ったのか、明日の朝のホームルームにまたお話しします。と言ってホームルームは終わった。

 

 先生に一通りのお礼を済ませて、帰路についた。電車待ちのプラットフォームで、教育の授業を受けている友達を見つけた。

「おつかれ」

「おう、おつかれ」

「どうだった?初クラス」

「なかなかいいかも。みんな素直だし、結構落ち着いてるクラスだったよ」

「そうかー。俺のクラスも落ち着いてるんだけどね、なんか大変だったな」

「おれ、見たよ」

「え?何を?」

「お前のクラスの先生、めっちゃ怒ってたやん」

「見られてたかー」

苦笑いをする僕を横目に彼は続ける。

「あれ結局なんで怒ってたの? 」

「簡単に言うと、トイレのゴミ箱に新品のトイレットペーパーが捨てられてたんだ。だから、『そんなもったいないことするな!』って」

「なるほどねえ、」

「実はさ、おれ、それの全容知ってるんだよね」

そう言って、掃除の時間のことを全て話した。

 

「それってさ、トイレ掃除の子達悪くないよね」

「うん。悪くない。むしろ褒めるべき」

「だよな」

 よくよく考えてみれば、小学一年生が色々な思考を重ねて導き出した答えだ。褒めて褒めて褒めちぎるべきだ。もちろんのその一部始終を見ていなければ、ただのイタズラだと思ってしまうのも無理はない。でも先生は、1人だけだ。監視カメラであちこち監視しているわけじゃない。

 

 では誰が悪い?僕じゃないか?僕があそこでみか先生に何か言えていたら彼らは怒られなかったのではないか?蜩が後悔と共に鳴く。カナカナカナと鳴く。

 紫の空に一つ瞬く星は僕への応援か、それとも皮肉か。

 僕はグルグルとしわくちゃな渦に巻き込まれる。僕はもう這い上がれないのか。このままずっとここでもがくのか。彼らにするべき行動はなんだったのか。

 彼ら三人の顔が浮かぶ。そしてそれがだんだんと薄れていく。また新しい何かが浮かぶ。

 スーツを着ている一人の男性。周りにはたくさんの子供達。この男性、誰かに似ている。いや、見たことがある顔だ。

 思い出せ、思い出すんだ。

 僕はグルグルと回るしわくちゃの渦の中で、ひたすら考えた。白い光が一つ瞬く。

「僕?僕なのか?」

 確かにそうだった。そのスーツを着た男性は明らかに僕だった。たくさんの子供達に囲まれて、とっても楽しそうだ。しかし彼もまた、僕と同じしわくちゃの渦の中にいる。永遠とグルグルと回り続ける。おそらくここからは抜け出せない。彼ら三人が僕をここに閉じ込めた。まるで永遠のトイレットペーパーだ。それの良し悪しはこれからの僕が決めるのだろう。

 

 あの偉大な哲学者、カントは言った。

 「教育は人間に課すことのできる最も大きい、難しい問題である」と。

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