第8話 鬼人

 まだ、お昼を過ぎたあたりだが、林の中に入ってから少しだけ暗く感じる程度に木々が生えている。どれだけの距離を進めばいいのかは検討もつかないが、先ほど街を出たばかりならすぐに追いつけるかもしれない。




「こっちの方から少しだけ『血』の匂いがする」




 スンスンっと、シアンが匂いを嗅ぎ分けてくれているおかげで、なんとか鬼人が向かった方向を辿っていくことができた。




「シアンは、本当に鼻が利くんだな」


「わんちゃんの獣人だからねぇ、特徴を引き継いでるの。レストも木登り得意なの!」




「そっか、2人ともスゴイんだな」


 それにしても、レストはどんな獣人なんだろうか。勘が鋭くて、いたずら好きな動物っていたかなー。それに少しだけゆったりしているよな、こういった『種族』のことを聞くのはマナー違反なのかな…。




 かわいい特技を教えてくれるレストの頭をなでてみたいが、少しだけ距離感が近すぎるかな…?と感じているため、まだケモミミ様の頭をなでることができずにいる…。




 もやもやしているオレを余所に、イレーナ以外の3人はルンルン気分みたいだ。




「あ!信希、見えたよ!」




 少しだけ大きな声になったシアンの言葉に、思わずビックリしてしまったが、シアンが示している方向を確認してみる。




「住処っていうか、家みたいだな」




 この林の中で、明らかに浮いている家が見つかった。




「あっちから匂いがするよ」


「了解、オレが先頭で確認しに行こう」




「はーい」




 初めて会う「鬼人」にすこしだけ緊張しつつも、どんどん家の方向に近づいていく。入口を探すが、来た方向からは確認できなかったので、裏の方に回れば玄関らしき入口を確認できた。入口の前で─




「誰だ?」




 かわいらしいというよりも、少し凛々しい声の持ち主はどうやら「鬼人」で間違いないようだ。これまた美人で、すぐに女性であると分かるほどだ。鬼とは思えない、優しい顔をしている。その額から生えている2本の角が、いかにも鬼と言った感じだがオレが抱いている鬼ほどの恐怖を感じることはなかった。


 よく見てみると、彼女の右腕に傷を確認できた。かなり深く傷ついているようで、入口に座り込んで治療?をしようとしているところだった。




「オレは信希です。街を救ってくれたと聞いて、駆け付けてきました」


「そうか、あんなのは気まぐれよ。いつでも助けているわけじゃない」




「もしよければ、治療をお手伝いしても良いでしょうか?」


「ふん、こんなものはすぐに治る」




 そういうが、かなり痛そうだが…。




「ケモミミ様を救ってくれたお礼に、オレにも何かさせてください」


「…ケモミミ?そこまで言うなら、別に構わないが」




「ありがとう」




 オレはこの世界で夢を見ている中にいるはずだが、少しだけ気になっていることがある。いくら夢の中だからと言って、オレの身体能力が高すぎることだ。もちろん「こうなればいいな」と思って力を発揮しているわけだが、とても人間とは思えない力を持っていることになるのは、この世界の住人を見ても明らかになってきている。




 もしも、オレが望むだけで力を手に入れることができるなら…。




 妄想だと理解しつつも、この力だけは試しておかなくてはいけないことでもある。




 鬼人の傷に手を近づけて、目を閉じて傷を癒すイメージをしていく。だんだんと、手のひらが温かくなってくるような感じがして、恐る恐る確認してみると鬼人の傷がみるみる癒えていくさまが確認できた。




「な、この力は…」


「やっぱり思った通りだな」




 どうやら、望むだけで「力」を使うことができそうだ…。




「こんな力は聞いたことない…。信希とやら、何者なのさ?」


「少しだけ特殊な力を持っているみたいだな?」




「ど、どうしてワシに聞いてくる!」




 そう言っても、オレでも理解できていないことを説明できるわけでもないからな。それよりも、こんなに綺麗な顔をしていて、自分を「ワシ」と呼ぶとは中々魅力的じゃあないか…




「初めて使ってみた治療だが、おかしなところはないかな?」


「あ、ああ。何ともなくなっている」


「それはよかった」




 どうやら、お礼はできたみたいだ。




「信希ってすごいのぉ」


「─おわっ!」


 肩のあたりで、オレの力をまじまじと見つめていたレストの声に驚いてしまう。


 集中しすぎていたみたいだな…。




「よければ、食事を出そう。中に入ってくれて構わないよ」




 鬼人はそう言うと、スッと立ち上がり扉の方向へと向かっていく。


「本当に?ご飯食べたい!」




 さすがはシアン、どうやらお腹が空いていたみたいだ。




「いやなに、治療のお礼とでも思って」


「そ、そっか。ありがとう、少しだけで構わないから、頂こうかな?」




「ああ、遠慮しなくていい。好きなだけ食ってくれ」




「わーい!」




 オレの心配など余所に、シアンはご飯に夢中のようだ…。




「じゃあみんなも中に入らせてもらおう」




 そう言って振り返ると、イレーナが思案しているような顔をしている。




「どうかしたか?」




 少しかがんで、イレーナの顔を覗き込む。




「い、いや、何でもありません。ワタシもお腹が空いてきたころです」


「じゃあ、入らせてもらおう」




 ──。




 こんな林の中で、どうやって食料を集めているのだろう。とても豪華な食事だ、みんな遠慮せずに食べているし…。まぁ、とてもおいしかったんだけども…。




「ごちそうさまでした」


「気にしないでくれ。あの傷だったらしばらく動けなくなっていたからな、ワシの感謝の気持ちなのよ」




 外を見ると、少しだが暗くなってきているみたいだった。




「あっ。早く街に戻らないと、林の中で夜になっちまう」


「朝までゆっくりしていっても構わんよ。どうせ、このあたりに魔獣は寄り付かんよ」




「本当にいいのか?」


「ゆっくりしていってくれ」




 若干の怪しさを覚えてきているオレだが、彼女の優しい声や表情からは「騙してやろう」といった感情が一切感じられなかったので、信用することにした。




「レスト眠たいのぉ」




 相変わらず自由なレストは、大きなソファの上で丸まって寝始めているし…。




 どんだけこの鬼人を信用してるんだよ…。




「そ、そういえば、まだ名前を聞いてませんでしたね?」


「敬語など必要ないよ、ワシは『ミィズ』見ての通り鬼が先祖の鬼人だよ」




「ミィズさん、とてもいい名前ですね」


「だから、敬語はよしてくれ。さっき決めたが、ワシも信希についていくからな。これから長く一緒に居るのだ、敬語などいらんだろ?」




 …ん?




「ついていく?」


「ああ」




「誰が?誰に?」


「ワシが、信希に」




 お?どうしてこうなった。




「ど、どうしてまた…」


「信希の力に興味がわいた。それに彼女たちが一緒に居る理由も知りたいしの」




「お、おう…?」




 ニッと笑っているミィズの笑顔に、思わずドキッとしてしまった。こんなに綺麗な女性に笑いかけられると、断れなくなってしまう…。なんだか人間以外の種族に、好かれる能力でも持ってんのか…?確かにケモミミ様と一緒に居られるのはうれしいが「不思議な力」で、彼女たちの感情まで操れるとは思えないし…。




「ま、明日にでも出ようか。今日はゆっくりしてくれ」


「お、おう…。ありがとう…?」




 ミィズから突然切り出された言葉に少し戸惑いつつ、要求を無理やりのまされたような感覚に覚えるが、それは嫌なものではなく、自分でも驚くくらいにすんなりと受け入れてしまった。




 ──。




 翌朝、突然着いてくると言い出したミィズを連れて、昨日たどり着いた街へ向かうことにした。




「ミィズ?家はほったらかしでもいいの?」


「うん?こんなものは家ではないよ?ただの住処、小屋みたいなもんよ」




「ずいぶん立派な家だと思うんだけど…」


「かかっ、ワシらの種族は力持ちだからの、これくらい1人で作るのは造作もないよ」




 なんだかスゴイ種族なんだな…。とても器用で家までも自分で作ってしまうらしい…。


 ミィズと話していると、なんだかイレーナが不機嫌な様子だった。




「どうしたの?イレーナ?」


「信希は少しおかしいと思います!」




 なんだかオレに怒っているみたいだ…。何かしたっけ?




「何か怒らせるようなことしたっけ…?」


「あんな力を持っているなんて聞いていません!」


「オレも昨日初めて知ったよ」




「─なんなんですかっ!もう!」




 これまでの旅で、ずいぶんと柔らかくなってくれていたと思ったが、昨日の「不思議な力」を見てからとても不機嫌になってしまったみたいだ。


 かわいいケモミミ様から怒られるのは悪くはないが、せめて嫌われないようにしよう…。なんて考えていると─




「信希さんっ!今日はわたしと手をつないでくれませんかっ!?」




 これまで、おとなしい性格と思っていたポミナが、そんなことを突然言い出した。




「お?いいよ?」




 ポミナとは初めて手を繋ぐが、シアンとレストと同様に柔らかく、いかにも「女の子の手」といった感じだ…。


 とても照れくさいが、こんなチャンスはない。恥ずかしさを気付かれないように平静を装って見せる。いい年齢になってくると、素直に手を繋ぎたいなんて言えなくなるもんなのかなぁ…?




「また、突然だね?」


「わたし…信希さんのこと好きみたいでしゅ…」




 語尾が小さくてあまり聞こえなかったが、どうやら告白されているみたいだ。


 ん?モテキ?なんで?突然だな?




 しかも、これまでとてもおとなしそうだったポミナがこんなに積極的だなんて…。何かおかしい「─これは夢か!?」…ふざけている場合じゃないな。もしかして、酔っているのか…?いや、昨日からお酒は見ていないし…。


 もっと仲良くなれるようにいっぱい話をしたい。




「ありがとう。突然言われてびっくりしてるけど、嬉しいよ」


「はいっ!」




 しっぽも、ぶんぶんと音を立てる勢いで揺れている。最高だなこりゃ。




「レストも、おてて繋ぐぅー」




 ポミナの様子を見ていたレストも、反対側の手に飛びついてきた。




「すぅ…。カワイイな…」




 なんだか、前に見ていた夢の中に戻ってきているみたいだ…。




「ずるいっ!次はボクだからねぇ?」




「…とても嬉しいことです。シアン様、レスト様、ポミナ様たちが私のことを好いてくれています…。ケモミミ様が近くにいてくれるだけでも最上級の幸せだと言うのに、こんなに醜い私に好意を抱いてくれるなんて、今日明日に死んでしまうのではないかと思ってしまいます。最初はなし崩し的に一緒に居るように感じていましたが、これは運命なのかもしれないと勘違いしてしまいそうになります。同志たちに申し訳が立たなくなりそうな案件が立て続けに起こっていて、間違いなく反感を買ってしまっていることなので、ここで一つケモミミ様たちの情報といいましょうか実際に感じたことをお伝えいたします。まず始めに、御手を繋がせていただいているのはシアン様、レスト様、ポミナ様のお三方でありますが、お三方とも女の子らしい手を柔らかさはもちろんのこと、私の脅威となっているのは彼女たちのケモミミと可愛らしいしっぽです。隣を歩かれているので、定期的にパタパタと動いているケモミミがまず動揺を誘ってきます。次に時たま私の体にしっぽが当たってしまうことがあります。これがとても問題で、触れるたびに体が反応してしまいます。シアン様のしっぽは『とんっとんっとんっ』と喜んでいる時のわんちゃんの様な感じです。レスト様のしっぽは、器用なようで『うねうね』と時折なで回すように体に当たってきます。ポミナ様の太くて大きなしっぽは、ふわふわでとても柔らかいのが服越しにも分かるくらいです。とにかく、ケモミミ様の武器はその立派な耳だけではなかったということですね…」




 ケモミミ、最高…。




「信希は突然どうしたのだ?」


「ケモミミ愛が一定数を超えると、いつもあんな感じになります」




「そういえばケモミミとはなんだ?」


「ワタシや彼女たちのように獣人で獣の耳が付いている人のことを指しているみたいですね」




「ほぉ、つまりイレーナ殿もその中に含まれていると」


「そうみたいですけど、あの呪文が私に向けられたことはありませんね」




「ふむ?イレーナ殿は信希のことを好いておるわけではないのかの?」


「そ、そんなことは…、少し気になることがあって同行しているだけです…」




「かっかっか、まぁ今はそれでもよいであるか」


「え?それってどういう…?」


「信希はイレーナ殿にも優しくしてくれるであろう、そういうことさな」


「…?」




 ──。




 あれからずっと、2人と手をつないで街まで戻ってきた。


 この街では獣人への差別はないみたいで、すんなりと宿をとることができた。この世界にいる間、約1週間が経過している。その間に、なんとケモミミ美女が4人と鬼人が1人で、6人の旅になってしまった。そのため、宿代もどんどんと膨らんでいて、お金を稼ぐ方法を考える必要がある…。




 宿の予約が済んでから、別々に分かれしばらく街の中を散策して、みんなで集まって宿で食事をとっている時にお金の話を切り出してみた。




「この世界では、どうやってお金を稼ぐのが一般的なの?」


「ん-、そうですね。一般的には、依頼をこなす方法と、魔獣を狩ったときに手に入る毛皮や牙や肉などを売るか、街から街への行商とかですかね」




「やっぱり、イレーナはさすが博識だな」


「別に褒めても何も出ませんけどっ!」




 ふんっ!と、かわいらしい声が聞こえてきて嬉しい気持ちになるが、まだ機嫌は悪いみたいだ…。




「ありがとうね」




 イレーナは、黙ってもぐもぐとご飯を食べている。怒ってるけど、かわいいな。いわゆるツンデレが最も近い感じかもしれない。




 これから王国に向かっていくわけだが、途中で魔獣を狩ることができるだろうか…。これまでの道のりでは、食事にするための比較的穏やかな獣たちしか見てこなかったから、王国までに魔獣を狩ってお金を稼ぐのは難しいかもしれないな…。




「金がいるのか?」


「ん?ミィズ…。そうだなぁ、所持金は3700ゴールドくらいあるけど、これからのことを考えると不安になってくる金額だよ」




「ワシは金に興味がないから、くれてやってもいいよ」


「そ、そんな…オレがケモミミ美女たちを救わないと…」




「ん?何言ってるの?ワシも旅について行くんだから、自分の食費や宿代くらい払うぞ」


「ワタシも同じですよ?無理に信希がお金を使う必要はありませんよ」




「ミィズ…、イレーナ…。ありがとう、助かるよ」




「王国に行く間で、少し稼げると良いですね」


「ああ、そうだな。魔獣とかに遭遇できるといいな」




 イレーナは、しっかりお金を持っているみたいだった。これまでにお金の話をしてこなかったから、ついついオレが支払うつもりでいたがとても助かるな…。


 まだ解決は出来ていないが、少しだけ支出が楽になるな。




 ──。




 宿の部屋は大部屋1つと、1人用の小さい部屋1つを借りた。


 オレが小さい部屋で寝ることにした。さすがに、ケモミミ美女たちが横にいて眠れる自信はない…。それにあちらの方も大変なことになってしまうからな…。それだけは何としても避ける必要がある、男としての尊厳を守るためにも─!




「みんな、こっちの部屋に来ちゃだめだよ?」


「はーい」


「レストは別に一緒でもいいのにぃ」


「わ、わたしも…」




「き、気持ちだけ受け取っておくよ。イレーナの顔が怖いから、早く寝よっか!じゃあ、おやすみ」




「「おやすみー」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る