第9話 夜、それは襲われるとき

 それは突然やってきた。




 この日のオレは5人と別の部屋で眠っていたが、誰かが夜な夜なくることも想定して、しっかりと戸締りすることにしておいた。そもそも、宿だからといって戸締りしておかないのは、日本人として生きてきたオレからすれば信じられないことだ。




 だから、この部屋に誰かが入ってくるはずないのだが─




「この美味そうな匂い…、余に『血を吸うてくれ』と言っているようなものじゃ。くっくっく、では頂こうかの」




 ─かぷっ。




 急激に首筋あたりに、これまでの人生で感じたことのない激痛が走る。




「いってえぇ!」


 自分でも信じられないくらいに体が飛びあがってしまう。




 周囲は暗く何も見えないが、自分の首に手を当てると『ぬるっ』とした感覚がある。それに加えて触れたところにズキッっとした痛みを感じる。




「な、なんだこれ…」


「くっくっく、目覚めてしまったか。しっかりと血液も送り込んだからの、おぬしは余の奴隷になるのじゃ」




「誰かいるのか!?」


 『声の持ち主を確認する!』と思った瞬間に、周囲が暗視スコープを覗いた時のような景色になる。




「誰だ、お前」


「おかしいの?そろそろ意識がなくなっても良い頃じゃが」




 何言ってんだこいつ…?めちゃめちゃイラついてきた。


 自分でも驚いたことがある。これだけ怒っているのに、かなり冷静になれていることだ。


 とりあえず、傷が確認できている首を治療するイメージをする。ミィズの傷を癒したとき同様に、すぐに痛みはひいて傷の感覚がなくなっていく。




 これまでにケモミミ様に接触した時に、全員と言ってもいいくらいに間違いを冒してしまったオレだったが、今回ばかりは自分自身に身の危険を感じている。




 こいつ、殺すか…。


 とても冷静になってはいるが、自分の身は自分で守る必要がある。顔を確認できるが、これまた美人ではあるが、ケモミミはついていない。ならば、やることは1つ─




 ─ドサッ




「お、おい?」


 オレが殺すイメージをする前に、隣に立っていた女性が突然倒れた。




「もしかして、今ので殺してしまったのか?」




「ぅ、うぅ…」




 声がする。どうやら死んではいないようだが、どうしたんだ。




「おい?返事は出来るか?生きてるのか?」


「は…い…」


「お前は誰だ?」




「余は、ユリア…」




 とても苦しそうな声で、オレの問いかけに素直に答える女性。


 予想にもしていなかった状況に、先ほどまでの怒りは消えてしまっていた。




「殺されても文句の言えない状況だが、オレは頑丈なんでな?とりあえず、ユリア?は大丈夫なのか?」


「余は、あなたに…従属します…」




「ん?」


 どゆこと…?




「何を言っているのか分からないぞ?」


「体の自由が…効かぬのじゃ」




「つまり?」


「あなたが、余を従属させると…認めればよいのじゃ…」




 なんだかおかしなことになったな?まぁ、もしものことがあっても『想像』する能力でどうにかなるかな…?




「まぁ、良いけど…?」




「はっ…」


 突然、体が自由になったのか、倒れていた女性は起き上がり激しくなった呼吸を静めている。




「んで、どういうことか説明してくれる?」


「はい、ご主人様。余は、吸血鬼の『ユリア』と申します。欲望に負けて、ご主人様を襲ってしまい申し訳ございません。今後は、余の全てをご主人様へ捧げると誓います」




(お、おう…。なんだこりゃ、どうしてこうなった?吸血鬼…?ご主人様?オレを襲う?全てを捧げるって?情報量が多くてバグりそうだ)


「ど、どういうことかな…?」




「余にも理解できていませんが、ご主人様の血液に余の血を混ぜることで、本来は余の奴隷にすることができるのですが、なぜか逆に余が支配されてしまったみたいです」


「な、なるほど…。とりあえず、ご主人様はやめてくれる?オレは信希、それに敬語とかも必要ないから」




「わかったのじゃ、信希さま。とても強い力を持っておるのじゃな…、こんな状況になった話は聞いたこともないのじゃ」




「信希でいいよ、特別強い力を持っているって感じじゃないけど…」




 本当は、まだ誰にも言っていない能力を持っている。でも今回はその力を使った自覚はない。あの『考えるだけで発動する能力』とは別に、他にも『何かの力』を持っているんだろうか…。




「いえ、信希さまで!」


「ま、まぁいいけど…」




 なんだかまた、おかしなことになってしまったなぁ…。どんどんオレの周りにかわいい女性たちが増えていってるな…。




「信希さま、余は力を使いすぎてしまった。休ませてもらうのじゃ…」


「ああ、ベッドを使ってくれていいよ。オレは椅子で寝るから」




「ご一緒ではダメですか…?」


「さ、さすがにまだそこまでの覚悟は…ない」




「では、またの機会を…」




 ─ドサッ




 ユリアと名乗った彼女は、崩れるようにベッドへ倒れ込んですぐに眠りについてしまった。




「なんだかこの世界に来てから、急展開ばかりで落ち着ける気がしないな…。とりえあず、ユリアが危害を加えてくる可能性は低いし、このまま休むとするか」




 ──。




「で、そちらの女性は?」


「ん-…、昨晩襲われったって言うか…」




「それで?」


「意図せず、彼女を従属させたみたいで…?」




「だから?」


「これから仲間が増えるみたい…」




「あなたが襲ったわけじゃありませんよね?」


「も、もちろん!急に嚙みつかれたんだって!」




「はぁ…。本当に信希は規格外ですね?」


「そ、そう言われましても…」




 昨晩の、ユリア襲撃の翌朝だが、少しだけ早く目が覚めたのでユリアと二人で朝食をとっているところに、起きてきたイレーナたちが来たならば、こうなることは理解できる…。


 オレだって、なにがなにやら…。




「余はユリア。信希さまを奴隷にしようと襲ったのですが、信希さまの力によって逆に余が従属させられてしまった次第です。信希さまは何も悪くありません」


「そ、そういうことを言ってるんじゃ…」




「イレーナ、とりあえず落ち着いて…?」


「もうっ!」




 そう言うと、少し強引に朝食を食べ始めるイレーナ。




 昨日から少しだけ不機嫌だとは思っていたが、やっぱりイレーナはオレに対して何か不満があるみたいだ…。早いうちにご機嫌取りの方法を探さないと…。


 いや、そういった邪な気持ちをケモミミ様に向けると良いことがないよな。


 もっともっと女性の気持ちにも、イレーナにも気を使えるようにならないとケモミミ様から嫌われているのは正直ツラいからな!




 これまでの人生で女性との交際経験はないからな…、怒っている女性にどう接していいのかなかなか難しいものだ。




「今日は何をしようか…」


「信希さま、余も同行してもよいかの?」




「従属ってさ、ずっと一緒にいないと何か問題があったりするのかな?」




「特に問題はありませんが、個人的に信希さまと添い遂げたいと考えています」




「ブッッ!」


 会話の合間に飲んでいた水を吹き出してしまう。




「添い遂げたいって…?」


「余がずっと隣にいては迷惑ですか…?」




 か、かわいい…。昨日の襲撃の時は、能力を使って暗視スコープのような視界で気付かなかったが、ユリアはかなり好みの見た目をしている。 


 ケモミミこそないが、喋っている時にチラチラ見える八重歯?犬歯?がとても色っぽくて、ユリアが喋っているだけでも揺さぶられるものがある…。それに、薄いピンク色だがとても鮮やかできれいな色をした髪がとても魅力的だ。


 今オレを見つめている瞳も、薄いグレーといった感じの色合いで、彼女を魅力的に映している。ユリア自体の色素が全体的に薄く低いイメージだ。




「と、とりあえず…。添い遂げるとかは置いといて、イレーナにシアン、レスト、ポミナ、ミィズも一緒に旅をしているところだから、ついてくるのは構わないけど…」


「本当か!?ありがたいのじゃ!」




 オレの言葉がうれしいものだったのか、ユリアはとても嬉しそうに笑っている。かわいいし、女性の色気をとても感じている…。


 これは、オレに従属していることにも関係あるのかな…。めっちゃ良い女性に感じる…




 そんなやり取りをしていると、殺気のようなものを感じてそちらを見ると─




「ジィーー」


 イレーナがスゴイ目つきで、こちらを睨んでいる…。


 


 その視線の先にいるのが自分でなければ萌えポイントなのだろうが、美女だからといって睨まれるのは、流石にきついのでご機嫌取りをしようと思う。




「そ、その…イレーナは嫌かな…?」


「別に、何も言ってませんけどっ」




 ぐぅ…、どうすれば…。




「やっぱりオレって怪しいのかな…?」


「えっ?」




「ん?」




 思ってもいなかったのか、驚いたような表情を見せるイレーナに、オレも若干の戸惑いが生まれる。




「あ、別にそういうことを言いたいわけじゃ…」


「そ、そうなの…?でも俺が原因で怒ってるんだよね?」




「ん-…、信希は少しズルいですっ」


「オレも特殊な力を持ってるって知らなかったんだよ…」




「そういうことじゃありません!」


「じゃ…どういう?」




「自分で考えてくださいっ!」


「わ、分かったよ…」




 女性は難しい…。言ってもいいことと悪いことの区切りって、みんなはどんな風に決めているんだろうか…。




「そうだ、イレーナ。もうすぐに王都に向けて出発できるのかな?」


「お疲れでなければ可能ですけど、食料や水を入手するのならもう少し早い時間から始めた方がいいかもしれませんね。いくらワタシが居るとはいえ、7名になるとそれなりに日持ちのする良質なものを手に入れた方が良いでしょうから」




「そうなんだね、ありがとう。じゃあ今日は保存食を探す感じでいいかな?明日の朝早くに水を手に入れて出発しようか」


「それがベストだと思います」




「じゃあみんな、今日は保存食を探してあとはゆっくりしようか」


「「はーい」」




 食事を終えたシアンとレストがかわいく返事をする。




「余もご一緒するのじゃ」


「うん、ありがとうね。イレーナはどうする?」




「ワタシが居なくて保存食が分かるなら休んでおきますけどっ」


「うん、じゃあ一緒に来てくれる?イレーナに目利きをお願いしたいな」




「分かりました、ご一緒します」


「じゃあ、食事が済んだら部屋に戻って準備しようか。シアンとレスト、ポミナ、ミィズは何か役に立ちそうなものを探しておいてくれるかな?」




「えー、一緒がいいのぉー」


「あんまり大人数だと行動しにくいから、ね?」




「やだぁー」


「じゃあ、王都に行く時に手を繋ごう?それじゃダメかな?」




「いいよっ!」


「ボクもっ!」


「わ、わたしもっ…」




「うん、順番に交代しよう。ありがとうね、このお金を使っていいから」




 ケモミミが付いてるだけで優しくしちゃうな…。とってもかわいい。




「どうしてワタシには優しくしてくれないんですか…」




「ん?イレーナ?何か言った?」


「別にっ!」




 なんだか小さな声でイレーナが言ってる気がするけど、また怒らせるわけにはいかないよな…。




「そっか、じゃあ先に部屋に戻ってるね?準備ができたら教えて?」


「分かりました」




 ──。




 そうして、徐々に王都に近づいて行くことになる。


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