第4話
夜の住宅街を駆けて公園へ向かう。腕時計を見てみると、すでに二十二時となっていた。焦りを覚えて足を速める。公園に入り、目的のベンチへ。街灯が照らすベンチには僕を待ってくれている
「よっ」
「やっと来たぁ。待ちくたびれたよ」
「結構急いだんだぞ。それに一分だけだし」
「男の子は女の子を待たせてはいけません」
元々は一日、よくて数日続いたらいいなぁ……と考えていたのだが、
「今日はなんで遅れたの?」
「問題をキリのいいところまで解いてたんだ。それで地味に時間がかかっちゃって」
「塾の課題?」
「いや、自主勉で参考書解いてた」
「自主勉かぁ。偉いなぁ。私なんてテスト前じゃないとしないよ」
「それはそれで、どうなんだ受験生」
「だって、受験生は夏が本番だよ?
「いやいや、これが普通だから」
なんて、本当に中身のない話をしていく。何か話題を出して何も考えずに話し続けるような、ほぼ反射のみの会話。だというのに毎日話し続けられるのが不思議だ。
「そういえば、
「多分な。けど受かるか分からないし、行けると断言はできないのは正直悔しい」
現時点では確実に無理だ。というか、現役でいけるかすら怪しい。身を持って兄さんの凄さを実感する。それに父さんや母さんだって通ってきた道なのに。
「学年一位でも難しいんだね」
「受験生の大半は俺より高い偏差値の高校出身だからな。ここでの一位だからといって、他の学校で一位になれるわけじゃないし」
兄さんとかいい例だ。俺が落ちた高校で常に学年一位をキープ。医学部に入るべくして入った学力の持ち主。同じ一位でも全然違う。
……やめよう、この話題は考えても辛いだけだ。
「
「私も行きたいなぁって思うところはあるよ。けど学力的に厳しそう」
「そこにはスポーツ推薦がないのか? 陸上得意なんだし、
「あはは。私もできたら嬉しいんだけどね。二年の頃から親に話してはいるんだけど、特にお父さんから反対されてて」
「そっか」
こんな才能があるのにもったいない。
ただ、なんとなく反対する理由は想像できる。
「でもさ、だから私は諦めないよ。必ず二人とも説得して、大学で活躍して、プロになる。そして陸上と生きていく」
これが
これほど心の籠った言葉を聞いたのは初めてだった。子供の頃に語るような将来の夢とは全然違う。絶対になってやるという決意のようなものが伝わってきた。
こういう人は素直に応援できるし、何かと手助けしたくなる。
「そっか。その夢が叶うことを願ってるよ」
「
「思ってる思ってる」
「絶対に思ってないやつだぁ。あはは、でも願わなくていいよ。願って叶うような未来より、自分の手で掴み取る未来の方がいいでしょ?」
……何が羨ましいんだ? 僕にだって医者になるという夢があるじゃないか。それに向けて今は勉強している。手段やゴールが違うだけで同じじゃないか。
「
「そうだな。何を今更」
「じゃあなんでお医者さんになりたいと思ったの?」
その言葉に答えるために口を開け……すぐに閉じる。なぜか言葉が出てこない。医者を目指すのに理由なんてなかった。両親が医療従事者で、兄も将来医者になる。だったら僕も医者になる。何一つおかしな点はない。何一つ、間違っちゃいない。自信を持って答えればいいじゃないか。
「そんな難しく考えなくていいんだよ。私なんて『好きなことで生きていきたい』っていう単純な理由だし」
なりたい将来の夢。僕はいつだってそれを医者だって答えてきた。というか、『なりたい』というより『なるもの』だと思ってた。
それは本当に僕の『なりたいもの』なのか?
「あれ、どうしたの?」
気付けば足を止めていたらしい。
「なんでもない。ほら、続き走るぞ」
僕が走り出し、それに合わせて
「ねぇ、さっきより速くない?」
「嫌か?」
「私は大丈夫だけど、
「残り時間も少ないし、なんとかなるよ」
時刻は二十二時二十分。このペースなら残り三十分くらい体力がもってくれるはずだ。
「珍しいね。速く走りたいなんて」
「そういう気分になったんだよ」
足に力を込める。呼吸をすることを意識して、フォームも整える。僕が本気になったことを察したのか、
***
「それで、またこうなるのね」
「はぁ、はぁ、はぁ……悪いかよ」
ベンチに全体重を預けて座っている横で、
結局、三十分も僕の体力は続かなかった。半分ほどで自分が設定したペースに後悔し、
「まぁ、前回みたいに倒れなかったのは褒めてあげる」
「絶対バカにしてるだろ」
「そりゃあ、男の子ならもうちょっと頑張ってほしかったかな」
「……悪かったな。いつも遅くて退屈だろ」
「あはは、冗談だから拗ねないで。体力ないのに走り続けるのはすっごく辛いよね。ほんと凄いよ」
「煽ってるふうにしか聞こえねー」
「そんなことないって。それに、いつも楽しい時間を過ごさせてもらってるから」
足をブラブラしている
「
「そりゃあ、いつもはもっと速く走ってるしね。長距離専門をなめてもらったら困るよ」
「それもそうか」
当たり前のことを聞いてどうするんだ。やっぱり疲れてて頭が回っていない。頭に出てきた言葉をすぐに口で出してしまう。
「それじゃ、いつもの時間だし帰ろ。
「おう」
二人で公園を後にする。初めの頃はずっと
……流石に言い過ぎた。意識はするが、普通に話せるぐらいには慣れた。美少女を意識するなっていうのは無理がある。楽しそうに話す
「私の顔なんて見てどうしたの?」
「
「何それ。嫌味?」
「そうじゃなくて、その顔なら彼氏の一人や二人いそうなのに」
「二人いたら浮気じゃん! そっか。私って尻軽だと思われてたのか……」
「いや! 比喩だって! モテそうってこと!」
「ふーん。まぁそういうことにしてあげる」
僕が慌てる様子を見て
「まぁ、彼氏作らないのは部活に集中したいからかな」
「よくある理由だな」
「それと、その人をよく知らないから。正直こっちの方が大きいよ。いきなり他人から『好きです。付き合ってください』なんて言われても困るでしょ?」
「僕は受ける。モテたことないし」
「勉強の邪魔にならない?」
「その時はこのランニングの時間を削らないとな」
「えー、酷いよぉ」
軽口だと分かっているからか、明るいリアクションが返ってくる。どうせ告白はされないから、よく考えず答えたけど実際に起きたらどうするんだろうな。
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