第3話
「あ、
夜のランニングを始めて早数分。急に後ろから明るい声をかけられた。一昨日も聞いた声。聞き違えるわけもなく、疲れてないのに鼓動が早くなる。
「よ、最近よく会うな」
「そうだね。とは言っても、私がここを走り始めたからだろうけど。昨日はなんでいなかったの?」
「塾行ってる時は来ないって話さなかったか?」
「あ~、そんな話もしたような……」
足を止めた僕の隣に
「えっと、何かおかしい?」
「あ、いや……いつもはどこで走ってたのかなって思って」
「どこをって決まったところはないかな。家を出て気の赴くままに走る感じ。就寝前の適度な運動兼、気分転換だよ」
「うーん」という声を漏らして
そんな僕の視線には気付かず、
「でもこの公園には普段から通いたくなったかな。人通りが少なくて走りやすいし」
「そっか。けど残念。少しずつ利用者が増えてるよ」
「あー確かにいたね。でもこれぐらいなら気にしないって。ほら、早く走ろ!」
さっと前に出た
「は、速すぎ……」
流石、陸上部と感心している暇なんてなかった。まだ走り始めだから付いていけるが、このペースでずっと走り続けられる自信はない。それでもひたすらに足に力を込め続ける。
もう何周したか覚えていなかった。鼓動が耳に響く。横腹が痛んでくると意識していた呼吸法も乱れ、腕を振るのも疲れてきた。いつもより早く思考が白く染まっていく。しかし
「ありゃ?」
異変を察知したであろう
やっと、止まってくれた。
荒い口呼吸をしながらも、よろめきながら
「ちょちょっ⁉ 大丈夫⁉」
返事をしたくても声が上がらない。呼吸するたびに胸が上下し、心臓が自己主張するように激しく動いていた。こんな全力で走ったのはいつぶりだろうか。体育の持久走も手を抜いていたし、思い返してみたらこんな状態になった記憶がない。
「あー、えっと、とりあえず立ち上がって! 急に止まったら体に悪いから! ほら、歩くよ!」
右手を引っ張られてなんとか立ち上がる。そのまま手を繋いだまま足を動かした。
あー……何やってるんだろ。
歩き続けるうちに冷静な思考が戻ってくる。
走って、倒れて、引っ張られながら歩いて。本当に情けない。今思うとこうやって人と手を繋いだのは小学校以来だろうか。男とは違う、小さくて柔らかい
……手汗かいてないよな? 握る手の力ってもっと優しくしたほうがいい?
「水分もちょっとずつ飲んで。一気に飲んだらダメだよ」
「あ、あぁ……」
言われるがまま、ウェストポーチに入れておいた水筒を左手で開ける。ボタンで開くタイプの水筒で助かった。熱い体に冷たいものが入ってくる快感を味わっていると
「どうした?」
「器用に水筒の蓋開けるなぁって思って」
「右手がこんな状態だし」
右手を少し動かして状況を説明する。そこでやっと気付いたのか、右手の温もりが消え去った。
「あ、これは違くて、握りたかったからとかじゃ……」
両手を前で振りながら否定される。そこまで否定されると違う意味で胸が痛くなるが、出会って数日でそんな展開になるわけもない。
「分かってる。心配してくれたんだろ。感謝してるよ」
「そうよ! だいたいなんで倒れるの!」
そうだよな。女の子を差し置いて先にギブアップするなんて、男としてどうかと思う。現状を理解すればするほど、自分が恰好悪くて苦笑が漏れた。
「
「うん。だって遅い私だったらみんな嫌だろうし、最近は……」
少しずつ声量が小さくなっていく。
遅い
「今は競技じゃないんだし、速く走る必要はないと思うけどな」
「そうだけど、やっぱり走るからには速くないと」
「だったら走るのが遅い僕はどうなるんだよ」
未だに体力が回復してない僕を見せつけるように胸へ親指を立てる。どこにも疲れが見えない
「それと夜のランニングは気分転換なんだろ?」
「そう……だね」
「
最後まで格好悪いなと思いつつ頬を指で掻く。そっと
「うん。じゃあその……また一緒に走ってくれる?」
こうやって人を誘うのは初めてなのか、緊張しているのがひしひしと伝わってくる。そんな姿が幼く見えて、つい口元が緩んだ。
「もう! なんで笑うのよ」
「悪い悪い。
「か、可愛いなんて……」
あれ? もしかして照れてる?
外見のよい
「と、とりあえず走るか?」
「うん」
「さっきみたいに本気で走るないでくれよ」
「分かってるって。ちゃんとペース合わせるから」
再びいつもと同じルートを走る。先程とは違う無理のない速度。静かな夜道だからか、
「ねぇ、
「単に息抜きだよ。運動はストレス解消にちょうどいいし」
「へぇ。じゃあ他のスポーツをしてたかもしれないんだ」
「そうだな。夢中になれるものならなんでも」
どうせ家にいても勉強しかしない。しかし根を詰めるのは効率が悪いし、そもそも僕はこういうところで気分転換しないと受験勉強には耐えられなかった。僕にとってランニングは現実逃避、今ある将来への不安を忘れるための手段だ。当然、話すことができる今のペースだと思考が白く染まることはないだろう。
それでも……。
「
こういうのも悪くない。本当に楽しそうな笑顔の
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