(さて、エルヴィス君、君は火、水の魔法をマスターしたね。さて、この世界にある残りの魔法は何かわかるかい?)

誕生日の翌日、庭で空をのんびりと眺めているとフレユールの声がした。おい、いきなりなんだよ。

(ええと、風、土とか?)

(そうだ。それと闇もしくは光属性がある。他にも氷とか雷とか木とか派生したものもあるがね。原則的には、火、水、風、土、闇もしくは光だ。)

(闇と光は二つで一つなの?)

(いやそうではない。人によって闇もしくは光属性に分かれるんだ。例えば君のご両親では、アネモスは風、ザハルは土属性が主だが他の属性も僅かに持っている。そして二人はそれぞれの主属性に加えて火、水を持っている。そして、残りの一つは闇属性は持っておらず光属性のみだ。この世界では皆そうらしいな。五つの属性を配分は違えど全て持っており、どれか一つの属性が強く発現する。だからね、エルヴィス、私は君が持っている属性の全てを知りたいのだ。どれが最も強いのか、光属性か闇属性か。まあ、君のご両親が光属性なのだから君自身光属性の可能性が高いんだがね。)

僕は自分の手のひらを顔の前にかざしてみた。属性か。確かにそれは知りたい。あっ。そういえば。

(フレユール。そういえば、最初にザハルが属性を見ようとなんか魔法陣で僕を占ったじゃない?あれってもしかして属性を見るためのやつだったの?)

(そうだ。あれでどの属性が強く発現するか確かめるんだよ。でも君はあれでははっきりとは分からなかった。魔力があることは確かなんだけれどね。けれど大丈夫!こういう時は全ての属性の魔法を使ってどれが君に合っているか調べてみればいいのさ!だからね、今日は風属性の魔法をマスターしてもらうよ。)

(風?風を吹かせればいいの?)

(そうだね、でも微風のような鼻息レベルのものだとお話にならないから出来れば台風か竜巻並のものを出してもらわなくちゃあならない。できるね?)

いやいや、圧が強すぎでしょ。齢一歳の子供への態度ではなくない?普通一歳児なんて寝て食べてトイレしてちょこっと遊んでいれば十分でしょ。

(君の考えていることは私にも分かるから下手なことは考えない方がいいよ。そうだ、君は今一歳児であることは間違いない。でもそれと同時に転生者であることを忘れないでほしい。君には大原未智としての十数年の経験があるんだからね。普通のそこら辺にいる餓鬼とは違うんだ。そうなれば私の求めるものも必然的にレベルが高くなるのも分かるよね。)

 うぐぐ‥、ここでフレユールへの嫌味の一つでも言えればよかったのだろうけれど私には何を言ったらいいのかさえも思い浮かばなかった。語彙力のないありきたりなばかな言葉の羅列だねと鼻であしらわれるのがオチだろう。

(昨日魔法の杖ももらったから今までよりも魔力の制御が容易となったはずだから前にした二つよりは楽なんじゃない?あとさ、風ならいいお手本がいるじゃないか。)

お手本?フレユールが私の体を用いてやり方を見せてくれるんだろうか。

(君の母親のアネモスさ。彼女は風属性でその系統の魔法に長けている。こういうのは能力が高い人に教えてもらうのが一番さ。君の世界でいう先生?かな。あれって他の人よりできるから教えているんだろう?)

前世での学校のクソ野郎の顔が一瞬思い浮かんだ。少なくともあいつは能力が高いから教えていたんじゃない、ただ生きている年数が私たちよりも長かっただけ。ただそれだけ。能力があったなら私はあんな扱いは受けなかっただろうし、あの女が大手を振って歩いていることもなかっただろうから。やはり世界は理不尽だし、不公平だ。あっ、でもあの世界がなかったら今私がここにいることもできなかったのだと考えるとそれはそれで困る。

(さあ、グズグズ考えていないで行くよ。)

体が勝手に動く。フレユールによって歩かされていた。


「お母さん。」

アネモスに話しかける。

「何?エルヴィス。」

洗濯物を干していたアネモスが振り返る。アネモスは息子の僕から見ても美しいと思う。黒く清らかな長い髪。面長で整った顔。女性にしては背が高い痩身。どれをとっても素晴らしい。

「お母さんにお願いがあるの。」

わざと舌足らずな話し方をする。大人、特に女性はこんな話し方をする幼児の願い事はなかなか断ることができないだろうという計算があった。自分ながら小賢しい。

「うん?なにかな?」

僕は少しモジモジしながら答えた。

「魔法を教えてほしい。風の。」

アネモスは少し驚いたようで、少し考えてから口を開いた。

「うーん。エルヴィスはまだ小さいからね。もうちょっとお兄さんになってから教えてあげるわよ。」

やはりそうか。普通の親は一歳の子供に魔法なんて教えないんだよ。常識のある親でよかった。僕が少し足を後ろに引いた時だった。

(おい、食い下がるなよ。言い訳はなんでもいい。何がなんでも教えてもらうんだ。絶対だ。)

フレユールの固い声が頭で響く。この悪魔め‥。

「昨日、神継者様から杖をいただいたでしょ。それって神継者様から魔法を使ってもいいって許可をもらったことだと思うんだ。あとね、僕もこの杖を使ってみたい。ねえ、いいでしょ。」

最後のトドメに上目遣いでアネモスを見る。なんて小悪魔的な幼児なんだ。前世の頃の自分からは考えられない行動だ。アネモスは少し迷っていたけれど、僕がじーと見つめていたから根負けしたようだ。

「いいわよ。でも約束してちょうだい。決して危険なことはしないこと。少し風を吹かすことができたらそこで終わりだからね。」

よかった。これで落ちなかったら嘘泣きでもしようかと考えていたから。

「ありがとう!お母さん、大好き!」

ギュッとアネモスに抱きつく。アネモスも反射的に僕を抱きしめてくれた。僕はアネモスに見えないところでニヤリと口角を上げた。最低だな、僕。


 庭に立ち杖を構える。

「杖は軽く握って。そう、優しくね。肘は少し曲げる、手は少し寝かしてね。肩は落とさないけど張らすぎないように、少し力を入れるぐらいでいいわ。背筋は伸ばして、顔は前を向く。顎はあげすぎないで、そう少し引いて。この構えが基本の形よ。まずはこれを覚えてね。」

幼児には少し難しいが、ある程度はフレユールも手伝ってくれているようだ。それほどこの姿勢がしんどくはなかったから。

(君の母親、余程しっかりと魔法を教えられたんだな。基本の形をこれほど綺麗にできる上に教えることができるなんて誰でも出来ることじゃあない。これを体に叩き込んでおくことだな。)

(分かった。今まで姿勢なんて気にしなかった。魔法を使うので精一杯だったっていうのもあるけど、こんなに細かくしないといけないなんて思わなかった。)

(逆によく今まであんな姿勢で魔法が使えていたもんだな。)

(フレユールが教えてくれなかったから仕方ないじゃないか。)

(人のせいにしない。何度も言うが、私は少しアドバイスをしただけで、出し方なんかは君自身が掴み取ったものだ。君は一度専門家に基本から教えてもらった方が良いかもしれないな。私は感覚でやっているから君に人間の魔法の使い方を理論立てて教えてやることができない。)

ふうん、そんなものかと思いながらいると、アネモスが少し怒りながら僕の肩を軽く叩いた。

「こら。魔法に集中すること。魔法を使うときは他に気を取られてはいけないわ。間違ったり、事故が起こるかもしれないし。もし戦うときにそんなことをしたら‥いえなんでもないわ。さあ、やるわよ。集中。」

「はい。」

僕はまっすぐ前を向く。僕の様子を見てアネモスは安心したようだ。固かった表情が少し和らいだのが分かった。

「では、風の魔法を使います。まず、心の中で微風を想像するの。そうね、草原に優しく吹いている風よ。柔らかくてとても優しいものをね。風を杖の先から出すような感じを想像してからこう言ってみて『草木をゆらす蒼風、ここに清らかな流れを創りたまえ、ガーデンウィンドー!』」

アネモスの杖の先からまるで扇風機の弱風のような微かな風の流れを感じた。え?あんなに厨二っぽい恥ずかしい詠唱しての結果がこれっぽっち?マジで?

(おお。確かに風が出たな。少し弱く息を吹きかけるだけで消えそうなものだが。さあ、エルヴィス、やってみたまえ。もちろん、台風並みのものを出すんだよ。)

(う、うん。やってみる。)

台風か。前世で何度も体験したっけ。轟々と大きな音を立てて何もかもを吹き飛ばしてしまうような風。傘なんて意味なくて雨が降る中、傘をわざと閉じて濡れながら歩いた。体が浮き上がりそうなぐらいの風圧、髪の毛がバサーと乱れてしまう。立つのさえ大変だけど、どうしてか自分がこの風を操っているのだと想像していたっけ。イメージを杖の先に集中させて、出していくように想像して‥。最初は小さいものだったが次第に大きくなり周りの空気を巻き込んで大きな風いや暴風となる。杖の先を空に向けて一気に出す。まるで竜巻のような風柱が舞い上がっていった。あ、できちゃった。まぐれとはいえ成功して嬉しかった僕は柄にもなくはしゃいでしまった。ふとアネモスの方を見ると呆然としていた。言う通りにしなかった息子を叱ったりなじったりせずにただ空を見上げていた。多分、何が起こったのか理解できなかったのだろう。しばらくしてもそのまま動かなかったから僕は心配になってしまった。

「お母さん?」

僕の声にハッとしてこちらをみた。それから震える声で呟く。

「あなた、何をしたの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る