初めて魔法を使ってからというものフレユールの訓練はスパルタだった。

(さあ!今日は水を出してみよう!)

(おいおい。それじゃあ、子供の小便じゃないか。私は虹がかかるくらいの水を出せと言ったよね?もう一回!)

(ちっさ!この虹小さいよ?まあ、私も大きさは指定しなかったからね。明日はもっと大きい虹を作れるようにするよ!)

(もう、無理だよ。僕にはできないよ。)

(不可能だと思うからできないし、やろうとしないんだよ。たった一回、十回、百回、千回の失敗がなんだっていうんだ。君たち人間は自分の思うように進まないことを否定してしまう。それを世間一般では失敗だと定義するんだろう?いいかい、挑戦しているうちはそれは失敗ではない。失敗というものはね、もう嫌だしんどいやめたい無理などという感情から挑戦することを放棄した状態のことを指すのだと私は思う。前世の君は逃げてばかりで、結局は自分の存在すら否定してしまっていただろう。だから君にはこの世界では簡単に失敗してほしくない。大丈夫、今は私がついているし、何度でも挑戦すればいいのさ。)

てっきり叱られるとばかり思っていた僕は彼の穏やかに諭すような口調に驚いた。同時に、彼が僕にダメな子のレッテルを貼って見捨てるようなやつではないことがわかった。そうか、信じてくれる人がいるってこんな気持ちなんだ。彼の気持ちに応えたい。


 僕は気を取り直して水を出すことに集中した。滝を流れる水。大量の水が勢いよく重力に引き寄せられて滝壺に落ちていく。水飛沫がすごくて細かい水粒が霧のように辺りを漂っている。その滝を今にも落ちようとする水塊を出すように‥。

 ドドドッ!!!僕の手のひらから大量の水塊が噴き出す。バレーボールのパスのように僕は手のひらを顔の前に突き出した。目の前に大きな虹が現れた。その虹はキラキラしていて僕が今までみた虹の中で最も美しかった。

(おお!やるじゃないか!エルヴィス!君はサイコーだ!)

フレユールの高揚した声が頭の中で響いた。どうやら僕は成功したらしい。

(やった、やったーー!できたよ!フレユール!君のおかげだ、ありがとう!)

(いや、私は助言しただけだ。これは君が頑張った成果だよ。)

僕はしばらくその虹を見とれていた。しばらくして轟音に気づいたアネモスが裏庭を水浸しにした僕を叱ったのはまた別の話。


 僕は標準的な乳児よりも発達が早かったらしい。母乳を飲んでいる段階から火、水の魔法を使うことができた上に、歩いて裏庭まで移動したから。(これはフレユールが僕の体を操作して無理やり移動させただけなのだが。)これに対して僕の両親は僕を不審がるようになったかと言ったら、実際のところそうではなかった。両親は僕を天才だとか、この子は将来すごい人になるぞとか呑気に言っている始末だった。この能天気な両親のもとに生まれて本当によかった。変に勘づく両親だったら僕は捨てられていたか、闇の業者に売り飛ばされていたかもしれないから。


 僕は一歳の誕生日を迎えた。両親は盛大に祝ってくれた。机の上には大量の料理、酒など。僕は食べることができないし、もちろん飲むこともできないっていうのに。

「一歳の誕生日おめでとう、エルヴィス。君が生まれてきてくれて嬉しいよ。」

ザハルが少し泣きそうになりながらしみじみと言う。ねえ、まだ酒飲んでないよね?

「おめでとう。あなたが生まれた日のことはよく覚えているわ。あれから一年。いろいろなことがあったけれど全て大切な思い出よ。これからも三人でたくさん思い出を作っていきましょうね。」

おいおい、アネモスとてもいいことを言うじゃないか。怒った時はおっかないけれど、改めてこういうことを言われるとなんか照れる。僕はこの両親にとても大切にされていたのだと実感して不覚にも目尻が熱くなった。

 その時、家の扉がたたかれた。誰だ、こんないいシーンをぶち壊しにする不届者は。柄にもなく泣きそうだったのに涙が引っ込んでしまったじゃないか。

「わしじゃ。おるかな。」

扉を開けるとそこには神継者様が立っていた。おい、ジジイ、こんな時に来るとはいい神経してるじゃないか。親子水入らずなんだよ、こっちは。タイミングを考えて来いよ。僕が心の中で毒づいているとは露とも思っていない両親は招き入れた。

「わざわざお越しくださりありがとうござまいます。」

「良い良い。やあ。エルヴィス、久しぶり。大きくなったのう。今日は君にこれを持ってきた。」

僕の目の前に思いもよらないものが差し出された。杖だった。

「君のご両親から話を聞いてね。君と相性が良さそうなものを持ってきた。どれ持ってみなさい。」

僕の手に杖が握らされる。特に違和感はない。なぜか杖は僕の手によく馴染んだ。

「うむ。相性が悪かったら魔法が暴走したり杖が弾き飛んだりするがそういうこともなさそうじゃな。」

「ありがとうございます、神継者様。」

「ありがとうございます。」

両親が揃って頭を下げる。神継者様は両親に頷いてから僕の方に向き直る。

「いいか、エルヴィス。君には魔法の才があると聞く。なんせ、誰にも教わらずにして火や水を出すらしいからな。それな‥」

「しかも無詠唱なんですよ。」

おいザハル、余計なことをいうな。このジジイ、何か大切なことを言おうとしてたのに。

「なんと!それは聞いたこともない。本当かね?」

両親は揃って頷く。神継者様は両親の様子を見て信じたようだ。再び僕に向き直り続けた。

「そうか。君は本当にすごい魔法使いなのだな。それならば尚更だ。君は力を制御しなくてはいけないし、使いこなす必要がある。これはその一助となれば幸いだ。最初は難しいだろうが、君ならば大丈夫だろう。」

僕の目を覗き込みながら言う。彼の目は真剣そのものだった。彼の真剣さに僕も応える必要があるとすぐに齢一歳ながらもわかった。少し背筋を正しながら僕は答える。

「はい。神継者様の期待に応えられるようにこれから精一杯精進して参ります。この杖本当にありがとうございます。」

一歳の子供がこんなことを言ったものだから両親は驚いたようだが、神継者様は驚いた素振りはなくただ満足そうに微笑んでくれた。

(言ったな。ではこれからもっと厳しくするからな。)

フレユールが嬉しそうに言う。しまった、言うんじゃなかった。

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