7
「エルヴィスー。ご飯よ。」
アネモスが私を抱き上げる。この世界に粉ミルクなんてものはあるはずがなく、私の食事は母乳のみだった。この母乳美味しいか美味しくないかと問われればどちらというと美味しくはないが、これが今の私の栄養源だと思うと頑張って摂るしかない。最初はどういうように吸えば良いかわからず、全く吸えなかったけれど今ではお手のものだ。乳房が目の前に現れると未だに少し恥ずかしいが目を閉じて母乳を吸うことに集中する。一気に吸い、ゲップもしてベッドに寝かされた。やっとホッとして眠る。‥わけにもいかなかった。フレユールが話しかけてきたから。
(おい。ここ最近のお前のしたことといえば、飯を食って糞を出して寝るだけだぞ。もうそろそろ魔法を使うとかしたらどうだ?せっかく魔力のある肉体に生まれ変わったんだ。試してみたくはないか?)
(うるさいな。これが赤ちゃんのあるべき姿なんだからしょうがないでしょ。第一、今魔法を使わなくてもそのうち使うわよ。)
(そうもいかない。私だって慈善事業でしているんじゃない。それに子供が大きくなるまで何年もかかるだろう。それまで待てない。)
(もう。私にどうしろっていうのよ。)
(そうだな。まずは魔法を出すことができるかを確かめさせてもらう。とりあえず火を出せるか?)
(いきなり火を出せって無理でしょ。魔法の使い方だってわからないし。)
(はあ。これだから人間ってやつは。いいかい。君は自分が何もしてもいないことが無理だというのか。経験がないとか、やり方が分からないからできないという場面ももちろんあるだろう。むしろそういうことの方がずっと多い。でも、稀に出来ることもあるし、できなくてもそれから学ぶことは多いはずだ。だがそれはしてみないと分からない。する前からできないと決めつけるのは自分の可能性を狭めるだけだよ。いいから君が思うようにやってみなさい。)
何も言い返すことができなかった。フレユールの言っていることは筋が通っているし、臆病になっているのは自分自身だった。
私は火を出すにはどうすれば良いか考えた。火を起こす過程を想像する。まずは木など燃えやすいものに火をつけて‥。いいや、それじゃだめだ。それでは元々火がついているのが前提だ。今、ここには火がなく、一から生み出す必要がある。さてどうするか。そういえば遠い昔にキャンプに行った時のことを思い出す。そういえばあの時木同士を擦りあって火を起こすと勘違いしていて家族に笑われたっけ。あの時は結構アウトドアなんかもしてたなあ、最近はめっきりなくなったけれど。擦りあわす?ピンときた。そうだ。木を擦りあって摩擦で熱が生まれる。それを激しくしてから細かい木屑などに火を移して、次第に大きな炎とする‥。これだ。目を閉じ、想像する。まず、何か摩擦を起こすものを想像する。今回は木の棒。木の棒を二本用意し擦り合わせる。次第に熱くなり木の表面が黒くなる。煙も出てくる。それを自分の手の中の綿に移す。綿は木屑同様引火しやすいはずだ。燃え移り小さな火が生まれる。それに空気を送る。今は自分の吐息でいいか。消えないように慎重に息を吹きかける。段々自分の手の中の炎が大きくなる。次第にすごく熱くなって‥。うん!?手がっ!手がっ!熱い!!!目を開けると私の手が燃えていた。いや、厳密には私の手のひらの上にゆらゆらと炎が乗っかっているのだが。
「熱い!!なんで!?私は想像しただけなのに!」
はは、とフレユールの笑い声が頭の中で響いた。
(よくやった。君は僕が思った通りだ。君は魔力を操って自分の思ったように魔法を使ったのさ。)
(笑っていないで火を消してよ!)
(想像すればいい。火を消すようにね。早くしないと火傷しちゃうよ?)
火を消す。手っ取り早いのは水をバサーとかけて仕舞えばいい。大きく燃えている炎も大量の水を上からかけると一瞬でシューっという音と共に消えてしまう。白煙と共に。その状態を想像しようした瞬間、部屋のドアが勢いよく開かれた。
「エルヴィン!どうしたの!?まあ、火が!みず!みず!」
アネモスがバケツに入った水を私の両手にぶっかける。勢い良すぎて全身びしょ濡れなんだけど。
「どこも怪我してない?手を見せて。大丈夫なようね。なんで急に火が出たのかしら。」
私がどこも火傷していないことを確認するとアネモスは濡れてしまった服を着替えさせてから再び寝かせる。
「いい?大人しく寝ていてね。すぐに戻るからね。」
私に言い聞かせてアネモスは部屋から出て行ってしまった。
(ねえ、フレユール。さっき、私は想像しただけで火を出すことができたの?普通、魔法には詠唱とか、杖とかいるんじゃないの?)
(確かに魔法の種類によってはあったほうが効果があったり規模が大きくなるものも存在する。けれどね、根幹となるのは創造力。いや、この世界ではクレアーレと呼ばれている。)
(創造力?考える力ってこと?)
(いいや、創り出す方の創造力だね。まあ、創り出すのにも考えたり思い浮かべるのも必要だから完全には間違ってはいないがね。とにかく君は魔法を使うことができた。めでたいことだ。初めてにしてはよくやった。後は他の魔法を使えるようにしないとね。さあ、明日からもビシバシ行くよ!)
フレユールは楽しそうに話していた。私は緊張が切れて安心したのと初めて魔法を使ったことに対しての疲労から眠気が急に襲ってきた。眠気に抗うことなく私は大人しく瞼を閉じた。
あれが私、いや、僕エルヴィスが初めて魔法を使った瞬間だった。
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