第94話【 重い口 】


 タナトス死の渓谷の生態系は、他の地域より色濃く、魔物同士の中でも弱肉強食の掟の中にある。生存競争の激しさから適者生存の為、より強く、より知能的に進化発達していく。


また、その過程を経ずに突然変異体ヴェリアンが現れる事もあり、人間にとっては無情で致命的な程、危険な地域なのだ。


そんな地域、タナトス死の渓谷へ入ってからはや


アルガロスとカルディアは、ほぼ休める事無く魔物と無窮の戦いに入っていた。

何度もえぐられ、何度もちぎられ、何度も喰い破られ、何度も……、何度も………。



 <ドゴンッドゴォォンッ>


 <ゴオオッ>


 目隠ししたアルガロスが、マンイータレオンの炎攻撃を交わしている。

マンイータレオンとは、クラスA上位に位置し濃い魔力により半アンデッド化した人食いライオンの事だ。


体長5メートル程ある巨体に、無数のヒダが備わり、炎を撒き散らしながらヒダでも攻撃する。

攻守一体型の相手に対して、アルガロスは距離感をつかむ為、素手で戦っているので苦戦していた。



 <ドギャギャッ、ザザンッ>


 一方、カルディアは巨大昆虫型の脳食いアメーバ、

ネグレリア・フォーレリと対峙している。

この個体もクラスA上位に位置する。


この個体に触れると、あらゆる毒に感染し、5分と経たない内に身体を貪られ死に至る。


カルディアは、このネグレリア・フォーレリに対して、呪いの刻印で反撃していた。


カルディアの回りには物理攻撃を跳ね返すバリアが張られ、そのバリアに触れると呪いの呪文が自動刻印されるのだ。


<バシッ>


弾かれたネグレリア・フォーレリの軟体角に、瞬時に呪いの刻印が印字される。


<グルッゴボゴボッ>


異音が軋む様に角に走り、軟体角が膨れ上がって<バグォンッ>と破裂した。



 そんな魔物が飛び交う中、エルは………、座って肉を焼いている。

タナトス死の渓谷へ入ってからずっと食事係なのだ。


「中まで火が通るのもう少しだな!」


そんな呑気な言葉を平然と口にし、アルガロスとカルディアの事を気にする様子も無く、石の上で焼いてる肉をひっくり返していた。


<ゴフオ━━━━━━━ッ>


マンイータレオンの流れ炎が飛んでくるが、手で払いのけ。


<ブババッ>


ネグレリア・フォーレリの流れ軟体角が迫ってくるが、手で払いのけ………。


「ふわあー……」


エルは、あくびをしながら肉を焼いていた。

肉をひっくり返しながら…急激に成長していく2人を眺めながら……エルは徐々に真剣な表情になっていく。


「モサミ……、相談があるんだけど……」


【 なんじゃ? 】


「アルガロスとカルディアに……、全てを話そうと思うんだ……」


【 ………2人を守る為か? 】


「うん」


「だから、モサミにも全てを話して欲しいんだ。について…」


エル自身……、自分以外の何かが身体の中で意識を持っている様な気がしていた。今迄の経験や経緯が……、そう思わせていたのだ。


モサミスケールは遠くを見つめ、悲しい目をしている。全てを話すと言う事は、アルガロス、カルディアが去って行く可能性があるし、エルは人里を離れるかもしれない。


そうなると、エルの心が不安定な状態になりそれが続くと……、器の強化が出来なくなり、魔力と霊力の打ち消し合いによって、存在自体が無かった事になる

“ 無 ” に………。

もしくは魔力の暴走によって、この地が廃墟……。


モサミスケールの重く深い思慮は、今までいくら考えても結論が見える事は無かった。



【 ………分かった…… 】



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 日が暮れる前の陽の光は、色んな色で大自然を照らす。

タナトス死の渓谷と言えど、その力には無防備なのだ。


マンイータレオンとネグレリア・フォーレリがズタズタにされた状態で横たわっている。


一時の休息だ。


肉を食べ終えたエル達は、短い休息を団らんしながら楽しんでいた。


「ダハハハハーッ。これ見て! 魔力で積み木!」


アルガロスは目隠しのまま小さな石に指を指し、魔力を流して持ち上げバランスアートの様な造形物を作っている。


カルディアはそれを崩そうと、せっせと息を吹きかけていた。


「動かないわねー…」


「あったりめーだ! 結構重いからな!」


そんな微笑ましい2人をエルは笑顔で眺めていた。

しかし、その笑顔が徐々に消えていく。

一度茜色の空を見上げ、ゆっくりと想いにふけっていた。


「………。なぁアルガロス、カルディア。聞いて欲しい事があるんだけど……」


「なに? 改まって」


「そうだよ。エルらしく無いぞ!」


「………………………」


神妙な面持ちのエルは、言葉が出てこない。

その沈黙を察したアルガロスは、森の方を指差して半笑いしながら……。


「オシッコか? それならアッチでやってくれよ!」


そんな気の利かない、はしたない言葉にカルディアはしかめっ面だ。


「相変わらず下品ねー、アルガロスは……」


エルは、苦笑いしながら違うと手を振っていたが、また直ぐ真顔になる……。


「あのさぁ……、俺……3段石でゲートに吸い込まれて知らない地域に飛ばされたって言ったじゃん?」


「ああ、言ってたな! 魔力濃度が濃い所って」


「あれさぁ……、” 漂う大陸 “ に飛ばされたんだ」


<コトッ>


バランスアートの1番上の石が、バランスを崩し落ちていく。


「 ” 漂う大陸 “ ??」


「ってどこにあんだ?」


カルディアもアルガロスも当然分かる筈がない。

そっと上を指差すエル。

それにつられ、2人は上を見るが……。


「ん? 何だ??」


キョロキョロするが、夕暮れの綺麗な空が広がるだけ。

アルガロスは目隠しを取り、改めて空を見上げるがやはり綺麗な空が広がっているだけだ。


エルは、そのまま重い口をユックリと動かしていく。


「空に浮かんでる大陸なんだ」



「はあ━━━━━━━━っっ? 浮かんでる??」


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