第92話【 タナトス渓谷 】


 ドラントスの街から城下町スパータルへの道のりは、馬車で15日間程度。

幾つかの町や村を経由して行く事になる。


これはを迂回しながらの道のりなので、どうしても日にちがかかってしまう。

何故なら、ブルーモン領内最大の魔力濃度を溜め込む危険な渓谷が広がっているからだ。


その渓谷とは……、


タナトス死の渓谷。


この地域の中心部に行くほど魔力濃度が濃くなり、それを好んで凶悪な魔物が住み着いている。

この広大な地域では、太古より魔物の生態系が出来上がっているのだ。


★死、地獄、墓地、滅亡、終末……。


全てにおいて危険なこの渓谷は、完全に未開の地となっており、噂では……、

魔物の頂点に立つ伝説の ” 龍 “ が生息しているとも言われている。


   訓練を兼ねて突っ切って行こうとしているのが、エル達である。


まだまだ不安定な “ 空間認識力 ” のアルガロスは、感覚を感じ取る為に補佐的な意味合いで、枝を持って歩いていた。


「なあエル! この状態で魔物が出たら俺イチコロだぜ?」


「大丈夫だよ! 俺は戦わないけど、に応戦してもらうから!」


「え? 私?? 無理、ムリ、むり━━━━!!」


前回の訓練の時に、回復魔法が得意なカルディアに “ 魔物からのも自分でね ” と伝えていた事もあり、魔物との直接対決は幾度となく経験していた。


それに、神からの祝福で、基礎攻撃魔法スキルを持っているので、ある程度は対処出来ていた。

それを理解した上で、そうカルディアに伝えたのだ。


「自信持って! カルディアはかなり強くなってるから!」


「あぁ…カルディアが守ってくれるのか。そりゃー安心………………出来ねーわ!!!!!」


とノリツッコミするアルガロスだが、心はかなり荒れている。


「この地域、何て渓谷か聞いただろ! タナトスだぜタナトス


「ブルーモン最大の魔力濃度地だぜ!? ギルド総出でも即死だって言ってただろ!!」


その通りである。

エル達はコラースや採石屋のイリアスから聞いたのだろう。

この危険な地域には絶対近付かない方がいいと。


しかし、エルの挑戦的な思考はそうではないみたいだ。訓練場所としては最適と考えていて………。


「大丈夫だって〜! アルガロスも戦っていいんだから! 但し、目隠ししたままね!!」


「あぁ……、戦っていいのか……よかった………っておい! 目隠ししたまま? 」


「はあ━━━━━━━━???」


タナトスと比喩される地域での戦いに、不利な条件付きなんて有り得ないのだが、エルには届かない。

何故ならエルとモサミスケールは……、彼等のスキルやセンス、力を正確に把握していたからだ。


そんな騒がしいアルガロスの足が急に止まる。

勿論目隠ししたままだ。


「ん?」


「何か居る……。こっちに向かって来るぞ!」


目隠し越しに、睨む様に先を見据えるアルガロス。

その言葉にカルディアは手元から前方へと目線を上げた。

しかし、目で見える範囲には何もいない。


すぐさまカルディアはマギア・ディテクション魔力探知を展開し、回りの魔物の探知を始めた。

すると、幾つもの魔力が……。


「ええっ!?? クラスB相当の魔物が……くらい!? 凄い勢いでこっちに移動してるよ!?」


「エル? 本当にこのまま戦うの?」


心配で超〜不安なカルディアは、この危険な状況に再度確認したのだが、エルは胸を張りふんぞり返り、右斜めな返答をする。


「男に二言はない!」


「そんな意味で聞いたんじゃないわよ! バカ!!」


前回の訓練では、死ぬ直前しか助けてくれなかった事を痛感しているカルディア。


魔力がどんどん近付いて来る。

焦るカルディアは、刻印された棒を投げ捨て、守る為にアルガロスの前に回ろうとした。


「アルガロス、まず私が…」


と言いかけた時、アルガロスから意外な言葉が飛んでくる。


「カルディアは手を出すな! サポートを頼むぜ!!」


「えっ?」


<ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴーン>


渓流沿いの石を踏み砕きながら出て来たのは……。

其々が異様な形を形成した、4本足の魔物の群れだった。


グリア神経膠ウルフじゃ! 】


モサミスケールがそう叫ぶ。


と同時にアルガロスのオーラ循環速度が一気に上がり、身体が薄っすらと赤くなる。

血流と共に、循環が速まっているのだ。


【 グリアウルフは、肉体の構築、取り込み、形成、伝導、免疫を主とした再生型の魔物じゃ!! 】


モサミスケールは、目隠しされたアルガロスと、それをサポートするカルディアに魔物の情報を教えたのだ。


「へえ〜……。ゴブリンデフォームとトロールカレットを足した感じか! 厄介じゃねーか!」


アルガロスは怯むどころか、少し笑っている様にも見える。


グリアウルフの肉体は、神経や筋肉繊維の塊みたいで、しかも……<ズリュ、ウニョッ>と動いている。


「気持ち悪っっ……」


それを見たカルディアは苦々しい顔をしながら、既に近くまで迫って来ているグリアウルフに対して、杖を強く握った。


<ガリガリッガリガリッガリガリガリガリガリガリ>


砂利を踏みしめる音が彼等目掛けて迫ってくる。

剣を抜くアルガロスは一歩前へと踏み出た。


「じゃあ、心臓かコルディスコアをやっちまえばいいんだろ!!!」


「目が見えねーからって舐めんじゃねーぞ!!!」


湧き立つ魔力と共に、アルガロスは自らグリアウルフへと突っ込んで行く。


「うおおおお━━━━━━━━━!!!」


「あっ、突っ込んじゃだめっ」


カルディアの静止も聞かず、走り込むアルガロス。

<ゴポッ>とグリアウルフの背中が盛り上がり、突然触手の様な槍が飛んできた。


<ビビュンッ>


小さな空気の流れや振動、音の軌道を……。

回りに広がる魔力の強弱の波を感じ取りながら……避ける。


<プシュッ>


足から弾ける様に飛び散るアルガロスの血。

しかし、構わず群れの中へと素早く走り込んだその時。


<ビビュンッ>


<ビビュンッ、ビビュンッ、ビビュンッ、ビビュンッ、ビビュンッ、ビビュンッ、ビビュンッ、ビビュンッ、ビビュンッ、ビビュンッ、ビビュンッ>



グリアウルフの群れから放たれる触手の槍が、アルガロスを集中的に攻撃しだした。

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