第87話【 歯が無いから仕方がない 】


 切ない雨がやみ、夕方前の陽が薄いオレンジ色に輝いて暖かくドラントスの街を包んでいる。


街中の北側には規則正しく植えられた林があり、なびく事無く静寂を強要しているみたいに辺りに広がっている。


深くえぐられたグスタムの屋敷。


その回りには沢山のハンター達が集まっている。

グスタムに関係する者達は皆拘束され、現場は瓦礫が散乱しているが静まり返った状態だ。


クラウディー達が駆けつけた時には、既に騒動が収まっており、重要人物であるグスタム子爵、マルノス、コスタロスは、ロードル伯爵家のジモン衛兵隊長によって確保されていた。


そこには……、エル、アルガロス、カルディアの姿は無かった。


囚われていた者、探していた者達が其々握手を交わし、安堵の表情を浮かべる。


これらの詳細な報告は、ロードル伯爵家のジモン衛兵隊長とエインセルギルドマスターのリッサが責任を持って報告している。


報告内容は以下だ。


屋敷内で突然原因不明の爆発があり、牢獄から出る事が出来たので、皆揃って脱出した。

外にはグスタム子爵、マルノス、コスタロスの3名が倒れていたので拘束。

その際、彼等が ” 黒い塊 “ を見たと言うので、残りの者で爆発物も含め現場と周辺を捜索したが、それらしい物は見当たらなかった………と。


に報告したのである。


これまでのハンター達の拉致監禁。強引な強制討伐によるハンター達の死亡。

また、“ 3段石の悲劇 ” の聞き込みも終わり、新たな犯罪が浮き彫りになった形だ。



程なくして現場検証等が終わり、ポツリポツリと人が帰っていく。

そこには、淋しく廃れた廃墟だけが残っていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 グスタム家から少し北側。ドラントスの街中だが、そこには青々と茂る整理された林が立ち並ぶ。

その近くには作りかけの防壁が有り、灰色の倉庫が沢山並んでいた。


表には背の高いポールが立てられており、かすれた文字で ” イリアス倉庫 “ と書かれている。

倉庫前では、大型馬4頭の世話をする男がせっせと馬を磨いていた。


ここはエル達が昨日、グスタム名義の荷物持ちの依頼を管理局経由で受けた所だ。

*第59話参照


「んっ…」


ベッドに横たわるエルが、弱々しく声を漏らす。

ゆっくりと視界が広がっていく途中で……。


「あっ、気付いた!!」


と、カルディアの大きな声と顔が飛び込んできた。

ビックリして、エルは上半身を<ガバッ>と起こし、目を丸くしながら呆然とする。


「や〜っと起きたのか。お寝坊さんだなあ〜」


笑顔のアルガロスが、そう言いながらエルの頭にモサミスケールを被せた。


「あっ、うん。おはよ……」


その横にはエインセルギルドの回復魔法士、コラースとファイナがおり、みんなでエルの様子を見ていたようだ。


「これで安心だね! ゆっくりさせてもらうんだよ」


笑顔でそう言ってくれたコラースは、安堵の表情を浮かべていた。


「ここどこ?」


エルはキョトンとした顔で回りを見回すが、見慣れない場所……。

すると……。


「俺ん家だよ、俺ん家!!」


そう声を掛けてきた白髭を生やした老爺を、じっと見るエル。

ずんぐりむっくりした見覚えのあるいかつい老爺…。


「あっ! イリアスさん!!」


「ダッハハハー。災難だったなぁ。爆(フゥ)発(フゥ)に巻き込まれたんだって?! 」


相変わらず、空気が抜けた話し方をする……。

一部歯が無いから仕方がない。


「怪我はねーんだろ? 良かったじゃねーか!」


「しっかし気絶(フゥ)しちゃぁざまぁねーな! もっと鍛えねーと! ダッハハハー」


相変わらず喋り方がと豪快な人だ。

分かりにくいが、これでも心配しているのである。

騒がしくなった部屋を察して、老婆が飲み物を持ってきた。


「ほら、お飲み!」


差し出したのは、温かな蜂蜜水である。


「あっ、タニア婆ちゃん! 腕は大丈夫?」


「ああ、大丈夫だよ。昨日カルディアちゃんに治してもらってから凄く調子がいいからね!」


「ありがとね!」


タニアと呼ばれた老婆はニコリと笑いながら、カルディアの頭を<ポンポン>と叩いた。

このタニアとは、イリアスの妻である。


「爆発に巻き込まれて気絶したーって飛び込んできた時は、びっくりしたさー!!」


タニアはその時を思い出して、頷いている。

イリアスも同じ様に頷きながら、何故か意気揚々と鼻の穴が膨らんでいる。


「グ(フゥ)ス(フゥ)タム(フゥ)の屋敷だろ! 何かヤバイ物がある(フゥ)と思ったんだ。ありゃー鉱(フゥ)山を爆(フゥ)破す(フゥ)る(フゥ)爆(フゥ)薬(フゥ)だろ!!?」


「俺の勘が当たったな!」


と自慢げにふんぞり返ってる……。


「急にすみませんでした…。本当に有難う御座います」


カルディアが申し訳無さそうにモジモジしていると、

小さな男の子が足の上にちょこんと座ってきた。


「お姉ちゃん一緒に遊ぶって言ったじゃん……」


と可愛い顔で膨れてる。

この男の子は、イリアス、タニアの孫のヨハノスである。

タニアは、ヨハノスの頭を撫でながらにっこり笑顔。


「遊んできな! エルちゃんは見とくから!」


「ほら、行こ行こ!!」


とヨハノスはカルディアの手を引っ張りながら元気よく外へと出て行った。

イリアスもにこにこ笑顔だった……が、後ろからタニアの声が飛んでくる。


「あんたも、そろそろ仕事行ってきな!!」


「あっそう(フゥ)だ!」


と準備をしだすイリアスに、不安を感じたアルガロスが声を掛ける。


「もう夕方だぜ! 街の外に出ない方が……」


「違う(フゥ)んじゃよ。仕事じゃなく(フゥ)て見回りじゃ!」


「見回り?」


「あぁ…。最近夜(フゥ)になると、たまに鉱(フゥ)山採石の設営場所が荒らされる(フゥ)事がある(フゥ)んじゃ。まだ人への被害が出てないからいいんだけどよ…」


「採石仲間と情(フゥ)報(フゥ)共(フゥ)有(フゥ)しとる(フゥ)んじゃが、これと言った手掛かりがなく(フゥ)てなぁ……。もし魔物で俺達じゃあ手に負えないってなったら、安全の為にギル(フゥ)ドにお願いしなく(フゥ)ちゃなんねーし」


「今日(フゥ)のその見回りが、俺とヤニス(フゥ)って訳さ!」


「じゃあ俺も行くよ!! 夜は危ねーし!」


「アル(フゥ)ガロス(フゥ)はク(フゥ)ラス(フゥ)F(フゥ)だったじゃろ?!何言っとんじゃ」


「大丈夫だって! 俺は超絶速いから!!」


「それにコラースさんも一緒に行くってよ! だぜ! メチャ安全第一じゃね?」




「お、俺も?」


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