第86話【 行き場のない叫び 】
雨降る中、エルの残虐な黒い魔力が荒れ狂う。
グスタム子爵の屋敷は崩壊し、抵抗する相手もいないがそれでも収まる気配は全く無かった。
エルの魔力に対して為す術無く、次々と倒れては
カルディアもエルの近くにいる為、皮膚や防具が切り刻まれ激痛が走るが、下がる事は決してしない。
エルやアルガロス。それに、大切な人達を助ける為に。
そのカルディアへ、エインセルギルドのコラースが回復魔法を掛けて、コラースには少し離れた所から同ギルドのファイナが回復魔法を掛けていた。
同ギルドのジョージ、フランク、コリンジアは、ジモン隊長の娘の気絶しているベルナをエルの魔力から守っている。
荒れ狂い、収まる気配の無いエルの魔力。
怒りに翻弄され支配されたエルは……、まるで別人の様に見えていた。
『……、本当にエルなのか?……。何かが乗り移ってるみたいだ………』
「俺だ! アルガロスだ! 止まってくれ!!」
「エル! 聞こえるか? エル!!」
アルガロスが必死に声を掛けているが、エルの耳には届いていない…………。
【 奴 等 を 殺 す 】
【 殺 す 殺 す 】
言葉を漏らし、みんなを引きずりながらユックリ歩くエル。
そして……、また徐々にアルガロスの左腕が黒ずみだした。
その時、
━━━━[ 危険だ、アルガロス ]━━━━
エルの魔力が荒れ狂う中、微かに聞こえたエルの中の声。
切り裂かれながら、アルガロスは大きく目を見開く。
『エルの声じゃない?……、エルそこにいるのか?』
返事は無いが、何かが存在している様に感じたのだ。
アルガロスの目には、エルの中に紫色に淡く輝く塊が見えていた………。
全てを切り裂く残虐な魔力。
放ってしまったエルにも変化が起きる。
徐々に黒くくすみながら爪が伸び………、口からは小さな牙が生え…、髪は解き放たれる魔力で逆立っていく………。
その逆立つ髪の合間から……小さな角の様な物が見え隠れする。
エルの斜め前で、回復魔法を準備していたカルディアの頭……、モサミスケールが異変に気付く。
【 魔力の波が……、エルの前で赤黒く…… 】
【 似てる! 混迷の魔術師リーゾックが使った…】
エルの腹辺りでいびつに渦巻く赤黒い…
【 魔法陣!!! 】
モサミスケールの剣呑がカルディアへと伝わる。
カルディアはそれを受けて即座に大声で叫んだ。
「 はなれてアルガロス━━━━━━!!! 」
【 殺す!!! 】
<キュィンッ…………………………>
<ズド━━━━━━━━━━オオォォン>
醜い触手が魔法陣から放たれ、アルガロスの身体を………無情にも貫いた。
目の前の出来事に、無抵抗なカルディアの悲鳴が響き渡る。
「いやあああぁぁぁ━━━━━━つっ」
「ぐふうっ………」
「アルガロスっ!!!」
リッサ達の目の前で貫かれてしまったアルガロスの身体。彼の顔が、力無く徐々に下がっていく。
その触手は更に伸び、ジモン隊長が確保しているマルノス目掛けて飛んでいく。
<ドゴォォンッ>
ジモン隊長はマルノスを強引に回避させ、辛うじて直撃は免れた。
しかし……、アルガロスの身体は貫かれたままだ。
「ごふっ……」
「
カルディアが
「えっ?……」
触手に貫かれたままの状態では、
それどころか、アルガロスの左腕が………浸食され崩れていく……。
<サラサラ……>
それに……何故かエルの腕から白と黒い煙が上がっていく。
煙が上がった所には………、エルの腕は無かった。
「エルの身体が ” 無 “ に!? まずい!!」
アルガロスは焦るが何も対処出来ない。その歯がゆさに苛立ちさえ覚えた。
同じくそれに気付いたモサミスケールの目が大きく開く。
【 ……無に………遷移されとる…… 】
何も出来ず……、小さく首を振るカルディアの目から涙が溢れる。
その時……、
< ザッ…… ザザッ…… ズザッ…… >
カルディアの大きな目に……前に進もうとするアルガロスが映る。
アルガロスは……触手が突き刺さったままの状態で、エルの方へと歩いていたのだ。
そして、まだ有る動く右手をエルに回し……優しく抱きしめた。
「エル、大丈夫だ。もう大丈夫だ」
自分の生命を投げ出してまで、エルを止めようと、助けようとしているアルガロスを見て、カルディアは耐え切れなくなり……、何も考えずに走ってエルに抱きついた。
「エルッエルッ!!」
<ザスッ、ザスッ>
しかし……やはりエルは止まらない。
無情にも、アルガロスの身体のくすみが進んでいく。
耐えられない激痛が走っているはずだが、アルガロスは………笑顔だった。
「エル、カルディアも来たぜ! 俺達で冒険すんだろ! 」
「それだけじゃないぜ!」
「カサトスとラミラは俺達の中に有る! みんな一緒に冒険行こうぜ!!」
<キュイ━━━━━━ン………>
誰も見る事が出来ないエルの身体の中へと、アルガロスの言葉の波が響いて行く。
エルの中にある膨らんだ黒い魔力が、紫色の塊に覆い尽くされて……。
<ザッ………………………………………………>
エルの………歩みが止まり、無への遷移も止まった。
【 カ サ ト ス 、 ラ ミ ラ 】
アルガロスの心の言葉がエルに突き刺さる。その頬に、一筋の光が流れていく。
エルの目には……、笑うカサトスとラミラが映っていた。
荒れ狂う残虐な黒い魔力が………弾けて消えていく。
「カサトス………ラミラ………」
しかし、今度はエルの身体が猛烈に震えだす。
アルガロス、カルディア、リッサ、バジール、ペトラオスの5人に………その切なく悲しい震えが伝わっていく。
そして………、
「うおおおお━━━━━━━━━━━━ぐぉお━
━━━━━━━━━━━━ゔおぉお━━━━━━
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━」
雨の中、心が引き裂かれる様に泣き叫ぶエル………。
「ぐおおうお━━━うぉお━━━━━━━━━━━
━━━━ゔおぉ━━━━━━━━━━━━━━━━
ぐっぐうおおお━━━━━━━━━━━━━━━━」
エルは、口が裂ける程の憎悪と共に………、届かぬ思いを身体全身で吐き出していた。
深く癒やされる事の無い悲しみの苦痛、激痛が、震えとなってみんなへと伝わっていく。
忘れられない悲しみ、苦しみ、憎しみ、恐怖………。
言葉には出来ない声が……、雄叫びとなって一帯に広がっていった。
それは、みんなの心を強く締め付け深くえぐる様に………。
雨が大地へと打ち付ける音と……、エルの悲鳴の様な絶叫は、留まることなく響き渡っていく。
泣き叫ぶエルの身体からは、淡く白い光が薄っすらと放たれていた。
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