第82話【 無邪気な子供達 】


 昼過ぎの太陽は高く昇っているが、分厚い雲が遮り、弱った光がドラントスの街を覆っている。


<フォンッ………>


湿った空気と風が、灰色の街を舐めるようにすり抜ける。


 そんな中、密かにドラントスの街の中心部へと徐々に集まるハンター達。其々が身の回りを整え、不測の事態に備えている。


ロードル伯爵家の衛兵副隊長のバウロスも、いそいそと段取りしていた。


ルイス司祭兼町長、街の治安維持としての役割も担っているギルド・ハンター管理局の局長。2人からの同盟強制捜査状を手に持ち確認している。

実行部隊のデイキシスギルドマスター、シルヴァニアへと渡す為だ。


ロードル伯爵の屋敷はドラントスの街の中心部に位置するが、グスタム子爵の屋敷は街の北側にある。


作戦開始は夕方前。

それ迄に突入の段取りを済ませ、速やかに処理しなければならない。


後手に回れば、囚われてる仲間を危険に曝す事になるし、奴等を取り逃す事にも繋がる。

もし取り逃す事になれば、その情報が城下町スパータルのウドクローヌ子爵へと渡り、最悪、クラスSの召喚魔法師、ボレイロスまで素早く情報が回ってしまうだろう。


そうなると、こちらの段取りや根回しが出来なくなる危険性があるからだ。


ロードル伯爵家の衛兵副隊長のバウロスは、短剣を握り締め、祈るように見つめていた。


「ジモン隊長、ベルナちゃん(隊長の娘)、助けに行きますから」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 その頃エル達の姿は、既にグスタム子爵の屋敷近くの林の中にあり、情況を隠れながら探っていた。

しかし昨晩とは違い、屋敷周辺の様子が少しおかしい……。


「あれ?……。衛兵や傭兵っぽいハンターがめちゃ多いよ?…」


カルディアの言葉に、エルは即手を目に当てて双眼鏡を形取り、魔力探知で様子を伺う。


<キュイーン>


「…ホントだ。もしかしたら、昨日の魔導師が気配を察して、手配したのかなぁ……?」


「だとしたら、かなり頭の奴だぞ!」


何故か半笑いのアルガロスは、自分のその言葉に合わせて、手で動作をエルにしている。

エルも、それに合わせてやられたフリ……。


「ぐわあああ〜、なんとなくデジャブ〜」


「なんじゃ?そりゃ」


と、アルガロスもヘラヘラ顔。

その時、エルはある事を思い出していた。


『そっか! 祝福前のアメーバ討伐の時だ! カサトスと同じ事したなぁ〜』*第三話【 絶望の始まり 】参照


カルディアは、またふざけだしたエルとアルガロスにしかめっ面だ。


「意味が違う!」


と、カルディアに指をと、2人して…、


「うっ」

「あっ」


と苦しみながら、お腹を押さえてる。


「んもう……てんじゃないから!!」


おちゃらける2人に、ほっぺたを膨らませ愛想を尽かしたカルディアが仁王立ちだ。


「ごめんごめん」


「ヤブロスさんは、盗賊俺達が入ったせいで、相手が増えてる可能性も示唆してたから、流石だね!!」


コリもせず半笑いなエルが、お尻をポコッと出しながらゼブロスポーズを決め込みそう言うと、


「そうね! 見習ってよ!!!」


とカルディアは、2人の頬をつねりながら舌をだし、しかめっ面で語尾を強めた。


「あいたたた………」


痛がる2人をよそに、カルディアは背を向けグスタムの屋敷を見つめる。


「よ〜し、行くわよ!!」


その言葉を合図に、其々、を取り出した。

アルガロスは、お面を被りながら注意を促す。


「エル、こっち見んなよ!」


そう声をかけられたエルは、軽く踊りながらわざと振り向く。


「ん?」


振り向くエルに見るアルガロス。

踊る阿呆に見る阿呆である。


「ダハハハハー、笑っちまうから見んなって!」


カルディアは……、構うのに疲れガン無視で頭を振っていた。


「緊張感がなくなるわ……」


そんな彼等の足元に、濡れた粒が落ちてくる。

淀んでいた空から落ちてきたのだ。

その粒に急かされる様に3人が横一列に並ぶと、エルが拳を作り振り上げた。


「雨も降ってきたし、ささっと極秘潜入開始〜!!」


「お━━━━━━━っっっ!!」




 グスタム子爵の屋敷には、何処から集めたのか分からないが、傭兵らしきがらの悪いハンター達が屋敷を取り囲んでいる。


豪華な服を着て、客間から外を覗くグスタム子爵は、屋敷を守るガラの悪いハンター達を見て、おどおどしていた。

その近くではフェイスマスクの男がワインを飲んでいる。この男は、リッサ達を強制討伐へと連れていた奴だ。


「マ、マルノス卿。やけに見張りが多いけど、何を警戒してるのかな?……」


グスタム子爵の言葉に立ち上がったマルノスは、ゆっくりと窓側へと歩み寄る。


「…分かりませんが、シモニアさんから警戒しろと人伝えで報告があったので……」


「で、そのシモニア卿は何処に? 昨晩、パタラエ村へ行くと言ってから姿が見えないんだけどねぇ……」


「………」


マルノスはグスタム子爵の問に答えなかった。

と言うより、答えられなかったのだ。

自分の上司にあたるシモニアから、人伝えで[ 警戒していろ ]としか聞いていないからだ。


その後ろで、腕を組みながら机に腰をおろしていた左目に傷がある男が、口を歪めながら開いた。


「いつもの事だ。シモニアさんは事あるごとに警戒してたからな。その殆どが空振りで終わってる。なぁマルノス!」


この男は、屋敷内で囚えたハンター達の管理をしていた左目に傷のある男、コスタロスだ。


マルノスはコスタロスの方へ、チラッと目をやったが、また直ぐ窓へと目を向けた。


『警戒していろと言う事は、何か不都合な事でもあったのか? こんなに人を集めて……。それにしても、いつも何考えてるか分かりにくい人だな……』


グスタム子爵同様、マルノスも小雨が降る窓の外を見つめ、難しい表情を作っていた。




 エルは、屋敷に潜入する前に魔力探知で相手の戦力を確認済みだ。


やはり魔導師はおらず、屋敷内にいると思われるのはグスタム子爵。彼は戦力外だが重要人物だ。

そしてグスタム家の衛兵達と、雇われの傭兵達。


特に警戒すべきは、2人。

リッサ達を強制討伐に連れて行っていた、クラスBのマルノス。短杖を持つ呪忌印魔法技士で、フェイスマスクの男と呼ばれる呪いの刻印技士。


もう1人はクラウディー達をつけ回し、屋敷内では囚えたハンター達の管理をしていたクラスBのコスタロス。クロー鉤爪を持つ柔凍結魔法戦士で左目に傷があり柔術が得意で素早い男。


彼等2人にさえ見つからなければ、楽に事が運ぶ。


そんな屋敷内だが……、既にエル達は地下の牢屋前の木製扉を……、解呪して開けていた。



<ギイイイイー………>


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