第26話【 尽きゆく力 】
夜空に浮かぶ赤い発煙弾をエル達は走りながら見上げていた。
「近いぞ!!」
「赤色2発!? 救難信号だ!」
アルガロスがそう叫んだ。
2年間底辺ハンターとして学んできた知識は伊達じゃない。自慢じゃないが、信号弾の意味も熟知していたのだ。
「この地域で助けを求めるって…それだけ強い魔物が出たって事だろ! エル、俺達が行くのヤバイんじゃないか!?」
ゴブリン相手に逃げ帰った経験が、アルガロスを縛り付けており、自信の無さが現れている。
そんな弱腰な言葉を聞いたエルは、また親指を立ててアルガロスに突き出した。
「アルガロスなら大丈夫だ!!」
「お前なあ、大丈夫だ大丈夫だって何の根拠もねーだろ! それにそのゼブロスポーズ、やめろよな!!」
ゼブロスポーズとは、ハンター管理局のゼブロス氏がしていた、親指を突き上げて前に出すポーズの事だ。
他者でもよく見る光景だが、出入りするハンター達がその様に名付けてしまったのが由来である。
ダンジョンの外で待機していた洞察能力士のコリンジアが、後ろから近付いてくる音に気付いた。
「何か来る!!」
左右に別れて木の影に隠れていたフランクとコリンジアは、身を低くして警戒している。
<バザザッッッ>
エルとアルガロスが飛び跳ねながら走っていると、突然目の前の視野が広がった。
岩壁近くの草原に飛び出たのだ。そして……。
「そこのお2人さん、何かあったの?」
エルは飛び出しながら振り向き、木の影に隠れていた2人に声を掛けた。
『!? な、何で分かったの?』
コリンジアは、双剣も扱うが洞察能力士。魔力を抑え暗闇に隠れると、見つける事が難しいはずなのだ。
それにフランクは弓を扱う補助魔法士。回りに溶け込む隠微魔法を2人に掛けていたのに、跳び出して来た誰かも分からない人に見つかってしまったので驚いているのだ。
「き、君達は……」
フランクは弓に手を掛け、警戒しながら木々の影から出て来た。何故なら隠れていたのに見つかった事、そしてこの2人は発煙弾を見て街から来たのでは無いのが時間的にも明白だったからだ。
「直ぐ近くで魔力上げの訓練してたんだよ! そしたら救難信号が見えたんで」
とエルはモサミ帽子をキュッと被り直した。
しかし、フランクはまだ警戒心を解いてない様だ。
「く、訓練!? こんな夜中に??」
「うん。それより、何があったの?」
落ち着いたエルの話し方を聞いて、フランクは徐々に警戒心を解いていく。
「あ…ああ、俺達はエインセルギルドのハンターなんだが…」
「エインセルギルド!?」
とアルガロスが驚いている。バルコリンの街で活動するギルドは多くあるが、その中でも充実したメンバーを揃えてると言われているからだ。
「そうだ。ギルド管理局からの依頼で、この岩壁ダンジョンの調査に来たんだが、ダンジョンの中にオレンジゲートが出来てたんだよ……」
「オレンジゲート!?」
アルガロスはまた驚き、冷や汗を流している。誰もが知る、オレンジ色の意味を噛み締めていたのだ。
コリンジアも警戒心を解きながらこちらに歩いて来た。
「私達はそこから出て来る魔物を見てないんだけど、マスターのあの表情を見ると……とても危険な状況だと分かったわ……」
コリンジアは仲間を心配して、口を噛み締めている。そんな2人を見て、エルは自身の境遇と重ね合わせていた。
「じゃぁ直ぐ行ってくるよ! アルガロス、行こうぜ!!」
と言いながら、エルはアルガロスの頭にモサミスケールを被せた。
「えっ? モサミ!? おぃおぃエル、オレンジだぜ!?」
アルガロスの言葉が聞こえて無いのか、エルはダンジョンに飛び込んで行った。
焦っているアルガロスも、また考える余地なくエルにつられ走って行く。
『躊躇の無い判断……、若く見えるけど、もしかしたら上位のハンタークラスなのかも……』
コリンジアはそう考え、走るアルガロスの後ろ姿に声を張り上げた。
「君達は、上位のハンタークラスなの?」
「俺達は、FとGだよ!」
「え━━━━━━━━━━━━━━━━!!!?」
コリンジアとフランクの…絶望的な悲鳴が、岩壁と夜空にこだました………。
<え━━━━━━━━━━……>
<え━━━━━━━━━━━……>
<え━━━━━━━━━━━……>
<グォン>
<ブオン>
オーガが振り回す腕が空を切る。その音を聞くだけでも怪力と言われる事が分かるくらい、危険な音だ。
武器らしき物は持っていないが、その鋼の肉体が武器であり防具そのものなのだ。
<ガツーン>
弾き飛ばされそうになるリッサ。剣でオーガの腕の振りを抑えようとするが、余りにも力が強いのでその反動が抑えきれないのだ。
しかも、別のオーガが割って入って来る……。
『くそっ、連携して来るのかっ!!?』
複数体が代わる代わる攻撃を仕掛けて来るので、踏み込んで剣を振れない。
リッサは、かろうじてその腕を避けながら剣で切りつけているが、なかなか致命傷まではいかなかった。
<ガキーンッ>
「つっ」
また、硬い皮膚と筋肉、そして素早い動きに阻まれ防戦一方と翻弄されている様だった。
一方、後ろではペトラオスの素早さとジョージの炎で何とか切り抜けてきたが、コラースの回復魔法が間に合わなくなってきた。
何故なら……コラースはメンバーほぼ全員をケアしていたからだ。
リッサとデリスの近くにいるファイナも回復魔法士だが、クラスCとDの治癒の強さ、早さ、深さには大きな差がある。それをカバーしていたのがコラースなのだ。
そう……、コラースの魔力が底をつきかけていた。
ペトラオスはチラッとコラースに目をやると、苦しそうにしている姿が見て取れる。
『くそっ。コラースに魔力を使わせ過ぎたか……』
コラースの事を気にしながらも、厳しい視線を素早くオーガに向けたペトラオスだったが……、
<ドゴンッ>
<ガザガザガザー>
隙が出来たのか、力の差が現れたのか……、ペトラオスはオーガの腕に弾き飛ばされてしまった。
血を吐き飛ばされる仲間を……助ける事が出来ない虚しさが声となって………。
ジョージの悲痛な叫びがダンジョンに響く。
「ペトラオスッ!!」
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