第12話【 破滅と再生 】
<グオオオオオオオオオオ━━━━━━━━>
エルのエグられる様な叫び声が霊界に響き渡る。
皮膚が剥がれ、肉が削がれ、神経繊維が裂かれ、血液が蒸発し、骨が露出し砕かれていく。
そして……骨、血管、神経、肉、皮膚と再生され……また皮膚が剥がれてゆく。
その度に、心と身体の……破滅と再生が繰り返されている。
強烈な激痛と地獄の苦しみ…。そして爽快感と悦楽が激しく交差してゆく。
………永遠に………。
虹色の空と雄大な自然が、ざわつき揺れ動いている。空に漂うひし形の浮遊物は上下に動き、帯状の浮遊物も波打っていた。
それらは……世界樹を起点に発せられた波に影響を受けているのだ。
<ピリ ピリ ピリ ピリ ピリ ピリ ピリ ピリ ピリ………>
荒れた霊力の波を、精霊の力が打ち消そうと振動している。
エルの叫びと共に、肉が削がれ動きが鈍くなる様を自身の消えゆく目で認識している傍らに、黒蛇が付かず離れず心配そうに付きまとう。
血液が蒸発し声無く骨が砕かれ崩れゆくエルの回りを、気遣う様に歩く小さな鷹。
<バサアッ、バサッ>
大きく羽ばたく音と巨大な影が、エルを覆って近付いて来た。
舞い降りて来たのは巨大な鷲。かき回されたその風に、キラキラとなびく紫色の長い髪。
微笑み手を伸ばすユグに、巨大な鷲は顔を近づける。
その傍らにはラタトスクがしゃがみ込み、騒ぐ事なく静かに寝入っている様子だった。
モサミスケールは心配そうな表情でエルの回りを行ったり来たり……。
落ち着きのないそんな行動を……………、
…………………約半年間…………………
続けていた………。
ユグの柔らかな表情が、突然険しくなる。
木の根から立ち上がり、破滅と再生を繰り返すエルに近付いて行く。
ラタトスクに手を掛けながらも、歩み寄る足取りが重く、ふらついている様にも見えた。
【 ………エル……底なしか…… 】
<パアーン>
白く輝く光が弾け飛び、エルの心と身体の破滅と再生が終わりを告げた。
【 お、終わりか? 】
目を下げ、心配そうな表情のモサミスケールがユグにそう問い掛けた。
言葉少なく返事をするユグ。
【 ……あぁ… 】
エルは虹色の空を見上げ、とても爽やかな表情を浮かべながら一言言葉を漏らし、膝を突き倒れ込んでいった。
「お団子…」
あたふたするモサミスケールは、再度エルに近付きブンブン飛び回っていた。
【 エ、エル!!? 大丈夫かエル!? 生きとるか? 死ねんから生きとるな!? な!?? 】
ユグの表情は曇っている。霊力の基本だけ植え付けるつもりだった……。短時間で済むはずだった……。しかしエルは……霊力の知識全てを吸収してしまったのだ………。
複雑で険しい表情でエルを凝視しているが、ユグは……自身の行いが世界樹として正しかったのかどうか、自問自答している様にも見えた。
『【 ……数時間で済む事を…半年も……………。何処まで吸収出来るか試してみたが……。これで……いいんだろうか………………… 】』
<ピリ ピリ ピリ ピリ ピリ ピリ……………………>
荒れた霊力の波が少しずつ収まってゆく。それに合わせた様に、ひし形の浮遊物も元の位置にゆっくり戻っていってるようだ。
モサミスケールが魔物の様な形相で、突然ユグの目の前に飛んで来た。
【 ユグ! エルの口から変な音が出とるぞ!? 本当に大丈夫なんじゃろな? 】
焦るモサミスケールをよそに、ユグは落ち着いてエルを観察していた。
<グゥ~…グゥ~……>
ユグは目を閉じるが、優しく微笑んだ様にも見えた。
【 …罪深き人間が寝入った時の……いびきだ! 】
【 はっ? いびき?? これが? 口の中に魔物が住んどるみたいな音じゃなぁ…… 】
と言いながら、モサミスケールはエルの口を広げ、中を覗いていた。
<グゥ~ガゴゥ〜グゥ~……>
穏やかになった精霊界。浮ぶ陸地から水が流れ落ちるが、下には溜まっていない不思議な空間。そして当たり前の様に、ひし形の浮遊物と天高く伸びる帯状の浮遊物が漂っている。
<ヒュオオオー………>
エルは世界樹の近くの草原に倒れ込んだまま寝入っている。
時折ラタトスクが腕や足を噛み、エルを引きずり回しているが、その都度モサミスケールにとがめられていた。
そんな他愛もない景色を、世界樹の根に座り小さく微笑んでいる様な表情をしながら眺めているユグ。
ラタトスクがモサミスケールにとがめられたので、トボトボとユグの方へ歩んで来ると、今度は黒蛇がまたエルの頭に乗り、トグロを巻いてドヤ顔……。
モサミスケールが困った様な表情でユグへと近付いて来た。
【 ユグ、こいつ等エルをおもちゃか何かと勘違いしとらんか? 】
【 死なないからいいだろ 】
【 おぃおぃ、そう言う問題じゃなかろう? 】
ユグはほのかに笑みを浮かべ、精霊達の厚い振る舞いを楽しんでる様だった。数千年……変わり無き風景を見てきた彼等には、例えそれが罪深き人間であったとしても、やはり珍客なのだ。
<コツン…カツン……>
立ち上がり、世界樹の根の上を歩くユグ。そして根から草原へと歩み、横たわるエルに近付いて来た。
視線をエルからモサミスケールへと向け、険しい表情を作る。
【 それより…… 】
【 霊力の正しい力を知識として植え付けたが、その引き出し方は訓練と努力次第だぞモサミスケール 】
【 あぁ分かっとる… 】
ユグはエルの傍らにしゃがみ込み、いたわるようにそっと頭を撫でた。
【 幼すぎる身体では、強い霊力を引き出す事は出来ん。無闇に引き出そうとすれば自身の霊力に身体が引き裂かれるからな…… 】
少し寂しそうな表情でエルを見つめるユグ。彼女からすれば、エルはまだまだ産まれたての赤子なのだろう。
【 と言う事は、下界で訓練かの? 】
【 いや。先ずは漂う大陸へ降りてもらう 】
【 こ…この下か!? 魔物の力が下界より遥かに強いんじゃぞ! それに…死ぬ事も…… 】
立ち上がったユグは、近付いて来たモサミスケールをムンズと掴み、顔を左右に引っ張った。
【 いきなり下界はリスクが高い……。エルの動向次第では……下界は破壊されると言っただろ! 】
目を下げ、左右に伸びたモサミスケールの顔が、ユグの瞳に映っていた。
【 ………むぅ……… 】
押し黙るモサミスケールだが、ユグの手に少し抵抗している様にも見える。
モゾモゾと動くが、一向に手を離してくれないのだ。
オレンジ色に輝く鋭い目つきのユグが、自身の顔をモサミスケールにバッとくっつけた。
【 我が出来る事はここまでだ……だから……後はモサミスケールと ” ドラ “ に任せたぞ 】
と言いながら、モサミスケールを離した。
【 ド、ドラ!? 】
モサミスケールは、目が飛び出す程の驚き様でアタフタするばかり……。
【 な…何故……ドラなんじゃ……… 】
魔物の様な形相で後ずさりしながら驚くモサミスケール。精霊達から……ドラの噂を数多く聞いていたからだ……。
ユグはモサミスケールに背を向け、自身の世界樹へと歩き出しながらボソリと呟いた。
【 ドラがエルを我の元に送って来たんだ 】
【 えっ?…… 】
【 奴にもしっかり責任を果たして貰わんとな! 】
【 ドラがエルを!?…… 】
ユグは背中越しに笑顔で手を振っていた。
【 それに、漂う大陸でドラは魔界の広がりに抵抗しているからな。だから強力な魔力への対応方法を数多く知っているし、知恵を持つ強大な魔物の召喚も出来るから適任だ 】
そう伝えながら、手を振りそのまま世界樹の中へと消えて行った。
<ブオンッ>
横たわるエルと草原の間に、灰色に輝くゲートが現れる。ユグが創ったのだ。
【 ええっ!? 今直ぐか!! 】
とモサミスケールは、慌ててエルにしがみ付いた。
【 エル、起きろエル!! 】
<バシュン……>
灰色に輝くゲートは、漂う大陸への道。
暗く閉ざされた……魔力が渦巻く暗黒の地………。
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