第11話【 紫色の世界樹ユグ 】
【 ラタトスク、やめろ!! 】
長く艷やかな紫色の髪が、そよ風になびきながら陽の光をキラキラと反射している。
長いまつ毛に切れ長の目……。
そして、オレンジ色の瞳……。
そこにはグラマラスな騎士風の女が立っていた。
剣等の武器は持って無いが、全身きらびやかでウロコの様な、紫色と白色を基調にした防具の様な物をまとい、腰に手を当てながら立っていたのだ。
ラタトスク……と呼ばれるエルを襲っていた魔物が、その女性に近付き、自身の身体を擦り付けていた。
冷たい目でエルを見ている女……。
<ゴクリッ>
とエルの喉が鳴る。身構え、短剣を前に出しながらその女の様子を伺っていた。
『魔物と一緒にいるって事は…、この人も魔物…』
『どうしたら…どうしたらいい……モサミ』
幾ら考えても何も思い付かない。モサミスケールに頼ろうとも何処にもいない……。孤独に…焦りだけが膨らんでいく。
<ビュン>
【 エルー!! 】
と猛スピードで飛んでくるモサミスケール。そのダミ声を聞いて、小さな光を得た様な表情をするエルだが。
「モ、モサミ!!」
<バシーン>
「アッ!?」
女は片手でモサミスケールを軽々と捕まえ、布、身体を両手でグニュッと伸ばした。
左右に伸びるモサミスケールの顔……。
【 おろ? ユグじゃないか!! 】
【 久しぶりだな、モサミスケール 】
「…えっ?」
モサミスケールから “ ユグ ” と呼ばれるこの女は、左右に引っ張ってる顔から手を離した。
<パチンッ>
と顔が弾かれ、ちょっぴりプンプンと怒ってるモサミスケール。
【 ユグ、ワシを飛ばさんでいいじゃろが 】
【 不明確な罪深き人間から、大切な霊体を離すのは当然だ 】
ユグと呼ばれる女は、邪魔者を手で押しのける様な仕草をしながら、冷酷そうな視線をエルに向けた。
【 不明確な……か 】
と言いながらモサミスケールがエルに近付いてきた。エルは短剣を鞘に収めてモサミの布?腕を掴み、怪我等無いか確かめている。
「モサミ、大丈夫だったんだ!?」
【 当たり前じゃ! ちと遠くへ飛ばされたから戻って来るのに時間がかかっちまったわぃ 。ちょっ、くすぐったいからやめろ! 】
「この人は…モサミの知り合いか?」
【 ああ! 奴はこの精霊の地の守護者、精霊の柱と呼ばれる世界樹のユグだ 】
「ええ━━━━━━━━━━━━!!?」
仰け反りうろたえるエル。存在し得ない伝説上の世界樹が目の前に……それも人型で………と頭が混乱していた。
「せ、世界樹!? 人?? あの古文書なんかに載ってる幻の大木!?」
【 そうじゃ。それに…エルをこの地に受け入れたのもな 】
「え━━━━━━━━━━━━━━━っっ!!!」
<ヒュオオオーオオォォォー>
乾いた大気が、遠くの山や岸壁に擦れて音が響いてくる。草原を滑る様に走る薄雲が、エル達の足元をかすめて流れていった。
【 確かにこの地に
「えっ?」
【 えっ? 】
「……な、何で?…」
【 ……な、なんじゃと? 】
風になびく紫色の髪が、オレンジ色に光るユグの瞳を避ける様になびいている。
【 …お前の中には僅かだが霊力の痕跡があった 】
【 それを確認する為にこの地に
衝撃の言葉……。目を見開き、瞳が揺れ動くエル。
ギュッと拳を作りながら、自然に一歩前へ出ていた。
「モサミの祝福で無って……どう言う事だよ……。俺を殺すって事なのか?」
【 ……この地で殺す事は出来ない。しかし、無とはあらゆる概念を持たない事。即ち存在自体が無かった事になるのだ 】
驚愕な恐ろしい言葉がサラリと流れ出る。大切な命を……無かった事に……そんな事をためらわず、相手に投げかける様に話してきた……。
「え……それって…皆の記憶から消されるって事じゃないのか?」
【 まぁ、それに近いな 】
<シャシャシャシャシャッ>
ラタトスクが長い口を左右に広げ、笑っている様に
歯を擦り付けている。
ユグは指を<パチン>と鳴らし、軽く草原の方を指差した。
顔を<ブルブル>と振りながら、ユグの元から離れてゆくラタトスク。
<シャシャシャ………………>
「そ…そんな……。両親や妹、村の皆の記憶から消されるって……」
【 魔力と霊力は、一つの土の中では打ち消し合うから両立しない。だから “ 無 ” になるんだ 】
「土の中って身体の中って事か?」
【 そうだ。罪深き人間の土…身体には必ず魔力が宿っている。そこにモサミスケールによってもたらされる祝福は、主に霊力。その霊力により打ち消しが始まり、 “ 無 ” になってゆく 】
【 しかし……そうはならなかった……。それがお前の運命なのかもしれない……… 】
「えっ……」
ユグは眉間にシワを寄せ、難しい表情を作る。
自身の考えとは相反する事が起きてたからだ。
【 もし魔力の祝福を受けていれば、即我がお前を下界へ堕としている 】
「………」
【 ………しかし……我の知識には無い事があったみたいだな……モサミスケール 】
ユグはエルに向かって小さく手をかざした。
<パアーン>
小さな光の波動がエルを包む。すると意識が無くなり、その場に倒れこんでいった。
【 お、おいユグ、何するんじゃ! 】
【 ……モサミスケール…何があったか話せ 】
世界樹の枝葉がサラサラと風に乗りなびいている。大きく羽ばたく影の中を、小さな鷹が優雅に飛び回り、根本では黒蛇がザラザラと音を立てながら散歩していた。
世界樹の太い根に腰掛け、枝葉越しに虹色の空を眺めてるユグ。モサミスケールも根に腰を降ろし、短い足?をブラブラさせている。
その前には、うつ伏せで横たわるエルの姿があった。
ユグの口が小さく動く。
【 ………………有り得ない……… 】
【 ……が、それが事実じゃ 】
モサミスケールも、ユグと同様に理解し難いのだが、実際に起きた出来事を目の当たりにしているので、受け入れるしかなかったのだ。
ユグはエルの方へと視線を向けながら目を細めた。
【 それなら………安易に下界へ堕ろす訳にはいかないな…… 】
【 どうしてじゃ? 】
【 あの…堕天使ルシファーの鍵を授かったんだろ! 成長の仕方によっては、罪深き人間の世界が破壊されるぞ 】
【 ………可能性は…否定出来んが……… 】
モサミスケールの表情が険しくなる。
【 それを不安に感じたから、
【 ……確かにな……… 】
黒蛇がエルの頭の上でトグロを巻き、ドヤ顔で鎮座している。たまに長い舌をチョロチョロと出し、目を閉じる珍客の匂いを味わっている様だった。
【 腑に落ちない……… 】
小さく顔を振りながら、ユグからぼそりと言葉が漏れ出る。
【 何がじゃ? 】
【 霊力を奪われ、堕天させられた天使達は悪魔と呼ばれるんだぞ! だから魔力を扱うのが道理 】
【 その通りじゃ。その強大で膨大な魔力が漏れ出てさらに魔物を作り出し、今の魔界を構成しているはずじゃ… 】
【 ……堕天したルシファーも同様に、魔力を扱ってたんだぞ? 】
【 あっ!?……… 】
ユグの疑問にモサミスケールも気付いたのだ。堕天使ルシファーは悪魔で扱う力は魔力。しかし、霊力として出て来たのは事実………。
【 …白く輝きながら出て来たって事は、紛れもなく霊力……どう言う事じゃ? 】
今までに長い年月をかけて蓄積された知識でも、説明出来ない出来事が起きているかもしれないと不安に思うユグ……。
【 もしかしたら……忘却の
<ヒュオオオー……>
小さな鷹が柔らかくふわりと翼を動かすので、エルの髪がバサバサになっている。そう、背中に爪を立て乗っているのだ。クチバシで頭をツンツン…。
背中をツンツン。
驚いた表情をするモサミスケール。
黒い目を吊り上げ、エルを凝視していた。
【 せ、
モサミスケールの言う意味は、人に例えると、生きて来た人生の途中を個として引き出す事は出来ないと言う意味だ。必ず最後の状態でしか引き出せない。最後の状態とは死。だから、人間や勿論霊体等は論外なのであるが…。
【 そうだな……。しかし…奇しくも小僧の名前はエル……。天界、精霊界の言葉でエルとは神を指す言葉…。関係が有るのか無いのか……それすらも分からん…… 】
木の根に手を掛け、ゆっくり立ち上がるユグ。
風になびく紫色の髪を耳に掛け、遠く虹色の空を眺めていた。
【 我らは精霊。いにしえの神や天使の所業は到底理解出来ぬわ…… 】
モサミスケールは、うつ伏せに横たわるエルの背中に降り、短い腕を自身の腰に当てた。
【 どの様な形であれ、見守っていくしか無いじゃろな 】
<カツン、コツン>
ユグは木の根の上を歩き、自身の身体、世界樹の方へと振り向く。そして手を掛け天を仰ぐ様に見上げた。
【 エルに霊力の基本を植え付けなければならんな…… 】
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