第10話【 足音 】



 いつもと変わらぬ陽が注ぎ、いつもと変わらぬ風が吹く。そして、いつもと変わらぬ……景色では無かった。


大きくくぼんだ大地に焦げた様な跡。煙が所々で立ち上がり、回りの草木が無くなっている。

エルが改めて辺りを見回している。


「この辺…色々変わったなぁ」


【 あぁ…数千年間変わらなかったんじゃがな… 】



<ピリ ピリ ピリ ピリ ピリ ピリ ピリ ピリ ピリ………>



「んっ!? …何だか耳が痛い……」


【 あぁそれはな、荒れた霊力の波を、精霊の力が打ち消そうと振動しとるからじゃよ 】


「荒れた霊力って? どうして?」


自身が起点となっておきてしまった事を覚えていないので、全く分からないのだ。


『【 ……エルがやったとは言えんしなぁ… 】』


【 んー…たまにそんな事が起こるんじゃ。気象現象ってとこじゃな 】


「へーえ、色々違いがあるんだね…」


【 そのうち慣れるわぃ 】


大きくくぼんだ大地から上へ登りながら、耳と顎の間を押さえ、マッサージしているエル。

モサミスケールは浮遊しながら、先に上まで登っていった。


「…で、俺をココに連れてきた精霊って、どう言う事だよ…」


【 エルがワシへおこなった…アーディア許可。それにより、少なからずお主の記憶が見えるんじゃよ。直近の記憶はより鮮明にな 】


【 その中にヒントがあったんじゃ 】


「ヒント? それも霊力?」


【 そうじゃ…。成人の儀…広場で討伐…友の死……炎の魔獣…大木…そしてこの廃墟…とな 】


その言葉を聞いたエルはギュッと拳を作り、とても険しい表情に変わっていく。くぼみを登りきったエルは一度深呼吸し、そのままモサミスケールの後に付いていった。


『【 断片的じゃが……友を亡くした苦悩が伝わってくるわぃ…… 】』


「………」


悲しげな目…締め付けられる心。失う悲しみ……。

突如起こった悲劇は、エルの全てを奪っていったのかもしれない…。

モサミスケールも悲しげな表情を浮かべ、エルの小さな心を気づかっていた。


【 そうじゃ! エルもワシの記憶が少しは見えているんじゃ無いのか? 】


鼻の下を伸ばし目を細め、モサミスケールをマジマジと見つめるエル。


「………………………ああ、見える」


と真顔のまま棒読みのエル。スコッとこけるモサミスケール。


【 見えとらんじゃろ!!! 】


【 その内分かる様になって来るじゃろな! 霊力が上がれば! 】


「やっぱり、俺には霊力があるのか?」


【 その辺も踏まえて、確認しにゆくんじゃよ 】


「……俺も知りたい…どうしてココにいるのか、何故こんな状況になったのかを……」



 歩きながら遠くを見つめるエル。

不思議な世界。大地が浮き、ひし形の浮遊物が漂い、果てしなく高く長い帯状の浮遊物も漂っている。


「不思議な世界だよなぁ…色々浮いてるし……」


「それより、何処に向かって歩いてんの?」


【 あそこじゃ! 】


モサミスケールの手…布が指す先には……とてつもなく大きな大木があった。


「あそこって…俺が倒れてた所……」




<ババババッ>




【 !? 】



<ブホオッッ>


突然謎の巨体が現れ、激しく回転しながら体毛に覆われた大きな板の様な物を振り下ろしてきた。


< ブオオーンッ >


【 うわあっ 】


「モ、モサミ!!」


猛烈な風がモサミスケールを襲い、巻き上げながら大木の方へと飛ばされてしまった。


<ビュオオオオー………>


「モサミー」


と叫ぶが何処にも姿が見当たらない…。<ゾクッ>と後ろに違和感を感じて振り返ると…。そこには異形の魔物が…。


「うわっ」


体長は3メートル程あり、前に長い口と多くのキバ。頬は丸く膨らんでおり、鋭い眼光でこちらを睨んでいる。身体は細長く毛で覆われ、手は短く足は太い。特徴的なのは、大きな尻尾が平たい形状で微かに振動している様なのだ。


<ビイイィィィ……ン>


『魔物!?……』


『この地では生きられないって言ってたのに……』


エルの回りをゆっくりとまわっている。時折<プシュー>と鼻息を鳴らし、獲物の品定めをしている様に見えた。


『モ、モサミ…どうしたらいいんだよ…。こんな…こんな魔物………』


『とにかく逃げないと! モサミが飛ばされた方角、…あの大木の方向に!』


不安と焦りが入り混じる中、エルはゆっくり後ずさりし、すかさず大木の方に向かって走り出す。

魔物は直ぐに追ってこず、エルの逃げる様子を観察してる様に、目で追っていた。


「ハァハァハァ」


「…追ってこない?」


振り向き見ると、魔物はその場に佇んだまま…。

しかし、身体を低くして平たい尻尾を上に上げている。その表情は……ニタッと笑っている様にみえた。


『このまま…逃げきれるか?』


大木の方へと必死に走りながら、そう考えてた時、後ろから弾ける様な音がした。


<バシュンッ>


振り向き魔物を確認するも、姿が無い……。


「えっ?…何? 処行った?」


走りながら回りを警戒しても、何処にも魔物の姿が無いのだ。


「ハァハァ…つっハァハァ。消えた?」


<ヒュォ……>


何処からか風を切る様な音がする。

キラリと光る何かが、エルの足元を照らした。


「えっ?」


上を向くエルの目に、鋭い爪を振り下ろす魔物の姿が映った。


<バグゥ>


「グワアッ」


エルは赤い血しぶきを上げながら飛ばされる。

切られた腕を手で押さえ、倒れながらもその反動を使ってそのまま立ち上がり、勢いそのまま走って逃げた。


強烈な痛みが身体を駆け抜ける。震えと怯えに襲われるが立ち止まる訳にはいかない。


<グルルー………>


走り去るエルを睨みつける魔物…。


「ハァハァッッグッ、つっ…ハァハァハァ」


「クソッ…。何でこんな事ばっかり続くんだよー!!」


<ヒュォッ>


またあの音だ。風が唸り、激しく振動している音が………。


<シュッ、ザザンッ>


「グハアッッッ」


魔物の爪に足を切られ、走りながらひざまずく様に崩れていく。


「ウグッ、つっ」


『駄目だ…このままじゃ殺される……』


片膝で立つエルは、ゆっくり鞘から短剣を取り出し、魔物に向けて身構えた。

切られた腕と足の震えが止まっていくのが分かる。

怪我をした所が淡く光り、白い光が漂っていた。


『怪我が治っていく……傷付けられても死なない……死ねない……。永遠の苦しみを味わえって事か……』


魔物を睨みつけながら身構えるその身体に、力が戻ってきてる事を感じていた。


<シュン>


<グバアーンッ、バキッズザッガズンッ>


「うわああ━━━━━━━っ」


抵抗出来ずに一方的にやられるエル。余りにも力の差がありすぎるのだ。

血だらけになり、地面に這いつくばり、苦痛の表情を浮かべるが……、身体から白い光が立ち上り、傷が治っていく……。


「うっ…地獄だ……ここは地獄だ……クソッ」


「クハッ」


何度も襲ってくる痛みに耐えながら立ち上がり、また走り回るエル。


「でも……死ねないなら…死なないなら!!!」


<ザッ>


エルは走る事を突然やめ、短剣を前に出し身構えた。こちらに向かって走って来る……容赦なく襲ってくる恐ろしい魔物を睨みつけ腕を振り上げた。


<ズガゴーッ>


エルの短剣は魔物に届かず空を舞う………が、短剣がうっすら光り、漏れ出る白い光が…魔物の爪を切り落とした。


<ガキーンッ>


<ズサッ>


切り落とした爪が地面に突き刺さる。


「えっ? 切ったのか? 俺が…?」


エルは自分の短剣を見ながら、切った感触が無い違和感を感じて驚いていた。


ジリジリ詰め寄ってくる魔物の爪から……白い光が立ち上る………。


「! あの白い光……」


<シャシャシャシャシャッ>


不気味に笑う魔物の顔。大木を背に身構える魔物の目には、エルが映っていた。


「こ…これじゃあ……、終わらない戦いじゃないか……」


<バサッ…ビイイィィィーン>


魔物が尻尾を振り上げ、振動させている。

身体を低く構え…また…ニタッと笑った……。


魔物が再度襲いかかろうとした時……。




<カツーン…>


   <カツーン…>




【 ラタトスク、やめろ 】





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