第9話【 アーディア 】



 落ちてくるエルから輝きが消えていく。意識が無い状態で膝を突き、かかとにお尻を乗せ、前屈みの状態で佇んでいった。


【 エル… 】


【 大丈夫か? エル!? 】


心配そうな顔で、エルの回りを右往左往するモサミスケール。


       <ドクンッ>


大きく波打つ心臓の音。その反動でエルの身体が揺れ動いた。

徐々に目を開き……視界が広がる。


「………んっ?」


「あれっ? モサミ、ひどい顔してるなぁ」


垂れ下がった切れ長の目。大きな口も左右が下がり、袋…身体中がホコリまみれだったのだ。


【 ぉおーう、生きとったか!! 】


「何だよそれ!?」


記憶が無いので何が起こったか分からないのだ。

どうやら身体には異常が無さそうに見えるので、モサミスケールは少し安心した様だ。


【 身体は大丈夫か? 】


「全然元気だよ? それより何?……この状態……」


辺りを見回しても、何も無いのだから当然だろう。

大きくくぼんだ土の上に、ポツンと二人だけいるのだから。


「祠は? 石像は??」


【 んー……何か分からんが、どっか行っちまったみたいじゃわい… 】


「ええ? 意味分かんねー…」


エルは立ち上がって膝のホコリを払い、目一杯背伸びをする。そして笑顔でモサミに問い掛けた。


「それより俺って何授かったんだろ? 強いやつ? 弱いやつ?? それと、鍵に書いてたルチフェって何?」


【 ……ワ、ワシには分からん。エル自身、何か変化は無いのか? 】


自分の身体を見回して、何か変わった所が無いか確認している。


「んー……何か強くなった気がする!!」


と力拳を作り、キメポーズをするエル。身体に何も変化が無かったので、そう思いたかったのだろう。

そして、おもむろに足元に落ちてた木の棒を拾い上げた。


「ちょっとこれで軽く叩いてみて!」


<バチンッ>


「イテーッ!!? 軽くって言ったのに!!」


【 ガハハハハー 】


モサミが笑っている。あの魔物の様な顔で不気味に笑っているのだ。


「痛ってーなぁー。普通に痛いんだけど?? 俺、何も変わってないじゃん…」


【 いつもと同じか? 】


「ぜんっぜん変わってないよ…」


「マジかぁ……ハンターの道が……。でも…頑張れば何とかなるはずだ!」


と一人で気合を入れながら、モサミスケールに目をやると、何やら読めない文字が並んでいる。


「ん? 何だこれ??」


とモサミに対して手を伸ばし、空間をワサワサと触っている様な仕草をしている。


「あれ? 触れない?」


【 どした? 】


「う、うん。モサミの前に文字が浮かんでるんだよ。見えてるだろ?」


ピクリとするモサミスケール。今まで祝福してきた精霊達から、聞いていた事を思い出していたのだ。


【 ………あぁ…それは……本来祝福を受けた本人しか見えない自身の情報……。極稀に、相手の情報が見えるスキルを持つ者もいると聞くが…… 】


「相手の情報!? すっげー!! モサミも俺の情報見えてる?」


【 あぁ。ワシは与える側じゃからな…… 】


【 しかも…霊力特有の力なんじゃが…… 】


「えっ?」


モサミスケールから聞いた、人間には魔力しか授ける事が出来ないと言うあの言葉…。


「霊力特有の力!! で、でも人間は…霊力無理なんだろ!?」


【 ……そうなんじゃがな……… 】


モサミスケールは、今まで有体として四千年以上の経験を持つ。しかし、考えても考えてもその理由が見い出せなかったのだ。


「…まぁいっか! 考えてもわかんないし!!」


【 おぃおぃ……。ムチャクチャ楽観的な奴じゃな… 】


モサミスケールは悩んでいた。この後どうするか……。自身の事…、そしてエルの事……。


『【 罪深き人間じゃから元々魔力は持っとるはずだし、それに加え霊力……か…… 】』


『【 ん━━━━…不安じゃ………………… 】』


モサミは短い腕の様な布で腕組をしながら目をつむり、しばらく悩んでいた。そして、パッと目を見開き天を仰いた。


【 ヨシ決めた!! 】


「ん? どした?」


【 エルについて行く!! 許可をくれ!! 】


唐突な言葉、想定出来ない発言に少し驚いている。


「え? 俺に?? でも、スケールって教会から出たら駄目なんだろ?」


と手を広げ辺りを見回すが……そう…消えた跡だけ。


「…無いけど……」


【 基本はな! じゃが、千年以上祝福をすると自我を持ち、名前を貰えるんじゃよ。だからモサミって名を授かったんじゃ。】


【 ワシは三千年以上祝福を続けとったからなぁ!グワッハッハッハッー 】


『また自慢してる…』


やっぱりどの世界でも、オジさんお爺さんは自慢したいのだろう。そう思い少し呆れ顔のエルだった。


【 そして、千年以上使われなかったら……、役目が終わったとされ、自身の身を他者に委ねる事が出来るんじゃ 】


「自由じゃないんだ?」


【 まぁな。作られた有体じゃからな 】


【 だから許可をくれ!! 】


エルからすると、こんな訳の分からない世界に独りでいるより、心強い味方がいた方が安心出来るし嬉しかった。顔は怖いけど。


「いいよ。ついてきたらいいじゃん!」


【 だめじゃ駄目じゃ!! そんなんじゃ駄目じゃ!! 】


エルはチンプンカンプンだ…。いいよと言ったのに駄目だなんて…。


【 これはワシとエルの契約じゃ! 】


「契約って…何か堅苦しくないか?」


【 ちゃんと契約しないと、ワシは消えて無くなるわぃ 】


「き、消える??」


【 そうじゃ。教会にはスケール用の霊力が備わっておる。あのシンボルがそうじゃ 】


モサミスケールの布が指す先には、綺麗な虹色の空だけ……。下を見ると…地面に落ちて割れた教会のシンボルが……。


【 アッ……こ、これから離れると徐々に力を無くしていき、いずれ消えて無になるんじゃよ 】


割れた教会のシンボルを見た後だからか、説得力の無い説明に聞こえたが、確かにエル達が住んでた世界でも、似たような説明はされていた。


「じゃあどうすればいいんだよ」


【 ワシの身体を触り、アーディア許可と唱えればOKじゃ!! 】


「何だ、簡単じゃん!」


エルはモサミスケールの布を触り、言われた通り唱える事にした。


「じゃぁいくよ! アーディア!!」



<シュシュンッ>



「わっ!」


小さな光の線が現れ、何度かエルとモサミスケールを往復した後、フワッと消えていった。


【 よーっし! これでどこでも行けるぞぃ!! 】


【 まぁ当分お主の知恵袋じゃがな! 】


シャキーンっと腕の様に布を前に出しながら、キメ顔のモサミスケール。やはり魔物の様で怖いが。それに乗り、エルも親指を前へ出した。苦笑いしながら。



【 じゃあ…本題に入ろうか! 】


「本題??」


【 エルをここへ連れてきた精霊に、会いに行こうかのう 】



「………えっ!?………」






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