第6話【 魔物?のささやき 】
<ヒュオ━━━━━━オォー>
輝く太陽の手に包まれる大地は、それに答える様にキラキラと光を反射して言葉を交わしている。
心地良い風は草木と遊ぶ様に枝葉を揺らし、地面と戯れる薄雲は、草原の指先を撫でる様に流れてゆく。
<フゥォ━━━━ゥッッッ>
草原が広がり、遠くには森や切り立った崖が霞んで見える。空には……宙に浮く陸地や、ひし形の浮遊物が……。
そして、天に届きそうなくらいの縦長で帯状の浮遊物も幾つか漂っている……。
<ォォォーㇷォォォォー>
大きな、とても大きな大木の根の間に……、エルの姿があった。
背中と根の間は、微かに紫色に輝いており、ゆっくり、ゆっくりと消えていった。
「…っんっ…」
草木のほのかな香りが、エルの鼻に手を伸ばす。
「んんっ…」
足を伸ばし、大木の根の間にもたれる様に寝転がるエル。イタズラ好きな風が、何度か髪を撫でるがまだ目を覚まさない。
大木の枝で休んでいた鷹が、葉っぱと何やら話をしているようだ。そして、おもむろに飛び上がり急降下した。
<シュンッ…バチンッ>
「イテッ」
エルの頭を蹴り飛ばし、すばやく大木の枝葉の中へ消えていく。
「いってー…」
頭を抱えながら目を覚ますエル…。
虚ろな目でボーッと前を眺めている。そして、ゆっくり…、左…右…と顔を回す。
「………」
「………」
何の反応も無く、ただ回りを眺めていた……。
エルの目には広い草原が映るが、頭では理解出来ていない様だ。
<シャアーッ>
突然横から大きな響きが。ビックリして立ち上がり、少し後退りする。
エルの目に映ったのは、黒蛇だった。
<シィヤァーッ>
「うわアッ」
転びながらも何とか体勢を整え、黒蛇から、大木から逃げていく。
「……あれ?」
走りながら、自身の異変に気付きだす。
『手が有る…足が有る……』
『身体が有る………』
徐々に走る速度が落ちていき、歩き……とうとう立ち止まってしまった。
振り向くエル……。そこには黒蛇の姿は無く、大木が遠くに佇んでいるだけ。見上げると、空がかすかに虹色に輝き、自分の身体を見ると……全てが綺麗に揃っている……。
「……生きてる……?」
「…な…なんだこれは……」
「何処なんだここは……」
何も理解出来ない状況のエル。
のどかな草原に……生きている自分……。
「オー……」
っと言いかけ、自分の口を手で塞ぐ。
誰か居ないか大声を出そうとしたが、魔物がいるかもしれないと思い直ぐやめたのだ。
<ヒュォーオォォォォー……>
優しい風に、なびかれる様に顔が動く。その目線の先に…何かが見えた。
「ん? 何か有る…?」
エルは頭の整理が全く出来ないので、とにかく何か見えた所に向かって歩く事にした。
歩いて、歩いて……歩いて……走って……。
「あれっ?」
歩く度に……元気になっていく自分が分かる。走る度に…力がみなぎってくる事も分かる。
『……凄い…』
いつもと違う自分に気付くも、理由が分からない。
そう考えながら走っていると……。
巨大な古い廃墟に出た。見渡す限り廃墟…遺跡…。
高い建物は無く、みな崩れてしまっている。
とても長い年月が経っているのだろうと、容易に読み取れた。
唯一、遠くにポツンと建物が見えるが、それも崩れているようだった。
『…古そうだなぁ……』
手で壁を触ると即粉々に崩れてしまう。とてももろくなっている様で、その粉は風に運ばれ消えていった。
少し落ち着いたのか、虹色の空を見上げながらはにかむ様に笑う。
『母ーさんが作るお団子……食べたいなぁ……』
こんな時だが腹は減るのだ。顔を左右に振り、とにかく歩き回るエル。
この地の、この廃墟の情報が何処かに無いか探す事にしたのだ。
歩き回り、回りを見渡し、歩き回り、辺りを確認し……。やはり…何も無い……。
とうとう遠くに見えていた、崩れた建物の前まで来てしまった。どうやらここが廃墟の中心部みたいだ。
近付いて分かった。この崩れた建物は……教会だったのだ。
『…何も無かった……何も分からなかった……』
エルは肩を落とし、しばらくその場にペタンと座り込んだ。
すると、突然何処からか声がする。それも……かすれたダミ声の様な……。
【 血と肉の匂いがする 】
素早く立ち上がり見渡すが誰もいない。でも声が……。
【 神でも無い… 】
【 天使でも無い…悪魔でも無い… 】
【 精霊でも無い…魔物でも無い… 】
【 …………罪深き人間…………… 】
声の出処を探してると、どうやら建物の下から聞こえて来る様だ。
「だ…誰だ?…ここは何処なんだ?」
【 罪深き人間よ…教えてやろうか? 】
【 あーっハッハッハッハッハッハッハッハッ 】
教会の手前をよく見ると、崩れた階段脇に古びた扉がある。
『これは…祠…?』
【 入れ 】
言われるがまま扉に手を掛け開けようとしたが、ためらってしまう。危険かもしれないからだ……。
しかし……何も分からない今の状況の方が…とても辛い。
エルは顔を振り……心を決めた。
手を伸ばし、ユックリ扉を開いていく。今までの廃墟は壁を触るとバラバラと崩れていったが、この扉は崩れない…。それより…頑丈に出来ている様に感じた。
<ブワッ>と中から風が吹く。
【 珍しい…とても奇怪じゃ… 】
エルは、もう一度問い掛けた。
「人間? それとも魔物?」
【 罪深き人間よ、進むのじゃ 】
こちらの問い掛けに反応が無い……。しかし、中を確認しないと前に進めない気がした。
<ジリッ>
エルの足が階段の石を小さく擦る。頭より……身体が進めと背中を押してる感じがした。
ユックリ、ユックリ…用心深く石で出来た階段を降りていく。
外の光が届かなくなり、この先の階段は…暗闇…。
エルは怖くなり、しばらく止まってしまった。
【 どうした…先に進まねば何も始まらんぞ 】
『俺の心が…行動が分かるのか?…見られてる気配は全くしないけど……』
下…暗闇を見つめながら、動く事が出来なかった。
唾を飲み、降る事をためらっている。
「く…暗くて怖いんだよ!!」
相手が誰だか、何者だか、もしかしたら魔物かもしれないと考えていたが、何故だか正直に心の底から
……本音が出てしまった。
その時、
<パッパッパッ、ボゥボゥボワゥッ>
と階段の両サイドに書かれていた、古い文字が光り出した。
「うわぁっ!」
見通しが良くなる下への階段。古くて所々崩れている部分もあるが、これなら何とか下まで行く事が出来る。魔物の気配や姿も無い。壁をよく見ると、古い文字やら動物、植物の様な物が一面に彫られていた。
ユックリ用心深く下へ降りていく。
すると小さな踊り場が有り、そこには石で出来た重そうな扉があった。沢山の羽根が彫られた扉が…。
【 羽根を触れ 】
その言葉にためらうエル。この状況…何も分からないから怖いのだ……。少し手を伸ばすが、怯えからなのか…指先が震えていた。
エルの中で様々な葛藤が続く。
言葉に操られてると感じる自分…。何が在るのか調べたい自分。魔物が待ち構えてると思う自分。助けてくれる存在がいると思う自分。
しかし……答えは出てこない……。
【 罪深き人間よ。ためらうな 】
「っくうっ」
エルは歯を食いしばり、震える手を片方の手で押さえつけた。そのまま…手を前へ伸ばしていく……。
そして…小さな羽根に指が触れた瞬間……。
<ブワサササササー>
突然、扉から多くの羽根が飛び出して来た。
「うわぁっ」
身を低くして身構えながら上を見ると、舞い上がる羽根の群れが天高く飛び去って行く。
……石で囲まれた祠の中なのに……。
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