第4話【 全てとの別れ 】



 青く晴れた空。流れる綺麗な雲。

それに反して淀んだ霧が増加している。しかも、何故かこの広場周辺だけ…濁った霧が……。


エルが一度顔を上げる。何か違和感を覚えたので、辺りをキョロキョロと見回しているが、皆が作業している姿しか見えない。


「…ん? 何だろ、霧?」


と一度首をひねるが、また作業へと戻っていった。


三段石広場周辺だけ…重く、薄暗く空気が淀んでいる事を若者達は知らない。ほとんどが下を見ている為、その変化に気付く事が出来ないのだ。

付き添いの男達は、三段石の所で酒盛りを始めていおり、警戒心無く飲んだくれていた。


<パチンッ>


枝が折れる小さな音がする。


<パチッ、パチンッ>


<バキッ>


その音が、若者達の方へ近付いていく…。

そして……。


<ヴオウオーヴゥ>


突如聞き慣れない鳴き声の様な振動が、広場一帯に響き渡った。その直後…。


「ギャァァァー」


「うわあーっ」


突然響き渡る悲鳴や叫び声。異変に気付きエル達が顔を上げ回りを見渡すと……。

とても異様な…重苦しい霧が立ち込めている為、見通しが悪く状況が分からない。


「えっ何?」


「どした?」


かろうじてエル達の姿は近くにいる為、お互いに確認出来る。何か大変な事が起きている予感がしたエル達は、立ち上がろうとしたが…身体に異変が起こる。


「あれ?身体が…皮膚がピリピリする……」


よろけてしまい、上手く立ち上がれなかったのだ。

その間も若者達の悲鳴が絶え間なく続き、恐怖心だけが膨らんでいった。


 付き添いの男達も、焦った表情で辺りを見回すが、淀んだ霧が多く立ち込めていた為、広場を見渡す事が出来なかった。それに…身体が痺れていて、上手く動けない。


「えっ? 何なんだこれは…」


淀んだ霧が薄くなっている所が有ったので、そこに目を凝らしていると、その中に……。

2つの光が上下にユッサユッサと揺れている。そして…淀んだ霧の合間から何かがノソッと出て来た。


それを見たヒゲを生やした小太りな男は、身体が激しく震え出す。


「…魔物!?」


痺れる手足、震える身体を必死に抑えながら、逃げる為か三段石に登ろうとしていた。



 広場では至る所から悲鳴や叫び声が聞こえて来る。


「た、助けてー!」


「ギャアァァ、ウグッ」


「ぐわぁああぁぁぁー」


エル達は状況が分からないが、大変な事が起きている事は想像出来る。

お互いに痺れた身体を支え合いながら、悲鳴があまり聞こえない方へと歩く事にした。


「固まって動こう」


とエルが声をかけた時、


<ドンッ>


足元に何かが飛んできた。それは……。


「キャアアアア」


ラミラの悲鳴が響く。誰かの腕が…飛んできたのだ。恐怖のあまり、うずくまってしまうラミラ。


エルもカサトスも、恐れからか一瞬身体が硬直してしまう。しかも痺れもある為、動きがぎこちなくて鈍いのだ。


「な…なんだよコレ……」


「何が起きてるんだ?」


見えない恐怖に怯えるエルとカサトス。


カサトスは、危険な状況が振りかかってこないか、回りの状況を把握しようと震えながらもラミラの前に立った。

エルは、ラミラに寄り添い守る様に肩を引き寄せる。


淀んだ霧に遮られる視界。何かが走り回ってる様な…、逃げ回ってる様な影だけが見える。

回りから聞こえてくる叫び声も…悲鳴も…わめき声やうめき声も……、全てが恐怖へと変わっていった。


エルは怯えながらも、低い体勢で回りを見渡していた。そして自身の痺れる手を見て違和感を感じる。


『俺…怖くて震えてるのか?…それもあるけど…これ……何か違う……』


『もしかして…霧か!?』


エルは、直ぐ側で立ち上がっているカサトスの足を掴んだ。


「カサトス!この霧何か変だ。吸い込まない様に身体を低く!」




 三段石の前でオロオロと右往左往している4人の男達。ヒゲを生やした小太りな男が、状況を確認する為に痺れる身体を奮い立たせて何とか石の上へ登った。石の上は余り霧が掛かっておらず、ある程度見渡す事が出来たが…その光景は…。


「え?…う、嘘だろ?」


霧の合間から見える悲惨な状況……。そして若者達を襲っている魔物の姿が目に映った。それは……。


広いデコに鋭い眼光。前へ盛り上がった大きな口と牙を持ち、筋肉質な体型を赤黒い体毛が覆っている。


「…なっ?…、ス…、スパラグモスゴリラ……!?」


群れで行動する習性を持つ魔物…。気付いた時には既に遅く、広場を取り囲む様に、沢山の魔物が湧いていたのだ。同一種だが、4足歩行している魔物と2足歩行の魔物が混在し、それが…若者達を襲っていたのだ。この地域に生息していない強い魔物が…。


「な…何でこんな所に……この地にはいない…遥かに凶悪な魔物じゃないか…」


「これは霧じゃ無く…、魔物の身体から出て来る分泌物…。麻痺を誘発する成分が含まれてる有毒ガスだ……」


「勝ち目なんか無い…。ど…どうやって逃げる?」


そんな事を考えていたヒゲを生やした小太りな男の目に、石に這い上がろうとしていた他の付き添いの男達の姿が目に映った。


「登って来るな!」


と足蹴りする小太りな男。若者達の悲鳴や叫び声が上がる中、自分だけ助かる事を考えていたのだ。


ヒゲを生やした小太りな男は、腰にぶら下げていた信号拳銃を手に取り、パラシュート付の赤い発煙弾を空へ向けて2発打ち上げた。


<バシュン、バシュンッ>


そして自身の身体を魔物から見えづらくする為に、体勢を低く、石の上に寝転ぶ様に身を隠した。


「クソッ…めんどくせー事になったぜ…。何処かでゲートが発生したのか?」


「あっ…そう言えば…」


何かを思い出したその時、体毛に覆われた太い腕が勢いよく飛んできた。


<ドゴウンッ>




 惨殺される同世代の仲間達。痺れ、逃げ惑う彼等を無惨にも投げ飛ばし、引き裂き、食いちぎっていく…。


これ迄に経験した事の無い恐怖に怯えるエルとカサトス、ラミラ。3人は震えながらも、比較的視界が開けてる低い部分に身をかがめ、魔物の群れの隙間を見つけながら、必死に逃げていた。


「こっちだカサトス、ラミラ」


そう声を掛けながら逃げ惑うエル達だが、既に回りは…見渡す限り肉片の海…。

嫌でも視界に入って来る仲間達の残骸…。


「い、嫌よ…死にたくない…」


震える声で嘆くラミラ。

仲間達の悲鳴を聞きたく無いのか、引き裂かれる鈍い音を聞きたく無いのか、自身の耳を手で塞ぎ、その場に泣き崩れていく……。


「ラミラ、逃げよう。この場にいちゃあ駄目だ。とにかく遠くへ」


とエルがラミラに声をかけている時、不意に黒い影が彼等を覆った。


「うわあっ」


その叫び声に振り向くと、カサトスが宙に浮いている…。体毛に覆われた太い腕と手が、カサトスの手足を掴んでいた。


「た…助けて…」


カサトスの震えた瞳がエルの目に映る。

微かな声が聞こえた直後…カサトスの身体が…引き裂かれていった……。


<ブチブチ、ブシュウー>


<<<「ゔわあああああああああああー」>>>

<<<「ギャアアアアアアアアアアアー」>>>


彼の血しぶきが二人に降り注ぐ。

エルとラミラの口から、叫び声なのか、唸り声なのか……内蔵が全て出てしまう様な聞いたことのない響きが発せられた。


<ドスンッ>


目の前に…アンクレットを着けたカサトスの足が…足だけが落ちてきた……。


「うぐっ」


吐き気を催すエルとラミラ。絶望が身体を縛り、声無く佇むしか出来なかった。


<バシュンッ>


何か…変な音がした……。


エルの目の前を…ラミラの顔……顔だけがユックリ飛んでいく…。恐怖に満ち、目を見開いたままのラミラの顔が……。そして、赤黒い粘着物がエルの顔に付着する。


<ポトッ>


エルの近くに何かが落ちた。震える目をそれにやると…。大きな指輪をはめた手……。馴染みの有る…見覚えの有るラミラの手……。


「ぁあ…あうぁ……、うおあぁあゔぁああ」


絶叫より、悲鳴より…叫びより、喚きより……、声にならない、奥底からの心の恐怖が……、エルの身体を激しく震わせていた。


両膝を突き、崩れ落ちるエルの心と身体…。

背中を丸め、ラミラの手を…両手で拾おうとするが、震えて動けず…拾う事が出来ない……。

溢れてくる涙だけが…生きている様に落ちていった。


「ぅう…あぁぁう…」


そこに轟音と共に、勢いよく振り下ろされるスパラグモスゴリラの太い腕。


<<バシュン>>


振り下ろされた先に……エルの姿は無かった……。


ただ、小さく淡く灰色に輝いていた。



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