第3話【 絶望の始まり 】



 ノートス地域のブルーモン領、カデフ街。

エル達のナノーグ村とは違い、かなり大きな街である。その中の教会の広場に、エル達の姿があった。

笑顔のエルが、回りを忙しく見渡しながら二人に声をかけている。


「うっわぁー…メチャ人が多いし賑やかだねー!」


「俺達の村とは全然違うな!」


「成人の儀、大切だからね!」


カサトスもラミラもそう答えながら同じく笑顔だ。

エルが満面の笑顔でまたまた振り向き、手を広げた。


「俺達どんな祝福を受けられるかなぁ?」


「メチャ良いものゲットするぞー!!」


「アハハッ」



 周辺の街、村から今年14歳になる成人予定の少年少女達70人程がこの広場に集まっており、街全体がお祭りの様な雰囲気をかもしだしている。

広場周辺には出店や土産物屋が数多く出され、街のあらゆる人々が彼等を祝福している様だった。


「あっ! あれ見て!!」


ラミラが指差す先に、彼等が求めていた答えがあったのだ。

教会近くの階段前に、祝福を受けるスケールが置かれていた。その回りで司祭を補佐する輔祭達がいそいそと準備をしているので、近づいて見る事は出来ないが、存在感が半端ないのだ。


カサトスは眉を下げ、目元に手を近付けて双眼鏡の様にしてじっくり観察していた。


「へっえー、秤って言うから天秤みたいな物を想像してたけど、全然違うなぁ」


「そうだね、何か…腹巻きみたい……」


とエルが直感で思った事を言うと、ラミラがお腹を抱えて笑い出した。


「アハハッ、ほんとね、腹巻きー腹巻きー!」


半円形状で、高さは20センチ、幅は40センチくらいだろうか。分厚い皮で出来ており、色んな装飾が施され、中央には秤の形が彫られているスケール。


形はともかく、初めて見るスケールを眺めながら、エル達含め、回りの若者達も目をキラキラ輝かせていた。


そんな祝福ムードの広場だが、不快な表情の若者達もチラホラ見える。


「なんだよ…教会の中にも入れてくれねーのかよ」


「神聖なスケールって教会から出したら駄目なんだろ!? 何なんだあいつら…」


「よっぽど低階級のよそ者を教会に入れたく無いみたいだな…」


色んな思いが渦巻く成人の儀。若い彼等にとっては神から祝福を受ける大切な儀式だが、貴族の事情と言う複雑怪奇な思惑と圧力に翻弄されて、この世界は動いているのだ。


 教会の中から商人風の男達が4人出て来て、広場前で立ち止まった。ヒゲを生やした小太りな男が一歩前へ出て来て、ポケットから竹で出来たパンパイプを取り出し、口元へ当てた。


<ピロン♪、ピロロン♬>


心地よく軽快な音色が流れてきたので、広場にいた若者達の注目を浴びている。


<ピーロロ♬、ピロピロ♪、ピロピロピーン🎶>


短い演奏が終わり、ヒゲを生やした小太りな男が、

<バッ>と手を上げた。


「さぁ!!儀式前恒例の魔物討伐の時間だぞー!」


<ワアーッ>


と広場から歓声があがる。


「三段石って言う大きな広場があるから、そこまで皆で移動だー!!」


「1時間くらいかかるから、迷わず俺達4人に付いて来るんだぞー」


ざわつく広場。いよいよ儀式に関わる大切な行事が始まるのだ。


 三段石広場へ向け街中を歩く若者達に、建物の上から色とりどりの小さな紙が舞い落ちる。音楽を奏でる人達や、踊ってる人達。この街の人達は心から祝福し、にこやかに手を振って送り出している様だった。



 街を出ると、なだらかな丘が続く。見渡す事が出来る平原の先に三段石広場があるみたいだ。その周りには生い茂る森が悠然と姿を表していた。


引率する男達4人…。教会関係者では無く、勿論ハンターにも見えない。どう見ても商人風にみえるのだ。

本来は、教会関係者の司祭と実績の有るハンター数名ずつが同行するのだが、どうやらそうでは無いらしい。


この状況に、やはり苛立ちを隠せない若者達がいて、ひそひそ話しが広がってゆく。


「まただよ…ふざけんな」


「カデフ街も…もう駄目だな…飲み込まれちゃってるよ…」


「教会は貴族とは独立形態を保ってないといけないのに…ブルーモンの傘下になっちゃってるみたいだな」


「あーあ…、早く祝福だけ受けて帰りてー」


伝統行事を捻じ曲げて行われてる成人の儀に、不満が募るのも仕方ないだろう。彼等の苛立ちは全うで、正すのは教会関係者の方なのだから。

しかし…貴族の力に反抗出来る術は無く、受け入れるしか道は無かった…。


エル達も貴族の横暴さを不快に思っていた。特に、村出身者への見下し方は異常な程だ。

エルが、膨らませた頬を指で押さえながらカサトスの方へ振り向いた。


「ブルーモンって良い噂、全く聞かないね」


「あぁ、好き勝手やってるからな。だから仲間内で抗争が絶えないんだよ」


とカサトスは剣を抜く動作をしながら、エルに対し振り回す仕草をする。エルはそれに乗り、殺られたフリをして天を仰いだ。


「だああああー、その被害を被るのがあああー、俺達一般人なのになああぁぁぁー!」


「いやぁねぇ…」


ラミラは顔を左右に振りながら、二人の雑な芝居に呆れ顔だった。


「ウッ!!」


とエルは、背筋と腕を空いっぱいに伸す。

気持ちを切り替えるためだ。


その時、ヒゲを生やした小太りな男が声を張り上げた。


「さぁ着いたぞ!」


聞いてた通りの広い草原。キラキラ光る青葉が陽の光を優しく撫でている。地面は濡れてはいないが、少しぬかるんでいるような柔らかい踏み心地だ。その真ん中に大きな石が置かれてあった。


ヒゲを生やした小太りな男が、三段石に向かって歩きながら話を進める。


「ここが三段石広場だ。通称スライム畑って呼ばれるくらい、スライムの原料が溢れてる所だぞ!」


「えっ?スライムの?」


と近くにいた少年は、驚きを隠せないでいた。

あまり話に出て来ない内容だからだ。


「そう。その原料とは、アメーバだ!!」


と手を広げ、上下に動かしながらアメーバ風ゼスチャーをするヒゲを生やした小太りな男。


<ええーっ!?>


少年達の驚いた表情と声が回りから溢れ出す。聞き慣れない言葉と、アメーバって魔物?と思う者。スライムの原料だと知らない者も沢山いたからだ。


エル達も顔を見合わせ、知ってた?と言うようなゼスチャーをお互いにしている。

ヒゲを生やした小太りな男が、身振り手振りで説明を続けた。


「アメーバはスライムの素だ! 直接害は無いが、年月をかけ集まればスライムになり、大小様々な被害が出る事もある。畑荒らしとかな!」


「だから、スライムに育たない前に討伐する事が大切なんだ」


「祝福前の討伐と言うのは、この広場でアメーバ討伐をする事だ! 簡単だろ!!」


ヒゲを生やした小太りな男が、腰に手を当てながら何故か自慢気に片手で鼻の下を擦っている。

少し拍子抜けな表情のカサトス。彼は運動がてら短剣を振り回したかったのだ。


「ええーなんだよそれーってかほんとに超ー簡単じゃん」


「アハハハハー。これって討伐って言うのかな?」


エルはハンターに憧れており、カサトス同様短剣を振るう討伐だと思いこんでいたのだ。

一方ラミラは家庭的で、争う事より和気あいあいとしたい方だ。


「本当ね! でも簡単な儀式でよかったわ! ちょっと緊張がほぐれちゃった」


ヒゲを生やした小太りな男が、何かを思い出したかの様にまた皆の方へ声をかけた。


「あっそうそう、注意点が1点。アメーバの黒ずんだ所が核で、それ以外の所を何度刺しても死なないからなー!」


「スライムは人間を見たら逃げるが、たまに襲ってくる奴もいるから気を付けるんだぞ」


「まぁ、あまり怪我はしないがな」


「よーっし。ではスタート!!」


とヒゲを生やした小太りな男が、腕を振り上げブンブン回していた。


エル達も他の若者も、持参した短剣を鞘から抜き出し、下を向いて作業を始めた。

何と…、地味な討伐だろう…。

雑草を掻き分け地面をよーく観察すると、ほぼ透明で平たい手の平サイズのアメーバが沢山いる。ウニョウニョとユックリ動く動作が気持ち悪いが。


………固まってるエル…。両膝を付きアメーバの核を探す為、顔を近付けなければならないからだ……。


<ズリュ、ズリュ、ウニョウニョ………>


ゆっくり動くアメーバを観察してると、中の体液が流動しているのが見て取れた。アメーバはどうやら体液を流動させながら移動しているみたいだ。


「へーえ、こうやって動いてるのかぁ。しかし…探すと結構いるなぁ……」


地面にへばり付いたアメーバの姿が沢山ある。さすがスライムの原料の地だ。

カサトスも核を探す為に顔を近付けようとしているが、それを見る目が気持ち悪さ全開なのだ。

実はヘビやナメクジみたいに、クネクネ、ウニョウニョが大の苦手。ブワッと鳥肌が立ち、身震いが止まらないのでついつい声を上げてしまった。


「うううぅ〜きっも〜っ!!」


その近くで、やはりラミラも……平気な表情でアメーバの核をズブズブつついてる……。


「単純、簡単、超ー楽し〜!!」


と今までに無く満面の笑顔だ。

楽しんでアメーバ討伐をしている者もいれば、一方的で罪悪感に駆られる者、また、気持ち悪がって討伐が進まない者と様々だ。



 三段石にもたれ掛かって、休憩を取っている付き添いの4人の男達。のどかな地域の為、警戒や、見回り等をする様子も無く、それぞれがのんびりくつろいでいた。


「ん?」


ビールを飲んでいたヒゲを生やした小太りな男が、何かに気付いた。足元を見ると、1匹のスライムが体当たりして来ていたのだ。


<ポヨーン、ポヨーン>


「おぃおぃ…舐めてんのか?」


と言いながら、足を振り上げスライム目掛けて振り下ろした。


<スカッ、ドスン…>


「いつっ…」


尻餅をつくヒゲを生やした小太りな男。運動神経が鈍く、さらにほろ酔いなのでよろけて空振りしたみたいだ。周りにいた同業の男達もそれを見てケタケタ笑っていた。

スライムもそれに合わせた様にピョンピョン飛び跳ねながら、笑っている様に逃げて行った。



 アメーバを討伐しながら、若者達の楽しげな会話が沢山流れてくる。祝福を受ける前の大切な討伐と聞いていたが、余りにも簡単で退屈で。緊張感が全く無く、友達と遊びに来たかの様に、皆それぞれが楽しく弾けていた。


そんな彼等は、草むらにうずくまりながら作業してる為、回りの状況が分かりにくい。

空は晴れているが、微かに霧が出て来た様だ。


少し……黒く淀んだ霧が……。



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