第2話【 豊かな大地に… 】



 ノートス地域は、比較的安全な地域である。魔物の出没はあるものの、力の弱い魔物が主流で城下町、街、村の交流、交易は頻繁に行われていた。


低い山々が連なり、緑豊かで広大な大地を持つこのノートス地域は、幾つかの貴族がそれぞれ統治している。その1つにブルーモン領がある。



 緑豊かな自然が生い茂り、風に乗って優しい木々達の香りが漂ってくる。

馬車に揺られるエル達は鼻の穴を大きく開け、美味しい空気を目一杯吸い込んでいた。


「んーっプハァー」


「フンップハァー」


「アハハハハー、エルもカサトスも変な顔!」


ラミラがキラキラ光る笑顔で、彼等をからかっている。調子に乗る二人が、自分の顔を引っ張ったりしてると、ついには変顔合戦が始まった。


「フニャ!」「グニュ」「ニョホホー」


「キャハハハハ」


後に神聖な祝福を受ける彼等だが、馬車の中は楽しい旅行にでも行く様な雰囲気だ。

高揚している彼等の馬鹿騒ぎが収まった頃、エルが何やら考え事を始めた様だ。


「なぁ、俺達の成人の儀って、スケールに身を委ねてファーストコンタクトするって言うけど、スケールってどんな形してんの?」


「私に聞かないでよ。見た事ないもん」


当然だろう。そう答えたラミラもカサトスも、勿論エルも初めてなのだから。

カサトスが、両手を広げて頭の中で想像してるスケールを形取った仕草をする。


「秤だろ!? 天秤を頭に載せる感じじゃね?」


「ええ〜まじで? だっさーい」


と…彼等はこれから自分達が受ける儀式の事をあまり理解していないみたいだ。


そんな彼等の話を、御者(馬車を操る人)の後ろにある御者用の荷台に陣取っている男が聞いていた。

30代くらいのハンターで付き添いのペウロスだ。ヤレヤレと言う表情で彼等が乗る荷台のカーテンを開けた。


「おぃおぃ君達、村長の話をちゃんと聞いてなかったな!」


「あっ! ペウロスさんの顔が魔物のゲートから出て来た! ヒエエー」


とおちゃらけながら隠れようとするエルとカサトス。それに釣られ、ラミラも手で顔を隠していた。


「お前らなぁ…」


呆れ顔のペウロス。しかし、とても大切な儀式を控えている為、ちゃんと説明する事にした。


「よーく覚えておくんだぞ。まず、スケールの祝福で【 鍵 】を授かるんだよ。スケールの形って決まってなくて、城や教会、街特有の物だから直接見ないと分からないよ」


「なぁーんだ。決まってないのかぁ」


少し不満そうな3人。ペウロスは今まで何度も他の少年少女達の付き添いをしているので、今から向かう街のスケールの形は知っているが、驚きと楽しみを奪いたくないので敢えて伝えなかった。


「それからファーストコンタクトとは、神と繋がる扉を開ける事!【 鍵 】を使ってね! ここで、どんな力が授かるか決まるんだよ」


「へぇー…何か手品みたいだなぁ。必ず神の加護を貰えるの?」


とエルは、座った状態で背筋を伸ばしながら聞いている。ペウロスは経験者なので、自分の時の事を思い出しながら話を進めた。


「当然さ! 誰もが平等に神の加護を受ける事が出来る、最初で最後の権利だからとっても大切なんだよ!」


「分かったかな?」


ペウロスは笑みを浮かべながら小さく人差し指を上に向け、自慢げに話を締めくくった。


「ハーイ!!」


彼等は自由奔放だが、みんな根は素直なのだ。

そんなやり取りをしている時に、荷台の外から声がかかる。


「ちょっと揺れるよー!!」


と手綱を引く御者が声をかけたのだ。

ペウロスはカーテンを閉め、前を向きながら御者用の荷台に掴まった。


<ゴトン、トン>


「ハーイ! 今ので終わりー!」


御者は、笑顔でそうみんなに再度声をかけた。



 ユラリ、ユラリと萌える草原を走る馬車。遠くにキラキラ光る湖を背景に、小さな丘を軽快に登っていた。


そんな中、馬車を操る御者のカルノと、ハンターで付き添いのペウロスが何やら難しい表情で話をしている。


ペウロスが顎に手を当てながら少し不貞腐れた様な態度で、口を重く動かしてゆく。


「本来…決められた地域に有る城内に集められて、討伐後祝福を受けるんですけどねぇ…」


御者のカルノも、遠い地平線を眺めながら少し首を左右に振っている。


「今年も…同じじゃなぁ…」


「ブルーモン公爵が俺達貧困層と一緒に祝福を受けさす事を嫌がって、伝統行事を勝手に捻じ曲げやがったんだ……クソッ」


「貴族ってのは傲慢で利己主義じゃからな…」


「これで8年連続ですよ!? 余りにも身勝手すぎやしませんか?」


ペウロスはそう言いながら、やり場のない苛立ちを身振り手振りで表現している。

カルノも軽くうなずき、短時間だけ視線を空へやった。


「そうじゃのう…今から向かうカデフ街の教会も、ブルーモンの息が色濃く出とるから、わしは好かんわぃ」


「カデフ街には祀られたスケールがあるから、これ幸いと周辺の村の儀式を押し付けたと言われてるし……」


歯を食いしばるペウロスは、膝を鷲掴みし前を見据えていた。


「まぁ…今年も何事も無く終わればいいんじゃがな」


カルノは眉を下げ、苦笑いしながら軽くムチを走らせる。そして、眉間にシワを寄せているペウロスの気を落ち着かせてやろうと、成す術が無い話題から

本人の話題へと話を変えた。


「ペウロスは祝福、何を授かったんじゃった?」


「んもう〜若い頃散々自慢したじゃないですか! 治癒魔法ですよ!!チユマホウ!!」


「おおぅ! そうじゃった、そうじゃった。小さな傷を治せるくらいのな!」


「あはは…参ったなぁー…。分かってて聞いたでしょ!」


と頭の後ろに手を当てながら、苦笑いして答えるペウロス。


「カルノさんは回避能力でしたっけ?」


「そうじゃ! だからこの馬車、余り揺れんじゃろ!」


「乗り心地抜群です!!」


「ダッハハハハー。後ろの小僧達も良いもん授かればいいんじゃがな!」


彼等と同じく、馬車の中では3人の笑い声が響いていた。


「どうする?」「やめなよ」「食べるか!」


「まだ早すぎるよ」「さっき村を出たとこだし」


「って、もう口に入ってるじゃん!」


「アハハハハー」


起伏の少ない草原の間を、馬車がユラリユラリと走っている。自然豊かな大地から恵みを受けた草原が、走り行く彼等を優しく包んでいた。




 昼前の日差しも暖かく、小鳥の楽しげな唄がチロリチロリと流れて来る。穏やかな風が木々を優しく包んでいるその一郭に、背の低い雑草で覆われた広場があった。

その真ん中に存在感のある特徴的な大きな石。幅5㍍高さ3㍍程あるその石の形状は、太い平らな石が三段重ねになっている様だ。


この広場から少し離れた森の中。木々に覆われて、薄暗くなっている所に生える枝葉に…、何かの血痕がベトリと付いている。


そして…、下からオレンジ色の光に照らされ…何故か強くなびいていた。


<ゴオオオオー…>


周りは穏やかな風が吹いているだけなのに…。



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