第19話――凌辱

「いらねぇよ。そんなガキ」


 リーダーの放った一言で、その場が一気に静まり返る。


 眼前がんぜん老夫婦ろうふうふとメイド、三人とも呆気あっけに取られたままだ。


 全員が言葉を発せない中、健吾けんごは何のはばかりもなくさらに言い切った。


「ただのに、なんで命張らなきゃいけねぇんだ。馬鹿ばかか」


 刃をつきつけられている少女の表情はさらに青ざめて、今にも崩れそうだ。

 投げかけられた言葉のむごさに、震えながら呼吸を繰り返すと、こらえ切れずその両目の端から涙がにじみ出てきた。


「俺を簡単に思い通りに動かそうなんてあめぇんだよ。老害ろうがいどもが」


 その言葉に鋭く反応したのか。

 険しい表情とともに、老夫婦は手に持ったマイクを投げ捨てて、揃って銃を構え直した。


「撃てよ。どうせ、俺にはもう何も残ってない。ただ、お前らみたいなクソ老いぼれに捕まってもてあそばれた挙句あげく、殺されるのだけは勘弁だ。死ぬなら今ここで一思いに殺せ」


 先ほどまで狼狽うろたえていた健吾けんごは別人のごとく、全てを受け入れたかのように覚悟を決めた表情で毅然きぜんと言い放った。


 広場にいる全員は息を呑みながら、その光景を見つめているだけだ。


 すると、老妻の方が銃を下ろし、わきによけるように道を開けると言った。


「失せろ」


「……え?」


 死ぬ直前に一矢いっし報いてやったと確信していた健吾けんごは、完全に意表を突かれたように目を丸くする。

 すると、老婆ろうば駄目押だめおしのごとく言い放った。


「お前にはガッカリだ。


 隣にいた老夫ろうふが呆れるように首を横に振りながら妻に語りかけた。


「だから、母さん。こいつは絶対に変われねぇって言っただろ」


「まぁ、そうなんだけど。、もしかしたらって思ってね。まぁ、の金だから痛くもかゆくもないんだけど」


 老夫は健吾けんごの方にゆっくりと顏を向けると言った。


「本当に死ぬ間際まぎわまでクズなんだな、てめぇは」

 

 老妻が続く。


「殺せ。だって? 何でなんだよ? ここで殺したら、また死体が増えて、後片付けが大変なんだよ。誰が? ああ? そこまではあるのか? きったねぇ死体をよぉ? 。お前は」


 煙草の煙をゆっくりと吐くと、夫の方も道を空ける様に脇へよけた。

 

「早く出て行け。全員の士気を下げるだけだ。お前みたいなチン〇スは、このゲームに必要ない」


 命を助けると言われているのだ。


 本来は諸手もろてを上げて歓喜すべき場面だろう。


 正直なところ「殺せ」と覚悟を決めて言い放った時、健吾けんごは自分自身がとおといと感じていた。

 武士の最期さいごとも言うべき自尊心。


 その決死の覚悟を、あたかも目前のを払うがごとく、あっさりと否定されてしまったのだ。

 

 これ以上の屈辱くつじょくがあるだろうか。


 と宣告される。


 美しい最期の見せ所をにべもなく肩透かしを食らわされ、この上ないほどに仕立て上げられてしまった。


 


「とっとと、出て行け。が」


 老夫ろうふはそう言い捨てると、ポケットから何かを取り出して、地面にほおり投げた。

 金属音を立てながら、それは小刻みな震動と共に地面に静止した。

 まばたきしながら目をる。


 かぎだ。


 それを見た瞬間、まるで亡霊のごとく浮遊した気持ちのまま前へ一歩踏み出している自分に気づき、健吾けんご失禁しっきんしそうになるぐらいの自己嫌悪じこけんおに襲われた。

 それでも、さらに一歩踏み込む衝動を抑え切れず、まるで背後の部下達を含む全員にその姿を見られまいと隠すように手早く鍵を拾い上げた。


 ふと右脇を見ると、メイドに刃をつきつけられたままの少女と目が合った。

 彼女の顔は恐怖と悲しみと、そしてに震えている様にも見えた。


 しかし、今の健吾にとって


 一セックスいのちより、いち早くこの屈辱くつじょくの場から立ち去り自身の体裁ていさいを保つことしか彼の頭にはなかった。


 悪びれる様子もなく面倒臭そうに視線を逸らして彼が前を通り過ぎると、また少女の目は見開き、その口から嗚咽おえつれた。


「可哀そうに。こいつには人間にんげんの血が流れているのかね。けもの以下だね。むしだ。むし


 脇から投げかけられたメイドの揶揄やゆに、健吾けんごは一瞬体をビクつかせたが、必死に気を持ち直すように前に向き直り、足早に入口へと向かった。


 大理石の床を真っ赤に染めてうつぶせになったまま動かないスキンヘッド、その血だまりの中に顔を突っ込んだままの顎鬚あごひげ男の遺体に目もくれないように、彼はタタキの上に並べられた無数の靴を踏みつけながら扉の前で足を止めると、むさぼるようにその鍵を穴に差して回転させた。


「あーあ。一人減っちまった。代わりに、この子にゲームに加わってもらうしかないねぇ」


 背後から聞こえた声で健吾けんごが振り返ると、メイドが少女から手を離し、足でその背中を強く押し蹴ったのが見えた。

 うめき声とともにつまづくと、少女はゲートの向こう側でうつぶせのまま倒れた。


 その光景を見ても、もう健吾けんごは自身が逃げる事しか頭になかった。


 「殿下」と呼ばれるほど威厳を築いてきたこの自分が丸裸まるはだかにされ、完膚かんぷなまでにとして凌辱りょうじょくされるこのから、一秒でも早く立ち去る事しか。


 開錠されたドアノブを掴み内側に引くと、軋み音と共に両開きの片側が開き、向こう側に漆黒のやみが見えた。


 その瞬間だった。


「ちょっと待ってよ! 健吾けんご! 私も連れてってよ!」


 広場にいた全員が声の方に顔を向けると、金髪ショートの女が全力疾走ぜんりょくしっそうでゲートの方へ向かっていくのが目に入った。


 けむりを吐きながら老夫ろうふがその光景を面倒臭そうに見つめると、ポケットから再度リモコンを取り出して、ゲートの上方じょうほうへとかざした。


 同時だった。


 さっきまで大広間とエントランスを区切っていたそのが、シューという音を立ててしてきた。

 

 全員が言葉を発するもなかった。

 遠目から見ていた者達も確信した。


 その透明の板が、食い気味に上半身を前に乗り出したへまともに直撃したのを。


 ドスンという音と床の振動とともに、その場にいた全員が思わず目を背けた。

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