第18話――テスト
―――目の前にいる血まみれの
「そして、それ以後、様々な強盗の現場監督を任される。以降も逮捕者ゼロ記録を更新。この実績は驚異的だよね」
すると、同じく顔が返り血で染まっている
「そう、強盗などしたことのない素人を
「どうやってまとめたのか? ここで健吾のサディスティックさが光るんだね」
横から話題に寄るように中年女性のメイドが、
「中には、どさくさに紛れて盗品を
そう言いながら手に持った刃を、怯えて目を
すると、
「健ちゃんさぁ。陛下が、何のために君に仕事を依頼したと思う?」
唐突な質問に、
「……俺の腕は確かだった」
そのたじろいだ答えに、アクリル板の向こうにいる老夫婦とメイドが一斉に乾いた声を上げた。
「くくくく――! あははは――!」
露骨に嘲笑っているとわかるそのリアクションを見て、沈没寸前の船のごとく健吾の心の中に、また一つ風穴が開く。
「……はぁ、はぁ、はぁ、……駄目だぁ。もう」
三人は腹を抱えながら、言葉も発せない様子だ。
「いやぁ、あのさ、健ちゃん。健ちゃん。よく考えてね」
わざとらしい手招きを繰り返した後、老妻は必死に喋ろうとするが、まだ笑いが収まらない様子で、代弁するように夫の方が懸命に
「ぷっ……くくく……。そもそも一億も払う余裕があるのに、なんでわざわざ一般の民家に押し入る必要があるわけ? 一件につき、得られた儲けって数千万程度なわけでしょ? それについて何も不思議に思わなかった?」
健吾の顔に当惑の色が滲み始めた。
彼が頭の中で必死に考えを
「もお、
夫の方が、
「答えはシンプル。目的は金じゃないからだよ」
その答えに、健吾だけでなく、話を聞いていた他の者達も茫然とする。
(……何を言ってる?)
健吾の想像力が及ばない所で、走り始めた列車のごとく、話は先へ先へと進んでいく。
「普通に考えてみたら、わかりそうなものだけどねぇ。陛下はチンピラじゃない。この日本という国の裏で暗躍するフィクサーだよ。そんなはした金欲しさに平凡な民家に強盗を指示するわけないじゃない」
妻の方がアイデンティティ崩壊寸前の健吾に、駄目押しの一言を放った。
「ニュース枠というのが、テレビにはあるの知ってる? 健ちゃん」
全く予想すらしていなかったワードに、
「限られたトピックがあって、それにも優先順位があるんだよね」
さらに揺さぶりをかけるように老夫が言った。
「陛下は政府とも繋がってる。彼等から金をもらっていろんな仕事も請け負っているんだよ」
(……何の話をしてる? 政府? それが一体……どうしたってんだ?)
頭の中で必死に事象関係を整理しようとするが、一向に纏まらずパニック状態の健吾に対し、さらなる混沌が投げかけられる。
「どうしても伏せたい政治のスキャンダルや法案そういうものがあるんだ。そういう時に、人々の目を逸らすための手っ取り早い手段が、犯罪だ」
すると、丁寧に解説するように老婆が得意気に呼び掛けた。
「健ちゃん。ようは、君が何処で何をどれだけ盗ってくるかどうかなんて、どうでもよかったの。誰かが国民の注意を逸らしてくれれば、それだけで十分」
大広間が静まりかえる。
出しぬけに発せられた壮大な話の内容に、健吾だけでなくその場にいた他のメンバー達も考える時間が必要だった。
「その証拠に」
静寂をコントロールするかのように、いい
「今回の指令も陛下だったでしょ?」
健吾は虚脱状態のままだ。
そんな彼に対し、尚も無情な真実が襲い掛かる。
「私達は、
すると、中央にいる老婆が右隣にいる自分の夫に向かって問いかけた。
「お父さん。彼で、何番目の殿下だったかしら?」
その言い回しに、健吾の両目が大きく剥かれる。
老夫は大げさに額に手を当てながら思い起こそうとするような素振りをし、
「うーん。
面倒臭そうに要約するように言った。
「
素直に驚くように老婆が声を上げた。
「例えが古いよ、母さん。それに、ビッグダディは自分の息子を金だけのために、あっさり見捨てたりはしないし」
呪いのごとくその言葉の重みが
(……見捨てる……だって……?)
精神と肉体の統合が失調しかけたところを、止めを刺すように老婆の言葉がその両者を分断した。
「金で奴隷にし、力をつけ過ぎると、売る」
健吾の思考が完全に停止する。
「彼はビジネスマンだ。常に
抜け殻になった健吾にさらに
「一億一千万だ」
意味不明なその内容について、健吾はもう考える余裕すらなかった。
すると、
「私達が彼に払った金額だよ」
老婆がアクリル板越しに、健吾の目を真っ直ぐに見据えながら言った。
(……私達が……払った?)
老婆がマイクを持ち直すと、それまでよりも大きい声で得意気に喋り出した。
「どうしようもないクズだった人間が一発逆転、救世主に変貌できるかどうか。それを見るために私達があんたに対してつけた評価だ。結構な金額だろ?」
完全に硬直したまま動かない健吾に対し、尚も夫婦の口撃は休まることはない。
「まぁ、陛下にとってはプラス一千万だから。実質、君はそれだけの価値にすぎなかったってことだよ」
自己防衛反応なのか。
健吾は知らずに話を
どこまで遡って、いけばいい……。
そうだ。
俺は殿下……。
唯一、自分の最後のステータスであった、その称号。
自分が歩けば、下の者達は自ずと道を開ける。
自分が口を開けば、全員が恐怖に震え、こちらの顔色を伺う。
それが……。
それが……まさか。
この感覚は、以前にも感じた事がある。
大学のサークル内でバンドを組んで一年に満たない頃だった。
サークルバンドだから大学構内でしか普段は演奏をしない。
そんな中、自分達はまだ右も左もわからない
その結果、なんと、見事インディーズレーベルとの契約に漕ぎ着けたのだ。
メンバー全員が歓喜の声を上げ、肩を抱き合って大はしゃぎをしていた。
「これで俺達はプロだ」
誰もが全員それを確信した。
次の瞬間、レーベルの社長は、こう言い放ったのだ。
「まず、CDを出版するのに、三十万円必要だから」
小説家志望のコンテストとかでたまにあるとは耳にしていたが、自分達とは全く無関係の対岸の火事としか思っていなかった。
ああ……。
大喜びしていた自分達が馬鹿みたいだった。
何処にでもありふれたゴミのようなク〇携帯を手に入れて大はしゃぎするがごとく。
馬鹿みたいだ。
本当の馬鹿だ。
雑魚以下だ。
殿下と呼ばれて、のぼせ上がっていた自分が。
いい気にさせられていた自分が――
(あいつは……)
自身の体が震えていることに気づく。
(あいつは……その程度で浮かれる人間だと確信して、俺を選んだのか……)
虚無感、喪失感、絶望感。
希望を、一瞬で根こそぎ持っていかれる、えげつなさ。
その音があたかも心の内から聞こえてくるかのようだった。
「おーい。
バンバンと目の前でアクリル板を叩かれた音で、健吾の魂は瞬間的に自身の体に戻った。
「昔話はこれくらいにしておいて」
すると、老婆は
「さぁ、最初のテストだよ。一億一千万払った私達の期待に応えてね。リーダー」
突然、隣にいた老夫がズポンのポケットから何か小さなリモコンのようなものを出すと、それをアクリル板に向かって押した。
すると、静まり返った大広間に「ウィーン」という機械音が発し始めたかと思うと、その透明板がゆっくりと上がり始めるのが見えた。
全員が呆気にとられたまま、その仕切りが、三メートルほどの高さのアーチ状のゲートを分断するように見える溝の中へと、滑らかに収まって行く光景を口を開けたまま見上げている。
音が止まり、大広間とエントランスを区切る障害物は完全に見えなくなった。
広間にいる全員が、意味もわからず隣り同士で顔を見合わせる。
(……え? 逃げて……いいの?)
床に膝をつき
「リーダー。見せてくれ。君が救世主である証拠を」
茫然自失の健吾は意味もわからず、まだ立ち尽くしたままだ。
すると、メイドの女性が刃の先を少女の首筋から心臓の前に構え直した。
その瞬間、離れて立っていた
中央にいる
「この子の命と引き換えだ。代わりに、あんたがこちらに来るんだ。最後ぐらい救世主らしいところを見せな」
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