第18話――テスト

 ―――目の前にいる血まみれの老婆ろうばは、言った。


「そして、それ以後、様々な強盗のを任される。以降も逮捕者ゼロ記録を更新。この実績は驚異的だよね」


 すると、同じく顔が返り血で染まっている老夫ろうふがズポンのポケットから煙草たばこを取り出すと、それに火をつけた。


「そう、強盗などしたことのない素人をまとめるなんて、並大抵のことじゃできないよ」


 けむりを大きく眼前がんぜんの透明板に向かって吐くと、大理石の床にはばかることなく灰を落とす。


「どうやってまとめたのか? ここで健吾のサディスティックさが光るんだね」


 横から話題に寄るように中年女性のメイドが、


「中には、どさくさに紛れて盗品をふところに入れようとする輩もいた。そんな者達へ、彼は懲罰ちょうばつを徹底した。全員の前で、殴る蹴るのサンドバッグ状態。まさに恐怖政治きょうふせいじ


 そう言いながら手に持った刃を、怯えて目をうるわせている少女ののどわせる。

 すると、老妻ろうさいが問い掛けた。


「健ちゃんさぁ。陛下が、君に仕事を依頼したと思う?」


 唐突な質問に、健吾けんごは豆鉄砲を食らったようにまばたきを繰り返す。相手の翻弄ほんろうするような問いかけに対し、彼は必死に虚勢を張り、平静を保つように言い放った。


「……俺のは確かだった」


 そのたじろいだ答えに、アクリル板の向こうにいる老夫婦とメイドが一斉に乾いた声を上げた。


「くくくく――! あははは――!」


 露骨に嘲笑っているとわかるそのリアクションを見て、沈没寸前の船のごとく健吾の心の中に、また一つ風穴が開く。

 

「……はぁ、はぁ、はぁ、……駄目だぁ。もう」


 三人は腹を抱えながら、言葉も発せない様子だ。


「いやぁ、あのさ、健ちゃん。健ちゃん。よく考えてね」

 

 わざとらしい手招きを繰り返した後、老妻は必死に喋ろうとするが、まだ笑いが収まらない様子で、代弁するように夫の方が懸命にこらえるように口を開いた。


「ぷっ……くくく……。そもそもも払う余裕があるのに、なんでわざわざ一般の民家に押し入る必要があるわけ? 一件につき、得られた儲けって数千万程度なわけでしょ? それについて何も不思議に思わなかった?」


 健吾の顔に当惑の色が滲み始めた。

 彼が頭の中で必死に考えをまとめようとすると、積木崩しのごとく横から妨害するように意地悪な老婆の声が続く。


「もお、殿下でんかともあろうお方が、御乱心ごらんしんを」


 夫の方が、ようやく話を総括するように言った。


「答えはシンプル。からだよ」


 その答えに、健吾だけでなく、話を聞いていた他の者達も茫然とする。


(……何を言ってる?)


 健吾の想像力が及ばない所で、走り始めた列車のごとく、話は先へ先へと進んでいく。


「普通に考えてみたら、わかりそうなものだけどねぇ。はチンピラじゃない。この日本という国の裏で暗躍するーだよ。そんな欲しさに平凡な民家に強盗を指示するわけないじゃない」


 妻の方がアイデンティティ崩壊寸前の健吾に、駄目押しの一言を放った。


というのが、テレビにはあるの知ってる? 健ちゃん」


 全く予想すらしていなかったワードに、健吾かれの口がポカンと開く。


「限られたトピックがあって、それにも優先順位があるんだよね」


 さらに揺さぶりをかけるように老夫が言った。


とも繋がってる。彼等から金をもらっていろんな仕事も請け負っているんだよ」


(……何の話をしてる? 政府? それが一体……どうしたってんだ?)


 頭の中で必死に事象関係を整理しようとするが、一向に纏まらずパニック状態の健吾に対し、さらなるが投げかけられる。


「どうしても伏せたいそういうものがあるんだ。そういう時に、人々の目を逸らすための手っ取り早い手段が、だ」


 健吾かれの理解は全く追いついておらず、目線は宙を泳いだままだ。

 すると、丁寧に解説するように老婆が得意気に呼び掛けた。


「健ちゃん。ようは、君が何処で何をどれだけ盗ってくるかどうかなんて、どうでもよかったの。国民の注意を逸らしてくれれば、それだけで十分」


 大広間が静まりかえる。

 出しぬけに発せられた壮大な話の内容に、健吾だけでなくその場にいた他のメンバー達も考える時間が必要だった。


「その証拠に」


 静寂をコントロールするかのように、いい間合まあいで右端にいたメイドが口を開く。


の指令もだったでしょ?」


 健吾は虚脱状態のままだ。

 そんな彼に対し、尚も無情な真実が襲い掛かる。


「私達は、陛下かれと取引をしている。このキリストプロジェクトへの。彼のやり方は、。自分の手足となり、身を粉にして働いてくれるする」


 すると、中央にいる老婆が右隣にいる自分の夫に向かって問いかけた。


「お父さん。彼で、殿だったかしら?」


 その言い回しに、健吾の両目が大きく剥かれる。

 老夫は大げさに額に手を当てながら思い起こそうとするような素振りをし、


「うーん。わしが知ってるだけでも、はいるからねぇ。多分、じゃない?」


 面倒臭そうに要約するように言った。

 

陛下へいかすごーい。ビッグダディも真っ青じゃない」


 素直に驚くように老婆が声を上げた。


「例えが古いよ、母さん。それに、ビッグダディは自分の息子を金だけのために、


 呪いのごとくその言葉の重みが健吾けんごの背中に圧し掛かり、それに耐え切れないように彼のたましいは宙を舞った。


(…………だって……?)


 精神と肉体の統合が失調しかけたところを、止めを刺すように老婆の言葉がその両者を分断した。


「金で奴隷にし、


 健吾の思考が完全に停止する。


はビジネスマンだ。常に損得勘定そんとくかんじょうのみで動いている。自分にとって利益になるか、ならないか。せっかく手塩をかけて育てた可愛いを、ただ同然でゴミ箱に捨てたりなんて勿体もったいない真似は絶対しない」


 になった健吾にさらに酷薄こくはくな言葉が発せられた。


「一億だ」


 意味不明なその内容について、健吾はもう考える余裕すらなかった。

 すると、


「私達がだよ」


 老婆がアクリル板越しに、健吾の目を真っ直ぐに見据えながら言った。


(……私達が……払った?)


 老婆がマイクを持ち直すと、それまでよりも大きい声で得意気に喋り出した。


「どうしようもないクズだった人間が一発逆転、救世主に変貌できるかどうか。私達がだ。結構な金額だろ?」


 完全に硬直したまま動かない健吾に対し、尚も夫婦の口撃は休まることはない。


「まぁ、陛下にとってはだから。実質、君はにすぎなかったってことだよ」


 自己防衛反応なのか。

 

 健吾は知らずに話を逆行ぎゃっこうしようとしていた――

 

 どこまで遡って、いけばいい……。


 そうだ。

 俺は殿……。


 唯一、自分のであった、その


 自分が歩けば、下の者達は自ずと道を開ける。

 自分が口を開けば、全員が恐怖に震え、こちらの顔色を伺う。


 それが……。

 それが……まさか。


 ふたを開ければ、あたかも、スーパーの店頭抽選で在庫処分に困ったような契約目的の携帯電話のごとく、――


 この感覚は、以前にも感じた事がある。


 大学のサークル内でバンドを組んで一年に満たない頃だった。


 サークルバンドだから大学構内でしか普段は演奏をしない。

 そんな中、自分達はまだ右も左もわからない外部がいぶのオーディションを受けた。

 

 その結果、なんと、見事インディーズレーベルとの契約に漕ぎ着けたのだ。

 メンバー全員が歓喜の声を上げ、肩を抱き合って大はしゃぎをしていた。


「これで俺達はプロだ」


 誰もが全員それを確信した。


 次の瞬間、レーベルの社長は、こう言い放ったのだ。


「まず、CDを出版するのに、


 小説家志望のコンテストとかでたまにあるとは耳にしていたが、自分達とはとしか思っていなかった。


 ああ……。


 大喜びしていた自分達が鹿だった。


 何処にでもありふれたゴミのようなを手に入れて大はしゃぎするがごとく。

  

 馬鹿みたいだ。


 本当の馬鹿だ。


 だ。


 殿


 自分が――


 健吾けんごの胸の内から、急に怒りが込み上げてくるのがわかった。


(あいつは……)


 自身の体が震えていることに気づく。


(あいつは……だと確信して、俺を選んだのか……)


 虚無感、喪失感、絶望感。

 希望を、一瞬で


 そのがあたかも心の内から聞こえてくるかのようだった。


「おーい。健吾けんごー。起きてるかー」


 バンバンと目の前でアクリル板を叩かれた音で、健吾の魂は瞬間的に自身の体に戻った。


「昔話はこれくらいにしておいて」


 すると、老婆はようやく自身の顔についている返り血を、手に持っていたハンカチで拭くと、仕切り直すように言った。


「さぁ、だよ。一億一千万払った私達の期待に応えてね。リーダー」


 突然、隣にいた老夫がズポンのポケットから何か小さなリモコンのようなものを出すと、それをアクリル板に向かって押した。


 すると、静まり返った大広間に「ウィーン」という機械音が発し始めたかと思うと、その透明板がゆっくりと上がり始めるのが見えた。


 全員が呆気にとられたまま、が、三メートルほどの高さのアーチ状のゲートを分断するように見える溝の中へと、滑らかに収まって行く光景を口を開けたまま見上げている。


 音が止まり、大広間とエントランスを区切る

 広間にいる全員が、意味もわからず隣り同士で顔を見合わせる。


(……え? 逃げて……いいの?)


 床に膝をつき項垂うなだれていた八郎が思わず身を起こそうとしたその瞬間、目と鼻の先に立っていた老夫婦二人が、広間の全員に向けるように銃口を構えたのがわかった。


 老夫ろうふの方が言い添えた。


「リーダー。見せてくれ。君が


 茫然自失の健吾は意味もわからず、まだ立ち尽くしたままだ。

 すると、メイドの女性が刃の先を少女の首筋から心臓の前に構え直した。

 その瞬間、離れて立っていた健吾けんごの目にも、彼女の蒼白な顔が恐怖で震えたのがはっきりとわかった。

 

 中央にいる老婆ろうばは言った。


だ。代わりに、あんたが来るんだ。救世主らしいところを見せな」                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        

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