第15話――黒歴史
不意を突かれ混乱しそうになっているリーダーに、追い討ちをかけるように
『
「
ハウリングとともに
「そう。夢は人に希望を持たせ、前へ一歩踏み出す
隣にいた
健吾の表情が引き
「いやいや、
スピーカーから
『バンド活動の
すると、老夫が素直に感心するように、
「やはり、リーダーの
と、しみじみと
すると、隣にいる老妻が少し溜息をついた。
「しかし、そんな彼にも、唯一欠落しているものがあった」
『それは、耐性です。この世の中で生きていくためには、
「その通り」
「この世の中。ポジティブだけで回っているわけではないからね。前に出る姿勢が毎回
隣にいた夫も同調する。
「そうそう、いるんだよ。この世の中には稀に。努力など一切しなくても何でもスイスイできちゃう人が。スポーツでも、仕事でも何でも」
笑みを浮かべて妻の方を向くと、彼女はゆっくりと
「そう。最初からできてしまう
老婆がマイクを持ちながら離れた場所でハンサムボーイに介抱され未だ立ち上がれないままでいる
『そんな中、彼に転機が訪れます』
天の声が、リーダーの心をさらに揺さぶる。
『勤務していた引っ越し会社の上層部に気に入られ、社員にスカウトされることに。しかし、当時の彼にとって、引っ越しのアルバイトは、自身の夢を叶えるための、ただの繋ぎに過ぎませんでした。だから、社員になるという選択肢は彼の頭の中には全くなかったのです』
「ここで、
解説するような
「陽キャの
老夫が少し無念そうに首を横に振ると、妻の解説が続いた。
「まずかったのは断り方だった。
再度、老夫の方に話を振ると、それまで直立していた彼は、まるで誰かを真似る様に
「……『いや、あの、自分はそんなつもりはないす。そういうのは嫌なんで』」
いつの間にか、穏やかな音楽も鳴り止み、
すると、
「そういうのは……?」
「ええ。そういうのは、俺的にないんで」
そこにいる誰もが、その語り口に耳を奪われ、口をポカンと開けている。
再びハウリングが響いた後に、老婆がマイクを持ち直し、呆れるように溜息をついて呼びかけた。
「
離れた場所で、棒立ちのまま放心状態で聞いていたリーダーの表情に、再び
「女にもモテモテ、夢にもまっしぐら、まぁ、大学は三流だけど、それは良しとして。あまりにも恵まれ過ぎて、相手を尊重するということを今まで覚える機会がなかったんだねぇ」
それも無理もない。
何故、今日数時間前に初めて会った老夫婦が、自分の過去のバイト履歴を知っているのか。
そして、その中で起こった細かな人間関係まで。
脳内で様々な疑念が、絶え間なく湧き上がる。
しかし、どんなに突拍子もない可能性を考慮したとしても、この老夫婦へと繋がる手掛かりは皆無だった。
「その日を境に、周囲の反応が全く変わってしまった。君に対する態度が」
「別に、断る事は悪い事ではない。問題は、君のその傲慢すぎる態度だったんだよ」
代わる代わる、嫌らしく
「そう。軽くあしらわれたことで腹を立てた
繰り返される不意打ちに、心のガードが完全に開いた
『それまで笑って許されていたような事でも、ある日、突如、重箱の隅をつつくように粗探しされ、
「そりゃ、びっくりするよね。それまで普通に仲良くしていた人達が全員、
健吾の反応を待たずに、次から次へと静かな虐待の言葉が紡がれていく。
「不意を突かれた
「あちゃー……その時の社員全員の表情が目に浮かぶね」
メイドが顔を
『「何勘違いしてんだ。あいつ」、その声が彼の耳に、はっきりと聞こえたのです』
容赦ない無情な「個人の晒し上げ」に、ただ
はたまた、その先の内容を聞きたいだけなのか。
大広間に
話を結論付ける様に、
『誇り高き
すると、最前に垂れ下がっていたスクリーンに、また何かが投影されたのがわかった。
床に手をついたまま、まだ体中の
(これは……、
再び
『真面目に働くことがバカバカしくなった
「が、またまた彼の前に、
わざとらしく無念そうな口調で語ると、老婆はマイクでの解説を続けた。
「元々、人に対して
天の声は追い討ちをかけるように、その赤裸々な内容を
『皆さんの記憶にも新しいかもしれません。路上で生活しているホームレスの男性の密着取材と称したその揶揄動画は、彼の夢を終了させるには十分すぎる内容だったのです』
「あれは本当に
老夫がしみじみと言うと、突然、スクリーンにそのサムネ動画の内容が流され始めた。
どこかの公園なのか、ブルーシートで覆われたテントが見えた。
すると、その前にマイクを持った青年が現れた。
髪は赤く、左耳に二連ピアスを左耳につけたその青年は、うっすらとメイクをしているのがわかる。
動画の中の彼は、断わりもせずに、その閉じられたシートを開き、中を覗き込んで言った。
『すいませーん。今、ホームレスの方に密着取材をしてまして』
スクリーンを見ていた八郎は、その声と喋り方でハッとするように、離れた場所で茫然自失のまま突っ立っているリーダーの方に目線を遣った。
映像は続き、テントの中から、
『……何だよあんたら! え? もしかして、映してんの! これ?』
男性が咄嗟にシートでテントの中を
『ちょっと、ちょっと隠さないでよ』
敬意の欠片もない口調で、赤髪の青年はそれを強引に開いた。
その瞬間、顔を隠そうとする男性の姿が映し出された。
嫌がる彼をカメラが
声も変えてなければ、モザイクもなしだ。
『何故、そうなっちゃったのか、経緯を聞きたいんですけど』
『おい! やめてくれ! 本当に!』
男性の悲痛な叫びを面白がるように、
『俺だったら、こんなの耐えられないんスけど、今、どうやって生活してるんスか?』
すると、映っていない場所から、スタッフの声だろうか、
『キャハハハハ』
と
『いい加減にしろ! てめぇら! 舐めんじゃねェぞ!』
あまりの
それでも尚、いい
『ヤバい! ヤバい! 今、
カメラ越しにスタッフに呼び掛けたのがわかった。
『ざけんな! この野郎!』
男性の怒りに油を注いだのか。
その
流石に身の危険を感じたのか。
赤髪の彼は男性を突き放そうと、反射的にその体を押した。
その勢いのまま男性は仰向けでブルーシートに突っ込み、そのテントがあっけなく崩壊したのがはっきりとわかった。
「あいつだったのか……」
スクリーンから離れた場所で見ていた白人の青年がボソッと
「youtubeを見ていた人は、誰もが知るニュースだね。普通は、ここで良心が痛むよね」
「普通はね。男性の
まるでリハーサルしているかのごとく、この上ない間合いでまた
『でも、
その場にいた全員の視線が、リーダーに対して一斉に注がれた。
目を向けられた当の本人の表情は完全に硬直している。
『炎上が炎上を呼び、バンドのチャンネルは呆気なくアカバンされるはめに。他のメンバー達も、さすがにこのままではマズイと動画での謝罪を提案するのですが、肝心のバンドリーダーであった
「まぁ、ここまで行くと元々
老夫が
「でも、そんな状況でも、まだ自分は大丈夫だと思えるって、やっぱ天才なのよ」
妻が手の平を夫に向けて曲げた。
『案の定、所属していた芸能事務所とレコード会社との契約を即断ち切られ、バンドは孤立無援状態になり、ファンが続々と離れ、解散宣言するまでもなく自然崩壊へ』
「ロックスターになる夢を完全に絶たれたわけですな。可哀そうに」
その
老人は、わざとらしく仰け反る素振りをし、両手を前に出しながら反応した。
「おーこわ。でも、君もホームレスの男性に対して全く同じ事をやったんだよ。どう? 悔しいでしょ? 怒りと憎しみと無念さで頭がどうにかなりそうだろ? ようやく人の気持ちがわかったかい? 健ちゃん」
「時すでに遅しだけど」
メイドが締めくくるように言い添えると、三人が一斉に乾いた笑い声を上げた。
それが収まるのを待つように、再び
『でも、これだけ社会から弾き者にされても、尚、
「いやー、ここまで来ると、天才を越えて、もう天然記念物だね」
老婆が
「そう。ここからが、本当の黒歴史の始まりだ」
老夫が嬉しげに笑みを浮かべ、
「人生を
「えー知らない」
老妻が血まみれの外見とは裏腹に少し可愛げに答えると、
「私、知ってます」
メイドの中年女性が会話に加わるように、得意気に声を上げた。
怯える少女に刃を突きつけたまま、開いた片手で指折り数えていく。
「闇金、闇カジノ、そして――」
すると、まるでクイズ番組のごとく、三人揃って一斉に答えを出した。
「闇バイト!」
決め台詞のごとく、
『そう。それが、居場所を失った
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