第13話――ゴースト

 リーダーは思った。


(これは、)


 何故だかわからない。

 ただ、あえて言うならば、でそう感じたのだ。


 気づかないうちに至近距離までしのび寄り、こちらの足と腕を完全に封印している。


 まるで、何処か軍の


 まさに今のこの状況を端的に説明するならば、自分のは、匙加減さじかげん一つで決まると言ってもいい。


 しかも、今、自分の手元にはじゅうがない。

 いや……。

 例えあったとしても、この状況で、まともに役に立つとは思えなかった。


 


 引き金を引く前に、その青白い両手で頸部けいぶひねられ、こちらが息絶えてしまう可能性は十分にあるのだ。


 言うならば……。

 そう、だ。


 息を殺しながらジッと制止している自分の体を品定めするかのように、その鼻息がはっきりと聞き取れる距離で臭いを嗅がれているような緊張感きんちょうかんとでも言っていい。


 変な動き一つでもすれば――


(いや……)


 咄嗟にリーダーは目をしばたたかせ、我に返った。


(ここでさらに、姿、この場においての自分の立場は、


 を大勢の前でさらされ、この場所での彼自身のステータスは、もはや崩壊寸前だった。


(さらに、見ろ。


 自身の分別では何もできない幼稚園児ようちえんじのごとく背後から手足を抑えられている姿は、他人から見れば、操り人形マリオネット以外の何者でもない。


 だ。


(……このおれが……)


 において、「殿下でんか」と呼ばれるまで登り詰めるために、様々な悪事に手を染め、キャリアを積み重ねてきた。

 

 それが、まさににして水泡すいほうに帰そうとしている。


 彼は必死に現実に意識をとどめた。


(……抑えられているのは……左腕と、右脚だ)


 まるで、地雷でも踏んでいるかのように、ゆっくりと音を立てないように、つばを呑み込む。


。空いている右肘みぎひじで、はらに一撃をかまし、離れた隙に――)


 ふと、自分のジャンパーの内ポケットにが入っていることに気づく。


(離れた瞬間に、こいつの足に突き刺してやる。それだけでも、動きが鈍くなるはずだ。そうなったところを……)


 もう一度、ここでの自分の威厳いげんを復活させるには、それしかない。

 あらためて、、を全員に示す時だ。


 リーダーは、に気づかれないように、ゆっくりと息を深く吸いこんだ。


(集中しろ。しくじったら終わりだ)


 頭の中ではやる気持ちを抑え、数を数え始めた。


(五……四……三――)


 耳元では、相変わらず「ピース―」と、鼻垢はなあかと呼吸がこすれる男の鼻息が聞こえてくる。


 それとともに、もはっきりとわかるようになった、その時だった。


(今だ)


 息を吐くと同時に、リーダーは全身全霊ぜんしんぜんれいを込めて、男の腹部に肘打ひじうちを入れた。


 その瞬間だった。


 彼は


 ぬかくぎ、とはまさにこのことを言うのだろう。


 に直撃したのは、はっきりと感じ取れた。


 しかし、まるで、、そのによって、衝撃インパクトが完全に吸収きゅうしゅうされたのが、はっきりとわかった。


 例えるならゴム人間、いや……


 まさに、これは、亡霊ゴーストそのものだ。


(一体……コイツは何なんだ……)


 そのまたたに引きずり込まれそうになるのを、リーダーは懸命にこらえた。


(ちっ! こうなったら――)


 なかばヤケクソにも近かった。


 素早く男から離れ、振り返って、ジャンパーのポケットからボールペンを出すと、一心不乱いっしんふらんにそれを振りかざした――


(…………!)


 思わず、その場で立ち尽くす。


 が、視界にはない。


 ふと、気づき、視線しせんを右方向へと動かした。


 茫然ぼうぜんとする。

 

 は、その場でひざを突き、うずくまっていた。


 その表情が、ちらりと見えた。


 くちびるを思い切り突き出して顔をゆがめ、ふるえながら悶絶もんぜつしているその光景は、おおよそ、どこかの国の特殊部隊員とは、姿


 リーダーは呆然ぼうぜんとしながら思った。


(…………よわ……)

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