第10話――啓示

 

 ホールにいた者全員が、呆然ぼうぜんだ。


 銀ジャンパーを着たリーダーの男が、その立ちはだかった透明とうめいかべに両手をついて、さっきとは人が変わったかのごとく必死の形相ぎょうそうを浮かべながら、大声で叫び続けている。


 一体、何が起きているのか? 


 入口付近で身を伏せたままの八郎はちろうは、固唾かたずを呑みながらそのリーダーの言葉に耳を傾けた。


「ばばぁ! ふざけんな!」


 そう叫ぶや否や、リーダーと銃を持った仲間達が、に向かって一斉に発砲はっぽうし、耳をつんざくような複数のズレた轟音ごうおんでホールにいた全員がまた頭を伏せた。


「パチパチパチ」


 頭上ずじょうから聞こえてきたその音で、銃声じゅうせいで耳鳴りを感じたままうつぶせになっていた八郎はちろうが、わずかに目線めせんだけを上げた。


 透明とうめいかべのすぐ向こうで、返り血を浴びた白髪はくはつ老婆ろうばが、向かい合っているリーダーに向けて拍手はくしゅを送っている。


(あれは、もしかして……二階にかいにいた……?)


 恐怖きょうふで打ちひしがれていたあの弱々しい姿とは、おおよそかけ離れたその衝撃的しょうげきてきな出で立ちに、八郎はちろうは開いた口がふさがらない。

 老婆ろうばは狂人めいた目つきで、うすら笑みを浮かべながら口を開いた。


「狙いは良かったですね。でも、この壁は防弾ぼうだんになってて、弾の無駄遣いになっちゃったけど」


 傍で見ていた八郎はちろうは、ようやくおぼろげながら状況をつかはじめてきた。


(まさか……が、ハメられたのか?)


 大広間で手足を縛られたままの者達も異変を感じ取ったのか、怪訝けげんそうに顔を上げようとしているのに気づくと、リーダーは癇癪かんしゃくを起こしたように天井に向かって発砲はっぽうした。


「床にじっと伏せてろ!」


 ホール内にその声が響き渡ると、壁の向こうの老婆ろうばがそれを引き継ぐように言った。


「そう、その通り。今は、状況を見守るのが一番。殿下でんか


 主導権しゅどうけんつかみ直したと思った直後に名指なざしでこき下ろされたリーダーは、顔に焦燥感しょうそうかんあらわにしながら、また透明とうめいの壁に向かって発砲した。


 すると、


「し――」


 優しく制止するように老婆ろうばは口の前に、人指し指を立てて言い添えた。


「そんなに慌てなくても大丈夫だいじょうぶ。今から、よりくわしい説明せつめいがあるから」


「……ボス……?」


 すると、


『ピンポンパンポン』


 フロア全体に業務連絡ぎょうむれんらくのようなが鳴り響き、リーダーが思わず辺りに目を泳がせた。


 どこかにスピーカーがあるのか。

 突然、静かなクラシック音楽が、ホール全体に流れ始めた。


 まるで、バッハの『G線上のアリア』を彷彿ほうふつさせるような穏やかな曲調きょくちょう

 恍惚的こうこつてきなメロディは、どこか宗教しゅうきょうっぽさも感じさせる。


 リーダーが視線を前に向け直すと、思わずギョッとした。


 老夫婦ろうふうふと少女を人質にしているメイドが、その体勢のままこうべれて瞑目めいもくしている。


 すると、曲をバックグラウンドに、やさしい女性じょせいの声が聞こえてきた。


みなさん。啓示けいじの時間です。心をさらにして、耳をかたむけてください』


 その包み込むようなおだやかないざないに触発しょくはつされるように、広場ホールに伏せていた者の多くが、いぶかしげな表情で、恐る恐るあたまを上げ始めた。

 すると、それに気づいたリーダーが、


「顔を上げるな!」


 と、ヒステリックに天に向かって発砲はっぽうすると、再び全員が地面に顔を押しつけた。

 それと、同時だった。


 アクリル板の向こうにいた老婆ろうばがカッと目を見開くと、透明の壁に向かって連続で引き金を引いた。


 意表を突かれたように目前の銃声じゅうせい吃驚びっくりしたリーダーは思わず身を屈め、自身を守るように両手で頭を抑えた。


だ! おとなしくしてな! 殿下ぼうや!」


 穏やかな音楽は、何事もないかのごとく広場に流れ続ける。


 辺りがシーンと静まりかえると、老婆は再び目を閉じた。

 スピーカーから、再びこえが聞こえ始めた。


『皆さん。あらためる時間じかんです。私の名前は、弥玻荃やはうえ


 何かのアナウンスのような優しく落ち着いた中年ちゅうねん女性の声だ。


『皆さんのこれまでの悪行あくぎょうつみあやまち全てを洗い流す機会きかいです。ここにつどったのは、不思議なえんで引き寄せられた方達かたたちばかりです。これはまさに、偶然ぐうぜんではなく必然ひつぜん


 全員息を呑みながら、ただただその話に耳を奪われている。


『でも、あやまちを犯す事はあくではありません。ひとみな迷える子羊こひつじ。大事なのは、そのあやまちに気づき、自ら懺悔ざんげし、また、新たなる一歩を踏み出す事です』


 ホール内の反響はんきょう気遣きづかっているのか、少しを置くと、こえは言った。


わたくしがそのをお与えいたします。これから待ち受ける様々な試練しれん。それこそが、皆さんに与えられた改悛かいしゅんです』


「……試練しれん……?」


 リーダーは、まだ状況が全く呑み込めていない様子だ。


『その試練を乗り越えた先にある。そこに向かって今ここにいる全員が足並みをそろえ、一歩ずつあゆみ出して行くのです』


「一体、何の話をしている……?」


 リーダーのそばにいた金髪坊主頭きんぱつぼうずあたまの男も、まゆひそめたままだ。

 彼らの思惑おもわくなど全く意に介さないように、穏やかな中年女性のアナウンスは続く。


『その光とは、皆さん自身がになるということです』


「……救世主きゅうせいしゅだと……?」


 リーダーの眉間みけんしわがさらに深くなった。

 は、さっきより少しだけ強調するように抑揚よくようをつけ始めた。


『来たるべきに備え、この中から、を七人選抜いたします』

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