第9話――プレゼン

 リーダーは少女の手を引っ張りながら、螺旋階段らせんかいだんを少し急ぎ気味にくだった。


 玄関ホールまで下りてきたリーダーの姿を見るや否や、スキンヘッドの側近そっきんが携帯を手に持ったまま近づいて来た。


ばあさんのスマホだ。かくし持っていやがった」


 渡されたそれを目にすると、その発信履歴はっしんりれきには、


『110 10分前』


と表示されていた。 


「ちっ……」

 

 舌打ちとともに、リーダーは即座そくざに言い放った。


「今すぐ、の準備だ。積み込み途中の物も全部置いて行け」


 すると、スキンヘッドは、アーチ状のゲートの向こうに目をり、

 

は、どうする?」


 困惑こんわく気味に問いかけると、リーダーはまよう様子もなく言い捨てた。


「ほっとけ。さとられなければ、


 そう言うと、内ポケットからかぎを取り出し、すぐ近くにある閉じられた玄関げんかん木製扉もくせいとびらを開けようとした。

 即座そくざにスキンヘッドが、大広間ホールの入口付近に集まっている仲間なかま達に事情を伝えに行こうと、足を早めようとした。


 その瞬間、それまで顎鬚あごひげ男に抑えつけられていた白髪の老婦人ろうふじんがスキンヘッドの足にしがみついた。


主人しゅじんかえして!」


 思わずスキンヘッドは前につまづきそうになり、すんでのところでなんとか踏ん張って持ちこたえた。


「……! くっ! ババァ!」


 顎髭あごひげの男が、その背後から老婦人ろうふじんの手を強引に振りほどこうとする。しかし、夫人ふじんはよほどスキンヘッドの男にうらみがあるのか、意地いじでも離そうとしない。

 急いでいる所を邪魔されたスキンヘッドが、怒りを抑え切れないように下腿かたいつかまれたまま、そのひざ老婦人ろうふじん顔面がんめんに命中させた。


邪魔じゃまだ! どけ!」


 何度もそのせ細った顔を膝蹴ひざげりするが、まるで執念しゅうねんりつかれた亡霊ぼうれいのように離れない。

 老婦人ろうふじんの顔からは鼻血はなぢが流れ、そのほほは次第に赤みでれあがっていった。


主人しゅじんを返して! この人殺ひとごろし!」


「知るか!」


 焦りと怒りが抑えきれないスキンヘッドは老婦人ろうふじんの髪の毛をむしり掴んで、尚も怒声どせいを張り上げた。


「いい加減にしろ!」


「お父さんを返して!」


 涙交じりの悲鳴を上げる。


「うるせぇんだよ!」


 罵声ばせいと共に、スキンヘッドのこぶし老婦人ろうふじんはなに直撃した。


 夫人はそれにもひるまず、尚も絶叫ぜっきょうした。


「お父さん! 帰ってきて!」

 


 突然、背後から聞こえたに、スキンヘッドは振り返った。


 思わず茫然ぼうぜんとする。

 それも、無理はない。


 目の前に立っていたのは、数十分前、二階の物置部屋ものおきべやの中で、自分が殴打おうだを繰り返した挙句あげくの果て、床に横たわったまま動かなくなった、頭から血を流した老夫ろうふだったからだ。


 二階の部屋の中で、暴力ぼうりょくに震えていた、感情が抜けきったように無表情だ。


 何が起こっているのか全くわからず、スキンヘッドはその場に立ち尽くしたままだった。


 ふと、足にしがみついていた老婦人ろうふじんちから強まったのがわかり、そちらに向き直った。


 顔を地面に伏せ気味だったが、わずかにが見えた。


 その口元は、ほのかに

 

「今よ」


 老婦人ろうふじんが口走ったと同時に、スキンヘッドの背後にいた老夫ろうふが、すぐそばに置かれていた何世紀も前を彷彿ほうふつさせる西洋鎧プレートアーマーわきに差さっていたさやから、を抜くと、躊躇ためらいもせず、彼の背中に向かって


 そのやいばは、彼のどうを滑らかに貫通かんつうし、反対側の胸の中央から姿を現した。


 スキンヘッドが茫然ぼうぜんと自分の胸から突き出たを見つめる。


「…………あ…………」


 次の瞬間、剣先けんさきが元に戻るようにどうの中へと引っ込むや否や、せきを切ったように、胸部きょうぶから大量の血が吹き出した。


 辺りに真っ赤な血しぶきを噴霧ふんむしながら、うつろな目をしたスキンヘッドの体は少しだけよろめいた後、仰向あおむけのまま地面に崩れた。


 かぎを開けようとしていたリーダーは、ただただ唖然あぜんとしている。

 一体、何が起きているのか。

 その場にいた銀ジャンパー達には、まだ状況が把握はやくできないままだ。


 すると、茫然ぼうぜんかえを浴びていた顎鬚あごひげ男の背後から、そのくびが巻き付けられた。


 茶色ちゃいろのロープだ。


 咄嗟に異変を感じ、顎髭あごひげは後ろを振り返ろうと、必死にもがき始めた。


 リーダーは、まだ茫然ぼうぜんとしている。


 ついさっきまで、二階で今にも恐怖で押しつぶされそうな表情をしていたが、顔に返り血を浴びているのを一切気にも留めないように、表情一つ変えず顎鬚あごひげ男のくびを締め上げている。


 男は懸命けんめいにそのなわに手をり引きがそうとするが、その意志とは裏腹に、ロープはさらにいっそう自身の頸部けいぶに食い込んで行く。


 全身を震わせ、激しい痙攣けいれんと共に、完全に酸素の供給を絶たれた男の動きが止まると、その体は動力どうりょくを失ったように両膝りょうひざをつき、ロープを首に巻き付けたまま受け身も取らずに顔面がんめんから倒れた。


 ようやく、リーダーが状況を察したように、目をしばたたかせ、我に返った。

 左手に持っていたオートマティックじゅうを上げると、そのメイド目がけて発砲はっぽうした。

 しかし、まるで予測していたかのように、その中年女性はそばにあった西洋鎧プレートアーマーたてで、その弾丸だんがんを跳ね返した。


「こっちだよ」


 その声でリーダーが顔を動かすと、さっきまで死に物狂いでスキンヘッドにしがみつき痛々しいまでの悲壮ひそうな表情を浮かべていた白髪の老婆ろうばが、まるで別人のごとくピンとした背筋せすじを張って、こちらに銃口じゅうこうを向けていた。


 リーダーが咄嗟に身を屈めると、轟音ごうおんとともに、弾丸が木製の扉をえぐった。

 彼は膝を曲げたまま、必死にそのドアノブをひねる。

 しかし、かぎは開けたはずなのに、ピクリともしない。


「……くっ!」


 立ち上がり、衝動的にその老婆ろうばに向かって発砲したが、いつの間に手渡されたのか、夫人ふじんはその金属製の手楯てだてで自身を防御ぼうぎょした。

 そのわきから、銃口をこちらにのぞかせているのに気づき、リーダーは反射的に、横方向へ飛び、身をひるがえした。

 地面を転がると立ち上がり、素早く態勢を立て直そうとし、顔を上げた時だった。


 目前もくぜん老夫ろうふが立っていた。

 を見て、リーダーは咄嗟に身を屈めた。

 と同時に、老人ろうじんが持っていた長尺ちょうじゃくけんが左から右方向へとかぜの音を立てながらくうを切った。

 間髪かんぱつ入れず、老夫ろうふは両手でけんを持ち上げ、その矛先ほこさきを地面に伏せているリーダー目がけて突き立てた。

 きわどいところで、リーダーは後ろへでんぐり返り、やいばは大理石の地面に突き刺さると、その欠片かけらが飛び散り、地面にひびが入った。


 リーダーがすぐさま身を起こすや否や、けたたましい轟音ごうおんと共に弾丸が彼のほほかすめ、背後の壁に跳ね返った。


 身の危険を感じ取り、彼は大広間おおひろまの方へ逃げ込んだ。

 ホールに足を踏み入れたその瞬間だった。


 ドアのないはずの、その高さ三メートル近いアーチ状になっているローマンコンクリート製のゲートの上から、凄まじい勢いで、が落ちてきて、リーダーは反射的に、その場から飛び退いた。

 その落下とともに、ホール全体に揺れるような震動しんどうが響き渡り、広間ひろまで伏せていた者達が、何が起きたのかわからず次々と顔を上げた。


 身をらせたままだったリーダーが、尚も唖然あぜんとした表情で、その眼前がんぜんにあるを目を見開きながら眺めている。


 アクリル板のように、をはっきりと見通すことができ、全身血まみれになった老夫婦ろうふうふとメイドの姿を確認することができた。

 よく見ると、そのアクリル板には、まるで、刑務所の面会所にある仕切りのように、小さく丸い穴が円を描くように中央に複数、穿うがかれている。


んでにいるなつむし~」


 その仕切りの向こうにいる血まみれの老婆ろうばが、狂人めいた目つきでほくそ笑みながら、さらに言い添えた。


「さぁ、の始まりだ」


 すると、そのわきから、中年のメイド女性が足を前に踏み出し、彼女の腕の中で、今にも恐怖で崩れそうな表情のまま拘束されている黒髪の少女しょうじょやいばを突きつけながら、アクリル板の向こうにいるリーダーに向かって言い放った。


「何か言い残したいことは? 死ぬまでにできるようにしておきな」

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