第6話――岐路
「なんで、ジャンパーを着てないのか、聞いているんだよ」
しかし、
さすがに、
「ポケットの中身を出せ」
すると、何故かその質問には
表情一つ変えずに両手で自身のポケット内をまさぐる光景は、周囲の誰から見ても不気味という表現しか見当たらない。
突然、男は動きを止めた後、ゆっくりとポケットに入っている物を取り出した。
目の前に
「……他には?」
男はそれには答えない。
さすがに我慢できなくなった
「ピ――」
その音は、ちょうどネイビー色ジャンパーの右ポケット
「まだ残ってるぞ。全部出せと言ったはずだ」
それでも男は、表情一つ変えずピクリとも動かない。
その手が止まり、ゆっくりと引き出される。
長髪男の表情がさらに険しくなる。
「……これは、どこの鍵だ?」
その銀色の使い込まれたアンティーク
「どこで、手に入れた?」
すると、男は口を開いた。
「二階のドアに差さっていました」
その場が一気に静まり返った。
あまりに予想外の答えに、
「……
検査役二人は
すぐさまパンチパーマの方が鼻で笑うような
その
「ええ、ドアの鍵穴に差ささったままでした」
「……仮にそうだとして、何故、それをあんたが持ってる?」
「……
「は?」
長髪男が
「私の判断が間違っていました」
何度も意表を突かれ、
「こいつ、おもしれぇな」
すると、それらの
「完全な
その瞬間、検査役二人の顔から完全に笑みが消えた。
「ええ。大きな
背後から聞こえたその声で
リーダーは、ネイビー色のジャンパーを着たその男性の前で立ち止まり、澄ました表情のままあらためて問いかけた。
「部屋の中には、入られたんですか?」
男はリーダーの両目を感情味のない表情で見つめ返すと、
「ええ。少しだけ」
「少しだけ?」
「部屋の中にあるものに興味を持ったのですが、急に
リーダーの背後で控えていた長髪とパンチパーマの表情が、さらに
しかし、彼らのボスは
「で?」
「トイレから出てきたら、あちらの中年男性が部屋の前に立っているのが見えて」
男はそう言って、離れた場所でスキンヘッドに腕を掴まれたままの
「な……!」
八郎の反論よりも先に、男は言った。
「彼もドアを開けて、部屋の中に」
(お前が入れって
尚も体中が
「……そもそも、何故、二階に? 全員一階の作業を指示されていたはずですが」
「
しばらく黙ったまま男の顔を見つめていたリーダーだったが、
「皆さん。大変、お
その言葉に、ホールに集まっていた者達が、再びざわめき始めた。
リーダーは、それを制するように尚も冷静な口調で言った。
「ただ、この件に関しては
(嘘つけ……行くのは、土の中だろうが……。……つーか……達って、なんだよ……)
すぐさま、自身の生命の危機がすぐそこまで
(俺も一緒にってことかよ! 冗談じゃねェ!)
しかし、やはり体が思う様に動かない。
例えるならボクサーに思い切り殴られたような感覚とでもいうのか。
「もう一度申し上げますが、指示された場所以外に決して立ち入らないようあらためてお願いいたします」
八郎の恐怖などお構いなしに、リーダーは両手を叩きながら、この場を丸く収めていく――
「検査は終了です。引き続き、皆さんは自分の仕事に戻っていただいて結構です」
「誰だよ。全く、とんだとばっちりだな」
プードルヘアが
周囲の者も、
指示通り
「こっちへ来い」
パンチパーマの
何を考えているのかわからない無表情で
「いい
その言葉に
「いや。お前のことじゃねぇって。いちいち、過敏に反応するなよ。日本人」
再び二人の間に
「ちょっとちょっと! もう、やめなさいってば! 仕事しに来てんでしょ!」
スーツの女性が慌てた様子で二人の間に割って入ったその時だった。
「誰か――――! 助けて――――!」
その悲痛な
ホールの入口付近で
自分の頭上にある白いコンクリート製でアーチ状になっているゲートのさらに向こう。
だだっ広い玄関口のタタキには、無数の脱がれた
今、ホールに集まっている作業員達のものだろう。
八郎が気を奪われたのは、それらではなく、来た時には開放状態のままになっていた何世紀も前を彷彿させるようなその木製扉はいつの間にか閉じられており、それに向かって必死に両手を叩きつけて叫び声を上げている女性だった。
「主人が! 主人が! 人殺し――! 誰か―――助けて――――!」
二階で縛られていた
「……ちっ……!」
その舌打ちで振り返ると、いつの間にか黒髪を下ろしたリーダーが戻っていて、即座に
「取り押さえろ」
ホールで
玄関からかなり離れていたが、そこにいた誰の目にも、その夫人が助けを求めている事は明らかだった。
「……ちょっと……、もしかして、これって……」
スーツ姿の女性が目を見開きながら、その先を言い
「どうやら俺達は、ハメられたらしい」
キャップ姿の白人男性が悟ったような
「……
プードルヘアの表情に、初めて緊張が宿る。
スーツの女性は、まだ状況を受け入れられない様子で言葉が出ず、その場から一歩も動けず地面に
女性は激しく抵抗し、続いて、もう一人の男も、反対方向から押さえつける。
スーツの女性の脳裏にふと、いろんなフラグが
以前、ニュースで見たシーン。
ある
家にいる所を
茶髪でも金髪でもなく、見た感じ、どこにでもいそうなOL。
(どこで、どう道を間違えたんだろうね)
すると、今度は抑えきれないように、次々と、自分自身の仕事の
彼らは、記者のインタビューで、声を変えられていて、次々と口走る。
変声された高い声だ。
『仕事もできるし、周りからは
次は低音の男性の声。
『お金に困っているようには、見えなかったんですが……。スタッフに対しても
『残念です』
そのリフレインが頭の中で響き渡り、次第に小さくなっていく。
それとともに、自分自身のそれまで築き上げてきたアイデンティティも
その暗闇の中で、浮かび上がってきたものがあった。
両手で顔を抑え、言葉も発せず、ただただ
自分の母親だ。
その瞬間、彼女は我に返り、必死に
(じょ……冗談じゃない!)
目が覚めたように周りを見回すと、全員が知らされているわけではないのか、銀ジャンパーの者達も
咄嗟に、ポケットの中の
(早く……! 警察に!)
そう思って、取り出そうとした瞬間だった。
ホール内の
「きゃあぁぁぁぁ――――――――」
男性と女性の悲鳴が入り混じり、全員咄嗟にその場で身を
頭を両手で抱えたまま、スーツの女性は見開いた目で、前方に目を
視線の先には、さっきまで温和な表情で全員を
あれは……
彼は、さっきとはまるで別人のような冷たい表情でホール内に響きわたる声で言った。
「全員、
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