12 さよならの時がやってくる(2)

「勇者」


 道理で強いわけだ。

 あんな狐なんてザコってわけだ。


「そう。魔王は、北の山脈の向こうで、魔族と魔物を従えて、人間を駆逐しようとしてる。それを止めるのがあたしの仕事ってわけ」


「大変そう……だね」


「まあね。けど、出来るのあたししか居ないから」

 そう言って、パピラターは少しだけ遠くを見る。


 プルクラッタッターは、心臓がドキドキした。


 パピラターは、あれよりも大変な戦いをしに行こうとしてるの?

 それって……大丈夫なの?

 こんなとき……なんて言えばいいの。


 何か。

 何か。

 何か……。


「ふふっ」

 パピラターが、困ったように笑った。

「そんな顔しなくても、あたしなら大丈夫」


 プルクラッタッターが見たそのパピラターの笑顔が、少しだけ儚く見えたから、なんだか目が離せなくなる。


「あ……うん」


 プルクラッタッターも、気を取り直して微笑んだ。

「頑張ってね」


「うん。終わったら、また、何処かで会いましょ」


「うん、またご飯食べよう」


 二人には分かっていた。

 また会うのなんて絶望的だ。


 どちらも帰る場所があるわけじゃない。

 約束もできない。

 待ち合わせ場所もない。

 二人とも、行くべき場所へ行ってしまう。

 今、離れてしまえば、会う確率なんて殆どない。


 それでも、“さよなら”はなんとなく嫌だから、“またね”と言うしかなかった。


 それから、パピラターが紹介した雑貨屋の前で、二人は向かい合う。

 向かい合うってことは、それぞれの行く道が違う方向になったということだ。


 ほんの数時間一緒にいただけの女の子。

 別に、別れるなんて、なんて事はないはずだ。


「じゃあ、またね」


 そうパピラターが言ったので、


「ばいばい」


 と、プルクラッタッターも小さく手を振った。

 ロケンローは、プルクラッタッターの頭の周りでふわふわと空中で揺れていた。


 これ以上特に何も言う事はなくて、あっさりと二人は別れた。


 数メートル歩いた先で、パピラターは後ろを振り返る。

 まともに誰かと会話をした事なんて、ものすごく久しぶりだった。

 誰かと一緒に食事をしたのも、笑ったのも。


 パピラターには、プルクラッタッターの背中が見えた。

 ついでに、小さな黒いドラゴンも。

 心の中で小さく「ばいばい」と言ってから、パピラターはまた歩き出した。


 雑貨屋の扉の前で、プルクラッタッターは後ろを振り返る。

 助けて貰えなかったら、今頃、狐のご飯になっていたかもしれない。

 今、安心出来ているのは、あのかわいい魔女さんのおかげだった。


 プルクラッタッターには、パピラターの後ろ姿が見えた。

 闇の色のローブ。

 どこに魔王の手下がいるかわからない状況だから、あまり姿を見せられないのかなと、今なら思う。


「よろしくお願いします」


 雑貨屋に入り、店主に挨拶をした。

 店主は、おばあさんにはまだ到達していないくらいの女性で、すこしキリッとした雰囲気の人だ。


「よろしくね。名前は何て言うの?」


「プルクラッタッターです」


「ん?」

 店主が、眉を上げてこちらを見た。


「……プルクラッタッターです」


「プルクラッタッター?……変わった格好なら、これまた変わった名前だねぇ」


「…………」


 パピラター……?

 ちゃんとした名前、付けてくれたんじゃないの!?



◇◇◇◇◇



プルクラッタッターって長くて呼びづらいかなと思っていましたが、意外とそうでもないかもしれない?

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