お人好しな僕と、恥ずかしがり屋な柏田先輩

ラムココ/高橋ココ

第1話 プロローグ

「大丈夫ですか?」


 たった一言。声をかけた時は、僕たちがこんな関係になるなんて予想なんかしてなかったけれど。


 この言葉が、僕たちの密かな関係のキッカケだった。




♢ ♢・・・・・♢ ♢




 この日、僕は上司から意味不明な、理不尽な叱責を受け、よく分からぬまま、大量の仕事を押し付けられ、予定になかった残業をするハメになっていた。


 時刻が九時を過ぎた頃、尿意を覚えたため席を立ち、男性トイレに向かう。


 しかしそこで僕は、思いもよらぬ人物が男性トイレ前の壁に座り込んで自身の膝に顔を埋めているのを見た。


「あの・・・・・大丈夫ですか?」


 鼻を啜る音が聞こえてきたため、どうやら泣いているらしい。


 座り込んで泣いてるのは女性だった。泣いている女性を放置しては男として面目ない。放置できず、僕は声をかけた。


 女性が僕の声に顔をあげる。しかしその顔を見て僕はビックリしてしまった。


「・・・・・・・柏田先輩?」


 柏田遥夏。僕より2年先に入社した先輩。だが、彼女は社内では腫れ物のような扱いを受けている。僕も話したことは一度しかない。


 なぜか。それは彼女の態度に起因する。柏田先輩は先輩であろうと上司であろうと、自分がおかしいと思ったことは必ず口にするからだ。僕も以前2回ほど、彼女の部署に用があり行ったとき、彼女が上司に淡々と反論しているのを遠巻きに見かけたことがあった。


 ただ僕が見かけた時は、状況や彼らの発言から察するに、彼女は何らおかしいことは言っていないように思えた。


 柏田先輩が上司にあれだけ楯突くようなことを言っても彼女をクビにできないのは、上司に対して彼女が言う言葉がどこもおかしくないのと、なまじ仕事ができるせいだろう。いくら態度に問題があっても仕事ができる優秀な人間を手放すのは大きな損失だ。

 仮にも上司をやっているだけあって、僕の上司も柏田先輩の上司もバカではない。


 彼女を失うことで出る会社の損失と、態度に問題はあるが会社に貢献してくれる人材。どちらを取るかなんて、天秤にかけるまでもないことだろう。


 実際、そう上司に考えさせるぐらいの貢献を彼女はしている。


 僕たちが務めている会社はそれなりに名の知られている中小企業だ。僕は経理部で、彼女は営業部。


 柏田先輩は交渉スキルが高く、それを活かして会社の商品の売り上げに大きく貢献してくれているのだ。


 ただ、これらのことはこの会社に勤めている者ならば誰でも知っていること。彼女の性格など細かいことまでは知らない。

 柏田先輩の部下である友人によると、いつも無表情で感情をあまり表に出さないけれど面倒見が良くて良い人、らしい。僕は全く会ったことなんかないから、それがほんとかどうかは分からない。

 けど、柏田先輩の部下で何度も接したことのある彼が言うことだから、本当にそうなのかもとも思う。


 そんな、友人を通してしか彼女について聞いたことがなく、直接の接点なんて今まで皆無だった僕は、さらに、感情をほとんど表に出さないと聞いていた僕は、泣いている柏田先輩を見てとても驚いた。


 

 なんだ。ちゃんと感情出してるじゃないか。


 

 顔を上げた柏田先輩は、僕に、知らない人に泣き顔を見られたのが恥ずかしかったのか、再び、顔を埋めてしまった。


でも、もう鼻を啜る音は聞こえてこなかった。

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お人好しな僕と、恥ずかしがり屋な柏田先輩 ラムココ/高橋ココ @coco-takahashi

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