ツワモノだから知っているのか、知っているからツワモノなのか

「うんにゃ。また、聞こえていたわけ」

「……」


 どう切り返せばいいか、短い時間で必死になって考えてみたところで切れ者の彼女に敵うはずもないか。そんなことを今更ながら実感しつつ、あくまでも軽く、シレッと述べる矢野千里の姿をじっと見つめ返してみる。相変わらず人を惹きつけてやまない整った顔立ちと細長い手足を眺めていると、芸術品を眺めているような錯覚に陥ってくるから不思議なものだ。


 矢野ちゃんは外見だけでも人を惹き寄せる要素が盛りだくさんだ。だけど、矢野ちゃんの人を惹きつけてやまない真の魅力は、ふわふわとした可愛らしい外見からは想像も付かない竹を割ったようなあっさりとした男前な性格を持ち併せていることに尽きるだろう。事実、フランクで人当たりが良く、情に厚いとはいえネチッこさの影さえ見えないあっさりとした性格の矢野ちゃんは性別問わず絶大な支持を得ている。そんな矢野ちゃんは正真正銘、まさに我が校随一のモテ女と言っても過言ではないだろう。

 事実、矢野ちゃんの傍では矢野ちゃんを巡る争いがしょっちゅう発生しているし、実際いつ見ても矢野ちゃんの傍には大勢の人がいる。そういった視点で考えれば、矢野ちゃんの単独行動を目撃すること自体が大変レアとも言えるだろう。


 ならば、矢野ちゃんに告白絡みの現場を目撃され続けていること自体は災難とは言え、目撃時に矢野ちゃんが単独行動をしていたことにのみに焦点を合わせれば……。大勢の生徒たちに目撃されずに済んだ事実だけに目を向け、不幸中の幸いと捉えた方が幸せになれるかもしれない。

 とは言え、気持ちを切り替えてみようとしても、何度も告白現場を矢野ちゃんにも目撃されれば、地味にヘコみもするし、頭だって痛めてしまう。だけど、それは矢野ちゃんが嫌いだからというわけでは決してない。むしろ、矢野ちゃんにだけは下手な同情をして欲しくないからこそ、思うわけで……。


「しっかし、坂下ちゃん。ホントにモテモテだねえ」

「…………」


 いや、だから。

 我が校随一の正真正銘モテ女が言っても薄っぺらいから!

 それに矢野ちゃんが言うほど、告白された回数が多いとも思っていないから!


 などと、ツッコミを入れることさえ面倒に思えてきたらおしまいだ。それこそ矢野ちゃんに主導権を握られてしまうだろう。しかし、真のモテ女の矢野ちゃんにモテ女と茶化されることほど、気恥ずかしいものもないだろう。今まで、私の告白現場に矢野ちゃんが驚異的に出くわした確率を改めて考えれば考えるほど、冷静な切り返しなんて出来そうになかった。


「ま、坂下ちゃんは自覚が一切なさそうだけど……。他人に告白現場をこんなに目撃されるなんて、モテるからこその副産物だと思うけどね」

「……」


 矢野ちゃんの発言を受けて、まず否定的な感情を持ち合わせることはなかった。

 でもそれは矢野ちゃんが人気者であるが故の盲目的な信頼を寄せているわけではない。矢野ちゃんが人気者であるが故に様々なタイプの人たちと関わりを持っているからこそ研ぎ澄まされている洞察力に惚れ込んでいたからに他ならなかった。


 しかし、矢野ちゃんの洞察力にどんなに惚れ込んでいたとしても、今の矢野ちゃんの発言には賛同しかねる。

 確かに、告白現場に何度も居合わせ続けていれば、否が応でも『モテる』というフレーズを連想してしまう理屈も理解はできる。だが、私には矢野ちゃんの導き出した結論だけはどうしても納得することが出来なかった。


 実のところ、矢野ちゃんに告白現場を何度も目撃されている要因として自分が考えている可能性は、単純に脇が甘くて、詰めが甘いが故の結果だと捉えている。そもそも、矢野ちゃんに告白現場を目撃されるケースは思いのほか多く、ほぼ百発百中に近い確率で目撃されている。その状況を鑑みれば、それ以上の答えもそれ以下の答えも必要ないだろう。

 実際、ストーカーでもない限り、告白現場を目撃した回数を脳内で上方修正した回数を真の告白回数として算定するケースが圧倒的に多いだろう。


『偶々、遭遇した時にさえ告白されていたのだから、きっと見ていない時にも告白されているに違いない!』


 私が目撃者側に立ったと仮定すれば、上述の思考に陥る可能性は濃厚だ。

 だからこそ、矢野ちゃんばかり責めるのはお門違いと思っているし、脳内で算定する極めてパーソナルな思考回路に口出しすることも憚られる。……と言うわけで、こういった『こちら側の事情』も相まって、結果として矢野ちゃんの勘違いは未だに続行中である。

 しかし、告白してきた相手に尋常じゃないエネルギーを使ったばかりのヘトヘトな状況で、何が悲しくて墓穴にしかなりかねない告白回数に関する話題を真のモテ女である矢野ちゃんに対して述べなければならないのか……。と、頭に過ぎるからこそ、勘違いを解消するためのアクションを起こすことに積極的にもなれなかった。


 とは言え、否定せぬまま聞き流すことも苦行、否定する行動を起こすことも苦行という状況は思いのほか厄介である。まるで過酷な罰ゲームを藪から棒に割り振られてしまったような理不尽さが否めない。

 それにしても、いったいどうしてこんなややこしいポジションに収まってしまったのだろうか。当て所もない答えを求め、白昼堂々脳内でトリップしかけた瞬間。不意に目の前に見えるセカイがグニャリと音を立てて、歪んでいく感覚に襲われる。


「…………」


 矢野ちゃんに返事をしたくないわけでもない。ましてや、怒っているわけでもない。それでも解せない表情しか浮かべることが出来ずに言葉を詰まらせてしまう。

 まるで理想と現実の狭間でもがき続けている自分のように、セカイが歪んでいく感覚を平常心で処理できるほど、悔しいけれどまだ大人になりきれていないのだから。


「それはともかく、坂下ちゃん!」

「?」


 矢野ちゃんの発言に同意することなく人知れず絶望している私とは対照的に、彼女は実にマイペースに語り続ける。とは言え、先ほどまでの飄々とあっけらかんと語っていた矢野ちゃんが、不意に真剣なまなざしを向けてくるから思わずたじろいでしまう。美少女が向けてくる真剣なまなざしには、恐ろしいほどの力が秘められている。きっと矢野ちゃん自身も生まれながらに持ち合わせている力の凄さを嫌という程、実感しているのだろう。

 実際、矢野ちゃんは自分が物事に対して真剣に向き合う姿を他人に見られないように最善の注意を払っている傾向があったりする。他人に対する気配りに長けた性格を加味して考えるなら、恐らく矢野ちゃんなりに他人に対して極力影響を与えないために配慮した気遣いの表れと言っても過言ではないだろう。


 そんな他人に優しく、そして自分に対してストイックな矢野ちゃんの真剣なまなざしを目の当たりにして、怯まずにいるなんて無理な話ではないだろうか。

 矢野ちゃんからの発言をビクビクしつつ、待つ時間は恐らく秒単位だったはず……。だけど、胃をキリキリと痛めつつ待ち続ける時間は、とてもとても長い時間に感じていた。

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