逆走シンデレラ

@r_417

傍らに舞台あり

 避けようとして避けられるものでもない。そうかと言って、願ったところで簡単に与えられるものでもない。そんな青春の代名詞である有名な告白という舞台の上に、私は今まさに無理やり担ぎ出されていた。


「坂下さん、好きです。付き合ってください」

「……」


 新学期の気忙しさから解放された清々しい五月の放課後。

 ストレート且つシンプルな好意の表明とともに端的に用件を述べるあっさりとした告白は、五月晴れの清々しい空とリンクする爽やかなロマンスの幕開けを予感し、胸を高鳴らせる絶大な威力を備えていることだろう。実際、そんな人たちにとっては堪らないシチュエーションであることは重々承知の上でぼやかせていただきたい。はっきり言って、一方的な好意ほど迷惑なものもまたないだろう。

 とは言え、そんな本音を口にしてしまえば、皆がドン引きすることは確実。そう分かっているから口を噤んでいるだけで、実のところ物凄く迷惑していた。


 さて、今回のターニングポイントはいったいどこだったのだろう。

 やり直すことなんて叶わない過去を憂いて、考え込むことなんてあまりにも非生産的なことだ。それより『今』という瞬間をどうやって切り抜けるべきか、全力で答えを導き出すため躍起になる。

 尤も、迷惑という感情はあくまでも興味が湧かないことに対しての感情に過ぎなくて。相手の行為そのものを煩わしいと嘆く意味合いは微塵も含まれていない。と言ったところで、これほど散々な言い草ばかり並べていては信憑性など皆無と思われる方もいらっしゃることだろう。だが、私の中であくまでも興味が湧かないことに全力で迷惑している気持ちが溢れている事実に嘘も偽りも一切なかった。


「…………」


 しかし、誰も寄り付かないジメジメとした雑草生い茂る校舎裏……。などではなく、爽やかな風と心地よい日差しを味方につけるべく、図書館へ続く手入れの行き届いた中庭のベンチで語るシチュエーションをキッチリと抑える辺りの絶妙なチョイスは純粋に感心するものがある。きっと相手は恋愛上級者と踏んで、間違いないだろう。

 適度な人通りもあり、当事者が深刻な空気さえ生じさせなければ他人がスルーする確率が極めて高い絶妙な場所でもあり、他人に聞き耳立てられる心配もいらない絶好なスポットであるという三拍子揃ったロケーションをチョイスする腕は素直に感心する。

 だが、やはり微塵も相手に食指が動かない。だからこそ、あくまで低姿勢で私は答えていく。


「……ごめんなさい、付き合えません」


 『付き合ってください』とのストレートな告白に対して、ストレートな返事をすることほど、こじれにくい良回答もまたないだろう。そんなことを思いつつ、勝負に出る。

 そもそも好意を伝える行為には、須らく敬意を払うに相応しい価値がある。そう私は信じている。だからこそ、相手の好意を無下に扱うことだけはしたくなかった。……し、ふざけてあしらうこと以上に失礼な対応もまたないと思っていた。


 だが、《相手の気持ちを受け入れること》なく《敬意を払うこと》を両立させることは意外と難しい問題だったりする。事実、相手の好意を否定する行動が浮き彫りになるが故に、些細な言動が後々にまで尾を引くキッカケを作るケースも多い。だからこそ、返答する内容以上に態度は特に気を付けていたいものである。


 しかし、だからと言って、無闇矢鱈に下手に出る必要性もまたないだろう。実際、ツケ上がるタイプの相手に対して低姿勢で応対した場合には後々トラブルに巻き込まれるケースもあるからだ。

 とはいえ、相手が顔見知りの関係ならいざ知らず。初対面の相手を瞬時でどちらのタイプか見極めるなんて、ぶっちゃけ危険な大博打としか言えないのではないだろうか。それが、冒頭の迷惑な感情にリンクするわけなのだが……。


「そっか、坂下さんの気持ちが聞けてよかった。ありがとう」


 絶対に相容れないと分かっている内容を伝える行為ほど、尋常じゃないエネルギーを要するものもまたないだろう。とは言え、相手がそれ以上の勇気を振り絞っている事実もキチンと理解しているからこそ、誠実に返答することで最低限の敬意を示す。

 だからこそ、相手からお礼を述べられた時の違和感は凄まじい。あくまでも保身に走った上での義理立てをしたに過ぎないのだから……。そんなことを思いつつ、一先ず後腐れなく綺麗さっぱり終了したことにとりあえず安堵する。去り行く相手を遠巻きに見送りながら、ため息をおもむろにひとつ吐く。

 すると、絶妙なタイミングでクスリと苦笑する声が響き渡り、サラサラの黒髪をなびかせた、愛くるしい長身の美少女がひとり颯爽と登場してくる。


「またですか、茉里ちゃん。さすが、モテ女は忙しいねえ。お疲れさん」


 聞き様によっては、よいしょし過ぎた口調にも聞こえるし、取り方によっては、かなり馬鹿にされているようにも感じ取れる。そんな絶妙な声色の主にそっと目配せをしつつ、盛大なため息をわざとらしく吐き捨ててみる。飛んでいきそうな軽やかな笑い声をクスクスと出している美少女は腹が立つ仕草さえ、無駄に様になるから憎らしい。


「……」


 とは言え、実際のところ目の前の美少女のことは嫌いじゃない。だが、人一倍聡い彼女だからこそ、警戒する気持ちもあるわけだ。そして、その一つが彼女の『茉里ちゃん』呼びだったりする。

 彼女が私を『茉里ちゃん』と呼び掛けるのはからかう時だけ。むしろ、からかう合図を知らせるかの如く、彼女は『茉里ちゃん』と私に呼び掛けてくる。


「ねぇ……」

「なぁに?」


 実際、彼女に対して返すべき言葉に正解なんてあるのだろうか。ここだけの話、未だに『茉里ちゃん』と呼ばれた際に答えるべき相応しいセリフが定まっていなかったりする。だからこそ、ため息でひとまず牽制してみたのだが、そんな虚勢が長く続くはずもなかった。


「矢野ちゃん。……また、聞いていたわけ?」

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