第45話
朝霧の提案に、栞は戸惑いの声を上げる。
「だって、ファッションショーのモデルなんて……」
確かにかつてのヴェルサイユ宮殿で流行を作り出していたマリー・アントワネットであればその大役も務まるだろう。
舞踏会ではいくつもの新作のドレスや髪形を流行らせ、時代の最先端を走り続けたのだ。その走り続けた先が、あの断頭台だったとしても彼女が持つカリスマ性は現代のファッションショーでも発揮されるのは間違いないはずだ。
「……ファッションショーのモデルの仕事は、ただドレスを着て美しく歩けば良いだけじゃない。ドレスの本質を魅せて、見てくれる人に『自分もこのドレスを着てみたい』と強く思わせることだ。君は「王妃の休息」でそれを俺に見せてくれただろう」
朝霧の言葉に、栞はあの写真の投稿についていたコメントを思い出す。
自分の写真を見て、同じようにあのドレスを着てみたいと思った誰かが間違いなく画面の向こう側に居てくれたのだ。
「君たち二人が出てくれるなら、今からドレスを追加する予定なんだ。どうだろう」
「シオリ、とっても素敵なお誘いだと思わない。一緒にやってみましょうよ」
「マリー……でも……」
期待を込めた眼差しを受けながらも、栞は頷くことが出来なかった。ファッションショーのモデル、という大役がまだ自分にはふさわしくないのではないかという気持ちも当然ある。だが、栞の心をよぎったのは昨晩目にした暗い玲の姿だった。
(目の前にいる友達を、助けてあげることもできないのに)
今の自分に、あの時のように誰かの背中を押す手助けができる自信がない。
「朝霧さん、もう少しだけ……時間を貰っても良いですか。必ずお返事しますので」
朝霧も栞の目に浮かぶ迷いを感じ取ったのだろう。それ以上深く追求することなく、静かに首を縦に振る。
「もし、何か悩んでいることがあるなら力になるから相談においで」
「……でも」
「もし君が今悩んでいる問題が解決して、君たちがモデルをやってくれるなら。相談料なんて安すぎるくらいだからね」
その言葉に、栞が頷いた瞬間だった。
「朝霧さん、新作ドレス二着とも完売です!通販受注、店頭予約分全て予約で埋まりました」
「……まさかこんなに早いとは」
「歴代ドレスの中で、受注数も一番多いのに最速で予約満了ですよ!」
興奮した顔で駆けよってくるスタッフの報告を受け、朝霧は満面の笑みで栞たちを振り返った。
「君たちのおかげだよ、ドレスが完売したなら今は店内も落ち着いているはずだ。俺は席を外すけど、ゆっくりしていってくれ」
◇◇◇
「やっぱりここのお店は素敵ねえ……」
トルソーに着せつけられたドレスを見つめながら、マリーは静かに声を漏らす。
店内に飾られているのは、あの日自分と栞が並んで身にまとった二着のドレスだ。朝霧の話だと、このドレスを求めて沢山の人が店に並んだという。
(こんな素敵なドレスを、この世界ではだれでも着れるのね)
同じ店内にいる栞へと目を向ければ、ドレスに手を伸ばしてはいるものの栞の表情は心ここにあらずだ。
本当は店の中にあるドレスを一緒に見て回りたいが、今の栞はそっとしておいた方が良いだろう。そう思い一人店内を歩くマリーに、近くにいた女性店員がにこやかな笑みを浮かべて声をかけてきた。
「もし気に入ったドレスがあればご試着していきますか?」
「ドレスも良いのだけど……今日はちょっと相談があって」
店員の問いかけに、マリーは声を落とす。
マリーは腰に下げた鞄から小さな布袋を取り出すと、そっと店員に中に入っているお金を取り出して見せた。
先日のモデル撮影で貰った謝礼、これが何も持たずこの世界にやってきたマリーが持つ全財産だ。
「……これでおそろいのドレスが買えるかしら?」
「そうですね。こちらだとドレスは難しいですが……」
女性は近くの棚からそろいのデザインのリボンを手に取った。
「こちらはいかがでしょうか?これなら色々なドレスにあいますし、おそろいで二つ購入できますよ」
「……まあ、素敵だわ!あそこにいる子には秘密でお買い物したいのよ、お願いできるかしら。今度プレゼントをして驚かせたいの」
そう言って笑いかければ、女性もまた楽しそうにうなずいた。
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