第44話

「ごめんね、呼び出しておいて。まさかこんなことになると思って無くて」

「今日は一体どうしたんですか?それに、すごいお客さんの数」


栞自身も何度かこの店に来たことはあるが、ここまで店の中に人があふれているのを見るのは初めてのことだ。栞の言葉に、朝霧は困ったような表情で、それでもどこか嬉しそうに口を開く。


「実は今日から新作ドレスの予約開始でね。話題にはなってたから、結構人は集まると思ってたんだけど」


想定以上の人が集まったのだ、と朝霧は笑う。


「新作ドレスって、マリーの着た『王女の凱旋』ですか?」

「そう、それともう一着。君が着た『王妃の休息』もね」

「え、だって、あのドレスは……」


朝霧は自分にあのドレスを貸すとき、あれはまだ「まだどこにも出していない」と話していなかっただろうか。栞の動揺が朝霧にも伝わったのだろう。


「あのドレスを出すつもりがなかったのは……あの服を着こなせるモデルが見つからなかったからだ。でも、君が完璧に着こなしてくれた。だからだろうね、あの投稿をしてから店の電話が大変なことになってしまってね」


『王女の凱旋』だけではなく、あの少女がモデルをしていた白いドレスは販売予定がないのか。あの子と同じドレスが着たい、その問い合わせの多さに朝霧も急遽新作のドレスに『王妃の休息』を加えることにしたのだ。


「君が『王妃の休息』を着た写真を見て、数えきれないほどの人があのドレスを欲しいと思ってくれたんだ」

「まあ、素敵だわ!私もあのドレスを着たシオリは大好きだもの」

「……他人事みたいに言うけど、君の着たドレスの反響も同じ位すごかったから、それも忘れないでおくれ」

「あら、それは光栄だわ」


その評価を当然のことだと受け止めるマリーと、その隣で顔を赤く染め俯いてしまう栞を交互に見比べながら、何とも対照的な二人だと朝霧は目を細めた。


「それで、君たちを呼んだ本題だけど……改めて君たち二人に頼みがあるんだ」

「頼み、ですか?」

「そう、もうすぐレナエルのファッションショーがあるのは知ってるかい?」


朝霧の言葉に、栞は身を乗り出すようにして頷いた。

年に一度開催されるレナエルのファッションショー。レナエルのドレスが好きなら、その存在を知らないはずがない。

ロリータ界で有名なモデル達が、ファッションショー用に華やかにデザインされたドレスを優美に着こなすそのイベントはロリータを愛する少女たちにとっては夢のイベントだったからだ。

栞もファッションショーの存在は知っているし、毎年開催されているイベントのドレスは全てチェックしていた。

もちろん、現地に足を運べたことは一度としてないのだが。

もしかすると、あのファッションショーを見に行くことが出来るのだろうか。

そんな淡い期待を抱いた栞の言葉は、朝霧の予想外の言葉で否定されることになった。


「二人とも、モデルとしてファッションショーに出てみるつもりはないかい?」

「ファッションショー、それは一体どんな催しなのかしら?」

「簡潔にいうと、その年に作る新作のドレスを着て皆に見てもらう会……とでも言うのかな?」

「まあ、楽しそう!私も新しいドレスを作るときは必ず舞踏会でお披露目をしたのよ。皆がこぞって真似をして大変だったわ。とっても楽しそう、是非一緒に……あら、シオリ?どうしたの」


マリーは隣で石のように固まってしまった栞へと声をかける。マリーに肩を揺すられようやく我に返った栞は、思わず上ずった声で叫んでしまった。


「も、モデルって……!だって、そんな」


マリーも朝霧も一体何を固まっているのかと不思議そうな顔でこちらを見てくるが、動揺するのは当然のことだ。先日偶然が重なりドレスのモデルをしたのとは話が違う。

ファッションショーともなれば、本物のモデル達が集まり新作をレナエルのファンたちに見せる場所だ。一度だけレナエルのドレスのモデルを成り行きで努めただけの自分が、上がって良い場所ではないのだ。

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