第34話
静まり返った部屋の中、床に仰向けに転がったマリーは一人溜息をもらす。
学校へ向かった栞が、部屋に一人残る自分が退屈しないようにと置いていってくれたファッション雑誌を開いても、何も頭に入ってこないのだ。
目を閉じれば、思い出すのは昨日の事だ。
「ああ、もう私ったらどうしてあんなことを言ってしまったのかしら。学校で栞を守ってくれる大切な子なのに」
昨日去り際に見た何処か寂しげな玲の顔がマリーの脳裏をよぎる。
どこか出会った時の栞に似た、寂しげな顔。だからこそマリーは彼の事を放っておくことが出来なかったのだ。
「あんな言い方をして、きっと傷つけてしまったに違いないわ」
自分の失態を謝りたいがマリーは栞と一緒に学校に行くことはできない。
栞を助けるために学校に乗り込んでしまったが、本来学校とは、そこに通う生徒しか入れない場所らしい。
(……栞は私の代わりに謝ってくれるといっていたけど)
栞が居なければ何もできないと、マリーは床の上で寝返りを打つ。
仕方のない事なのだが、今はこの狭い部屋の中で栞の帰りを待つことしかできないのだ。
(私はまだこの世界の事を殆ど知らないのよね…)
ごろりと横を向いたマリーの目に、ふとベッドの下に落ちた一冊の本が目に留まる。他の本はすべて本棚に収まっているというのに、まるで隠すように置かれたその本にマリーは思わず手を伸ばした。
「……何かしら、この本」
他の本と違い、まるで墨を零たような黒い染みが表紙に浮かんでいる。
古びて汚れているわけではない。まるでどろりとした「黒い何か」が表紙の文字や絵を飲み込んでいるように見える。
眉をひそめたままページを開けば、中に描かれた文字もひどく歪んでしまっていた。文字であった部分は可笑しな記号のような羅列になり、文章の体をなしてしないのだ。
外国語だからよめない、という範疇ではもはやない。
(……なんだか、気味が悪いわ)
何故栞はこんな気味の悪い本を寝台の下に隠していたのだろうか。
もう一ページだけ中身を確認して、さっさと元の場所に仕舞ってしまおう。そう思い、ページをめくったマリーの目に、一枚の絵が目に留まる。
少し滲み始めてはいるが、まだ元の絵を保っているページが残っていた。
描かれていたのは白い簡素なドレスを着て、どこかに連れていかれる女性の姿。
兵士に囲まれながら何処か遠くを見つめ、憂鬱な表情で何かも諦めているようにも見える。
「これって……」
初めて見る絵のはずなのに、何故かこの光景を知っている気がする。マリーはその絵からどうしても目を離すことが出来なかった。
指先で絵画の中の女性に触れようとした瞬間、廊下から自分の名前を呼ぶ声が響き、マリーは思わず本を手放した。
「マリー、沢城君の家に行こう!」
それは自分をよぶ栞の声だった。
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