第28話

「どのドレスも本当に素敵だわ……こんなドレスに囲まれるなんて、まるで昔に戻ったみたい」


クローゼットの中から取り出したドレスに目を輝かせ、マリーは小さな歓声を上げる。

マリーが今着ているのはアンティークピンクを基調にしたロリータ服だ。

パニエでふわりと膨らむスカートには、可愛らしいレースとリボンがつけられている。先程栞がつけてあげたドレスと揃いのデザインのヘッドドレスが、マリーのプラチナブロンドの髪に良く似合っていた。

栞もまたマリーと同じピンクに始まり、鮮やかな赤、向日葵のような黄色、シンプルなカントリー調のブラウン。

マリーが選ぶドレスをまるで着せ替え人形のように脱いでは着てを繰り返し、今に至る。


「さあ、次はどれにしようかしら……栞の黒髪に似合うドレスがいいわよね」

「マリー、ほどほどにね」


仮にも人の服なのだから、と窘めたがどうやらマリーはまだ着せ替えをやめるつもりはないらしい。とはいえ、マリーの気持ちもわかる。大好きなドレスを、大切な人と共に着るのはこんなにも楽しいことなのだ。マリーの楽し気な姿を見ると栞の顔も自然と綻んだ。


「あら、シオリ!次はこれを一緒に着ましょうよ。おそろいのデザインでとても素敵だわ」


クローゼットの奥からマリーが取り出したのは、まるで双子を思わせるデザイン違いのロリータ服だった。透け感のあるチュールとリボンが揺れるどこかカジュアルさを感じさせるその服は、先ほどまで着ていたドレスとは聊か雰囲気が異なるものだ。


「あれ、これレナエルのドレスじゃない。タグがついてないもの」


受け取ったドレスに袖を通しながら、栞は首を捻る。先ほどまで着たドレスは全て栞も知るレナエルのブランドタグがついていたが、このドレスは何処かの商品であることを示すタグが何もついていない。


(……もしかして、手作りなのかな)


揃って鏡の前に立てば、揃いのドレスがふわりと揺れる。

本当に姉妹になったようなその姿が嬉しくて、マリーと栞は思わず顔を合わせて笑いあった。


「折角だから、似合う髪飾りも探しましょう」


真剣な表情で髪飾りやヘッドドレスを並べ始めてしまったマリーが目当てのものを見つけるのにはもう少し時間がかかるはずだ。王妃マリー・アントワネットが何よりもドレスを愛し、大金を注いでしまった話はあまりにも有名だ。それほどまでに彼女は根からのお洒落好きなのだろう。


(……ん?これ)


悩み続けるマリーを横目に、栞は部屋の端に置かれた机に目が留まる。

木製の机の上にはミシンが一つ、そして何かを作っている途中だったのか、服になる前の黒い布が無造作に置かれている。

だが、栞の目を引いたのは同じ机の上に置かれた小さな金属フレームの写真立てだ。だが写真立ては机の上に伏せられ、写真を飾る意味をなしていない。


(……少しだけ、見ても良いかな)


伏せてある、ということは目にいれたくないものということなのだろう。だが心の底に沸いた好奇心を栞は抑えることが出来なかった。

出来るだけ音をたてないように伏せられていた写真立てを裏返し、栞は小さく息を飲む。


(これ、沢城君……違う、沢城くんはこっちか。じゃあ、この女の人は誰?)


写真に写っていたのは金髪のロリータ服姿の少女と、どこか暗い顔をした少年だ。

最初は鮮やかなロリータ服姿のその少女が、沢城玲だと思ってしまった。女装姿の玲と雰囲気はとても良く似ているが、ゴシック調のドレスに身を包んだ女装姿の玲ではない、別人だ。

おそらくロリータ服の少女に抱き着かれ、どこか迷惑そうな顔をする少年こそがまだ少し幼さを残す沢城玲本人なのだろう。

ならばこの女性は一体だれなのか。この部屋の主でロリータ服の持ち主だとするならば、何故玲は何の説明もせず黙っているのだろうか。

湧きあがる疑問に意識を奪われていた栞を、マリーの声が現実に引き戻す。


「ねえ、シオリ!これが似合うと思うわ。ほら、つけてあげる」

「あ、ありがと」


慌てて写真立てをもとに戻した瞬間、小さなノックの音と共に扉の外から声が響いた。

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