第27話
だが、先を歩くマリーの口から漏れたのは、栞が全く想像していないものだった。
「まあ、可愛い!!とっても可愛いわ!」
「へ、可愛い……?」
男子学生の部屋が可愛いとはいったいどういう事なのか。
二人を追いかけて部屋を覗き込んだ栞はすぐにその意味を知ることになった。
(……確かに、可愛い!)
アンティークレースを基調にまとめられたカーテンや寝台。
ロココ調の鏡台にランプ。そして部屋の隅にはトルソーと、木製の机の上にはミシンが置かれているのが見えた。
案内された部屋の中はロリータの少女が一度は憧れる、まるで童話の中のような世界が広がっていたのだ。栞が思い描いていた男子学生の部屋とは全く違う、夢のような空間が其処にはあった。
「……わ、あ。素敵」
栞も本当は自分の部屋をこんな内装にしてみたかったのだ。
だが、元々狭い四畳半の和室を無理矢理洋室に変えた部屋ではどうしても限界がある。可愛い小物を集めて精一杯飾っては見たつもりだったが、こうしてみると憧れとは程遠かったことを思い知らされてしまう。
「二人とも、ちょっとこっちに来て」
玲が手招きしたのは美しい装飾が施されたクローゼットの前だ。一体何が入っているのかと顔をのぞかせた栞とマリーの前でゆっくりと扉が開いていく。
「まあ!」
「うわ、あ。これ、レナエルの……」
栞は目の前に広がるドレスに思わず目を瞬かせる。隣に立つマリーからも黄色い歓声が上がるのも納得してしまう。クローゼットの中に仕舞われていたのはレナエルのロリータ服だ。それも一着や二着ではない。
量の指では到底足りないほどのドレスが所せましと掛けられているのだ。
こんな量のドレス、レナエルのお店でしか見たことがない。
「好きなの選んで着てみていいよ。メイクはそこに置いてあるの使っていいから」
「え、でもこんな……」
クローゼットの中にあるドレスの殆どは、雑誌の表紙で見たことがあるような人気のドレスばかりだ。着るのが嫌だ、というわけではもちろんない。むしろ本心で言えば着てみたい。
だが、既に隣でうきうきとドレスに手を伸ばしているマリーと違い、栞は素直に喜ぶことが出来なかった。
「でも、大切なお洋服でしょ?借りるのは……」
「いいよ、楡井さんたちなら。二人に着てもらえれば……服も喜ぶだろうし」
「え、沢城君はこのドレス着ないの?」
「ああ……うん」
まるでその服が自分のものではないような言い方に、栞は首を傾げた。
「俺の服は、自分の部屋にあるからさ」
玲は少しばかり表情を曇らせ、どこか歯切れの悪い言葉と共に頷いた。確かに目の前にあるロリータ服はどれもレースやフリルを使った淡い色合いや華やかな柄のものが多い。
女装姿の玲が着ていたような、黒一色のゴシック風のドレスは見当たらない。
「え、ここって沢城君の部屋じゃないの」
「まあ……そんなところ。でも気にしないで、じゃあ俺も着替えてくるから」
「え、ちょっと……」
玲の部屋ではないということは、家族……もしくは玲の姉妹の部屋だという可能性もある。だが、先程玲の話では、両親の話は出たが姉妹の話題は出なかったはずだ。
もしそうだとすれば勝手に部屋にはいった上に、ドレスを借りてしまっても良いのだろうか。
(本当に、良いのかなあ……)
目の前のドレスを前に肩を竦める栞の隣で、マリーが楽し気な声を上げる。
「こんなに沢山のドレスを見たのは久しぶりだわ!昔ドレスを仕立ててもらった時の事を思い出すわね……ほら、シオリ!せっかく貸して貰えるのだから、似合うドレスを探しましょう」
「う、うん……」
マリーの弾むようなその言葉に、栞は複雑な顔のままこくりと頷いた。
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