第25話
(……やっぱり、授業ついていけないよね)
ある程度予想はしていたが、進学校を長い間休めば授業についていけなくなるのは当然のことだ。家にいる間多少勉強はしていたとはいえ、元々も栞の成績はあまりよろしくない。
流石の教師たちもな不登校だった栞を指名して答えさせるようなことはしないが、このままでは授業についていけず試験で酷い点をとる未来は目に見えている。
「はーーーー……」
ようやく最初の授業が終わり、栞は深い溜息と共に机に突っ伏した。
最初からこれではこの後の苦労を想像するだけでため息が出てしまう。休んでいる間にプリントやノートを届けてくれる友人がいれば違ったのだろうが、そんな存在は今の栞にはいないのだから仕方がない。
(……歴史をマリーに教えてもらうわけにもいかないし)
今頃部屋でくつろいでいるであろう少女の姿を想像し、栞は世界史の授業の事を思い出した。教科書に載っている張本人に欧州の歴史を教えてもらう姿を想像し、栞は首を横に振る。
(いやいや、絶対ダメでしょ!)
マリーはこの世界が自分が処刑された世界とは別世界と思っているのだから、此処が彼女の死後の世界だと知られることは避けなければいけない。
「……これ」
「え?」
隣からかけられた声に顔を上げれば、栞の席にいつの間にか数冊のノートが置かれていた。開けばびっしりと綺麗な字で埋められた各教科の内容が書かれている。すべて栞が休んでいた時期のものだ。
ただ黒板を写すだけではなく、要点もまとめられているためこれをもとに勉強すれば遅れを取り戻すこともできるだろう。
このノートを書き留めてくれたのは、間違いなく隣の席の沢城玲で間違いない。
「あ、りがとう」
小さな声で礼を言いながら、栞は内心不思議で仕方なかった。
確かに、栞は一度だけ玲を庇ったことがある。だが、自分と玲の接点はその一度だけだったはずだ。
それなのに、一体何故彼はここまで自分をきにかけてくれるのだろう。
(……いや、親切を疑っちゃいけないんだけど)
だが、疑ってしまうのも仕方がないほどに、栞は隣に座る沢城玲という青年の事をよく知らない。
どうして女性の格好をしているのか、どうして自分を気にかけてくれるのか、どうしてと言い出せばきりがない。そもそも、昨日は一度「信じる」と口にしたものの、あの女性が本当に隣に座っている沢城玲だという確証はないのだ。
そんな栞の気持ちを見透かすように、栞が開いたノートから一枚のメモ片が舞い落ちてきた。ノートと同じ綺麗な文字で書かれたそのメモには、どこかの住所が記されている。
(どういうこと?)
住所が書かれた紙を裏返せば、そこにはもう一言文字が走り書きされていた。
『秘密を教えてあげるから、マリーさんと一緒においで』
一体何のことかと隣を見れば、玲はもうこちらに顔を向けてすらいなかった。あくまで来るか来ないかは栞自身で決めろ、という事だろう。
(マリーとなら……)
何が起きるのかは分からないか、自分で一歩を踏み出すことの大切さをマリーに教えてもらったのだ。
それにきっとマリーとなら何が起きても大丈夫、そう信じられる。
栞はメモを丁寧に折りたたむと、そっとポケットの中へと仕舞いこんだ。
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