第24話

翌日。


重い足取りで教室のドアをくぐった栞を迎えたのは、にこやかな笑みを浮かべてかけられる、クラスメイト達の挨拶だった。


「おはよう、楡井さん」

「昨日の服可愛かったね、また撮影の予定あるの?見に行きたいなぁ」

「良かったら今度一緒に遊びに行こうよ」


学校に入ってから今まで一度も言われたことのない、まるで仲良しの友人に話しかけるような言葉。先日まで自分に浴びせられていた嘲笑や笑い声などまるで最初からなかったようだ。

学校で普通に友達を作り、笑って過ごすことを一度は夢見たことのある栞にとってそれは嬉しい事のはずなのに、どうしてもまだ素直に笑顔を返すことが出来ず顔が強張ってしまう。


「あ、はは。おはよう」


ぎこちない笑顔で言葉を交わし席に着いた栞は、どこからか自分に向けられた冷たい視線に顔を上げる。

敵意を孕んだ冷たい視線。

明らかに自分に対する負の感情を煮詰めたようなそれは、少し離れた席の少女から向けられていた。

久城沙也加。昨日までクラスの中心にいたはずの彼女は、今は席で一人つまらなそうな顔で携帯に顔を向けている。だが、顔は携帯の方を向いているのだが、視線だけは栞に向けられていたのだ。


「……っ」


冷たい氷のような目。ありったけの憎しみを込めて向けられるその視線から栞は思わず目をそらした。

何も見ていないと席に着いた栞の耳に聞き覚えのある声が響く。


「……おはよ」


隣で椅子を引く音に顔を上げれば、沢城玲の姿がそこにあった。

相変わらずの明るい髪に、前髪に少し隠れた顔。イヤホンを外したその姿は確かに栞の良く知るクラスメイトの男子学生の姿だ。

どうしても制服の下にパーカーを着込んだ男子高校生のその姿が、昨日栞とマリーの前で優雅に紅茶を飲んでいた美麗なゴスロリ姿の女性と結びつかない。


「朝から何か用?邪魔なんだけど」


端正な顔に似合わず飛び出したのはあからさまな不機嫌な声だ。

栞はその声に思わず肩を竦めるが、すぐにその声が向かう先が自分ではないことに気が付いた。栞の周りにクラスメイト達が集まった結果、隣の席である玲の席の周りをも囲む形になってしまっていたのだ。

クラスの中で異端児の玲に睨まれ、集まっていたクラスメイト達は皆蜘蛛の子を散らすようにそれぞれの席へと戻っていった。


「あ、ありがと」


おそらく彼は困り顔の自分を見て、助け船を出してくれたのだろう。

隣の席にだけ聞こえるように小さな声でそう言えば、玲は前を向いたまま僅かに頷いた。

もう少し自分から何か声を掛けた方がいいだろうか、そう悩む栞の耳に予鈴と共に教室に入ってきた担任の声が聞こえてくる。


「ホームルーム始めるぞー……ん?ああ、楡井も今日は来てるのか」


栞を一瞥した教師が呟いたのはただそれだけ。

昨日玲から聞いてはいたが、沙也加を含め誰も昨日起きた事件の事を教師たちに話していないようだ。

教師にとって栞が学校に来たことは、自分の手を煩わせる面倒ごとが一つ減った程度の感覚なのだろう。何故栞が再び学校に来る気持ちになったかなど、教師の中ではどうでも良い事に過ぎないのだ。


こうして誰もがまるで何も「問題」がなかったかのように振舞い、栞の学校生活は再開することになった。

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