第23話
「あんな風に庇ってくれる人、久しぶりだったから。あの時はありがとう」
そういうと玲は微笑んだ後、申し訳なさそうに目を伏せた。
「それなのに、あの日……楡井さんの事を庇ってあげられなかった」
あの日、というのはきっと初めてロリータ服を着た栞を沙也加が盗撮し、クラスで笑いものにした日の事をいっているのだろう。あの日の事は出来るだけ思い出さない良いにしていたが、そういえば彼の姿は教室の中になかったはずだ。
おそらく玲が学校に来た時にはすべてが終わってしまっていたのだろう。
「そんな……気にしなくて、良いよ」
「今日も、本当は守ってあげないといけなかったのに。間に合わなかった」
ごめんね、と謝る姿に栞は朝方教室から逃げた時の事を思い出す。逃げることに必死でよく覚えていないが、それでも教室の入り口で彼にぶつかった記憶がある。その時名前を呼ばれた気がするが、立ち止まることなどできなかったのだ。
「平気、だよ。マリーがいたから」
小さく震える栞の手に、気づけばマリーが手を重ねてくれいた。
「二人は本当に仲が良いのね。写真のレナエルのドレスも、今日のドレスも良く似合ってた」
「あら、貴方のその黒いドレスも素敵だわ!ねえ、それに貴方……男性って本当?どう見ても女性だわ。こちらでは男性が女性の格好をすることもあるのね」
マリーがもうこれ以上口を閉じていられない、とばかりにテーブルに身を乗り出して問いかける。
「まだ少ないけどね。アクセサリーとかウィッグで顔のラインも隠せるし、似合ってるでしょ?」
ぱちん、とウィンクをして見せるその姿はどこからどう見ても女性だ。低い声と、服から覗く指が多少筋張っていることを除けば彼の姿を一目見て男性だと気づく人間は少ないだろう。
それに、なによりも彼……いや、彼女の為に作られたようによく似合っていた。
「私もロリータ服大好きだから、二人を見て勇気を貰えたの」
その言葉に、栞は思わず立ち上がりかけた。まさかこんな場所で、性別は違えどロリータ服を好きだと言ってくれる人に出会えるとは思わなかったからだ。
もう少し話を聞きたい、そう口をひらきかけた栞の言葉は玲の言葉に遮られてしまう。
「あ、いけない。私そろそろ行かないといけないところがあるの」
だが、栞が言いかけた言葉に気がついたのだろう。
「また、明日学校で」
「えっ…と、学校……」
非現実な格好の玲の口からもれた「学校」という現実的な言葉に、栞は明日からの事を思い出し青ざめてしまう。あんな騒動を起こしておいて、教師の耳に何も伝わっていないはずがない。
もし栞とマリーが起こした騒ぎが教師の耳に入れば、ロリータ服を着て学校に乗り込んだという大事件や、クラスの皆についたマリーが留学生だという嘘も、部屋の中でマリーをかくまっているという事実もすべて親までバレてしまうことになる。
そんなことになれば一貫の終わりだ。
「大丈夫、安心して。先生たちは何も知らないよ、誰も何もいってないから」
「え、だって……」
クラス中から糾弾された沙也加のことだ。きっとあの後すぐに教師にクラスで起きた事件の一部始終を話していると思ったのだが。
「もし今日起きた出来事を話せば、自分たちが楡井さんにしたことも一緒に話さないといけないからね。沙也加も、他の子たちも自分の不都合がばれることはしない。そういう風に生きてきてるから」
素直に喜んで良いのかは分からないが、確かにと納得せざるを得なかった。
「大丈夫、明日はちゃんと隣にいるから」
「シオリ、もし貴方がまた何か言われたら私も駆けつけるわ!」
二人に励ますようにそう言われ、栞はゆっくりと頷いた。いつまでも逃げ続けるわけにはいかないのだ。
励ますように栞に抱き着くマリーの姿に微笑むと、玲は黒いスカートを翻し玄関へ向かって歩きながら振り返る。
「じゃあ、二人とも。そろそろお暇するわね。ごきげんよう」
「ええ、素敵なお話を聞けて楽しかったわ。ごきげんよう!」
「楡井さんは明日また学校で」
「えっと、うん……また、明日」
ぱたん、と閉まる扉を前に栞は無意識に上げた手を振ることしかできなかった。
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