第28話 早朝の特訓と贈装という鏡

 ―当たらない!


 私は湧き上がる動揺と感動を押さえつけながら右の手の平に生まれた重さを確かめる。

 異能か否かはどうでもよい。ただここまでキレイに見切られたことは未だかつてなかった。


(だが私にはもう一刀あるぞ)


 私の手に剣が戻ってきたときから、兄と共にありつつも才溢れた兄とは違う道を選んで歩んできた。

 私の左手の剣は補助のためだけではない。二剣が揃って真価を発揮する。


(猪を討った時のあれが二剣の使い方だと、 ―勘違いするなよ!)


 裂帛の気合と共に土を蹴り上げて踏み込んだ。ナイフでさえ一振りすれば身体に届く危険領域の中オズと向かい合う。

 突っ込んだ速度のまま体重を乗せて左の剣を振るう。剣が風を巻いて胴を薙ごうと襲い掛かる。一応帷子かたびらは着こんでもらったし両剣とも刃止めをしているがくらえば普通にケガをするだろう。しかしある意味信頼のおける男と認めて渾身の力で剣身を振り切った。


(どうせお前は躱すんだろ!)


 予想通り、近接から繰り出した胴薙ぎの剣閃は何に触れることも無く空を斬った。オズはナイフで受けるでもなくバックステップで一歩下がった後、剣閃とは逆廻りに身をよじることで片手剣の射程範囲から回避して見せた。

 しかし一回転したことで目を切ったオズをみすみす逃す真似はしない。左剣を振るった勢いで捻転された体幹が溜めこんだエネルギーを解放し、逆向きに放つように間髪入れず右剣を撃ち払う。


(当たるっ)


 確信で必中の一閃だった。思わず当たる直前で速度を落とそうとする。

 しかし、無用な心配だった。


「なんっ!」


 思わず声が漏れてしまったのは目の前にいるはずの男が消えたからだ。次いで感じた左手の甲に走る想定外の痛みに、反射的に贈装を取り落とす。


 しまった、と思った時には既にオズのナイフが首筋に添えられていた。

 あの一瞬どこに消えたのか、見当もつかなかった。


「……参りました」


 少ない観戦者全員に衝撃を与える一戦は、いっそすがすがしい程の敗北だった。



******


 昨日とは打って変わって今日は道なき道を進む。

 地図と方位磁石を元に先導するミリアは、時々ブツブツ言いながら周囲を見回して方向を決めていた。俺とディアはミリアが先導役である分、昨日より気を引き締めて魔獣を警戒しながら森を分け入っていた。


「池はまだ先ですかね」


 独り言のように彼女がつぶやいた直後、左の茂みの奥から茂みを掻き分ける音が急速に近づいてきた。


「オズ、ヤバい感じか!?」

「敵意は感じます」


 単体っぽいが、かなり重量がありそうだ。

 ミリアも持っていたものをバッグに仕舞って俺らと同様に体勢を整える。やがて姿を表そうというところで木々を踏み分ける音が緩やかになる。相手も警戒していると分かる。もしかしたらこちらが見えているのかもしれない。三対一が不利だと感じて方向転換してくれることを切に願ったが、残念ながら僅かに足踏みした後、そいつは森から全身をさらけ出した。


「野生のニドキ〇グが現れた」


 ニド?と首を傾げたディアだったが、視線だけは魔獣から外さずに「こいつはアドミラドリアという魔獣だ」と簡潔に教えてくれた。


「ミリアさんが昨日討伐したアドミラジの上位個体。つまり、ウサギ型の魔獣ということになる。一応な」

「ウサギの原型とどめてないね」


 まさにニ〇キングを実写化したような姿はなかなかに迫力がある。可愛らしいウサギの姿形とは雲泥の差である。

 全くだ、とディアが返す間に、アドミラドリアと呼ばれた個体はぐっと身をかがめ前傾姿勢を取った。カタパルトから射出されるのを待つ岩のような様相に俺も身構えるが、その時俺の前にディアが進み出た。


「図体のデカい魔獣は長剣を持っている者が矢面に立つのがセオリーだ」


 そう言い終えた瞬間、アドミラドリアが威嚇するように吠え、10mほど離れた場所から突進してきた。


「散開しろ!」


 言葉に従ってミリアと俺は磁石が反発するように二方向に散った。ディアは重低音を響かせながら向かってくる魔獣の直線上から体をずらすと、交差する刹那に大きな耳に左剣の刃を当てて豪快に削り取った。


 ファーストコンタクトで片耳を失った魔獣は激しい咆哮を立てて身もだえた後、ギラギラした眼でディアだけを睨んだ。野性の、原始的な狂気を帯びた眼だ。

 しかしディアは怯まない。さっきよりも速い突進を再びすれすれで躱し、今度は太い足に傷をつける。赤黒い血が地面に散らばる。大絶叫をあげて仁王立ちしたアドミラドリアを冷静な目で観察したディアは、やっかいな突進が来ないと判断するや否や敵の眼前まで飛び込んだ。

 近づいてきた人間を潰さんと高い地点から垂直に振り下ろされたアドミラドリアの前腕。それに合わせるように右手に顕現した贈装を逆袈裟に払い上げる。


「らぁっ」


 激しくぶつかり合った右腕と右剣。

 軍配は剣にあがった。太い腕の肘から先が本体から分離して跳ね上がり、回転しながら俺の前に落ちる。

 左耳、左足。そして右腕を負傷したアドミラドリアは自分が進退窮まっていることに気付いていたが、獣故の本能に従って三度ディアに突き込んだ。

 しかし右腕と左足の機能を失った今、最初の速度には遠く及ばない突進に怯むディアではなかった。


「ふっ」と息を強く吐き、左剣で真正面から鼻面を一閃。たたらを踏んで顎の上がった敵へ、追撃の強烈な水平斬りが首筋にキレイな一線を残した。一瞬のち吹き出した血をディアが避けた後、アドミラドリアは地響きかと思うほどの音と共に、前のめりに倒れた。


「見事ですね」


 ミリアがつぶやき、俺は頷く。

 圧巻で、そして作業のような討伐だった。


――


「さすが、本当に強いですね。開拓者になればもっと稼げますよ」

「ふふ。ありがとうございます。その際は是非担当してください」


 その後チラリと俺を見て言葉を続けた。


「でもオズには簡単に負けましたけどね」

「あれは、ちょっとあの人がおかしいんですよね」


 ミリアも追従して俺を見る。


「難なくパリィしてましたよね。言っときますけどあれ高等技術ですよ」

「やはり異能か? 羨ましいよ」


 自分でも把握しきれてない部分を羨ましがられても居心地が悪くなるだけだった。

 内実が伴わないことは己が一番知っている。地球から転生して三日目の俺が荒事専門の人たちの剣戟に早々付いていけるわけがない。つまり異能を羨むディアは100パーセント正しく、異能が無ければ俺などそこらの初級開拓者よりも劣るのだ。

 

「これが才能ってやつなんですね」

「……贈装が良かっただけですよ。つまり運が良かっただけです」


 俺がそう呟くと、ディアとミリアが不思議そうに俺を見て、その後二人で顔を見合わせた。


「オズよ、まさか」

「そこまで無知だとは」

「? どういうことですか?」


 やれやれと頭を振って前に向き直ったミリアからは一切の説明が無さそうである。任されたと気付いたディアは苦笑しつつ歩きながら「贈装というのは」と話し始めた。


「贈装というのは、実はまだよくわかっていない」


 俺は黙って聞く。


「しかし長い年月の中で、解明されていることも増えてきた」


 俺たちは足を止めない。最後尾のディアの声が静かな森に拡散しては溶ける。枯れ木の踏み折った音が時折足元で響いた。


「剣は成長する事。成長には大まかな法則があること。異能は後発的に発現する可能性があること。異能の発現には、何らかの条件が存在すること。それが贈装の具現者によって違うこと」


 全て聞いたことの無い話だったが、この世界の一般知識なのだろうか。


「そして、贈装とは」


 先頭のミリアの踏んだ枝から、一際大きな澄んだ音が弾けた。


「その形状や造りや仕様、そして異能を含めた全てが、発現者の人格や能力に依存すること。つまり、贈装は己の半身であること」


 ―俺が思わず振り返ると、ディアと真っ直ぐ目が合った。


「自分を卑下して安全側に寄ろうとするな、オズよ。お前の異能はお前の能力であり、お前のナイフはお前なんだ」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る