第27話 遠くて戻れない場所
長く話し過ぎたな、とディアは疲れたように笑って、暖かいお茶を一口すすった。
「じゃあ次はオズの事を聞かせてくれ」
そう言われてしまったが、先ほどのディアの話ほどの強烈な動機などはない。しかし非常に残念なことに俺にもプライドというものがあるため、保証金を支払うためという本音は中々口に出しづらい。
一先ず時間を稼ぐために顎に手を当てて悩ましげな顔をしていると。
「なにカッコつけてんですか。オズさんがこの討伐に参加してるのはお金がないからでしょうに」
「おっま……」
そうなんだけど、ディアの動機とのあまりの隔たりに恥ずかしくなることだってあるんだけど。
「はは。別に誰かれ高尚な理由で討伐しているわけでないことくらい、
小首を傾げたディアに向けて、ミリアが簡単に説明した。俺の異能と呼ばれる部分については多少ぼかしたものの、目を付けられた経緯から依頼に至るまでを順序よく説明していった。
「……セントロさんの推薦ですぐにクラス2とは。いやはや」
親父みたいな感想とともに嘆息したディアが羨ましそうに俺を見た。俺としてはむくつけき男より受付嬢に対応してほしかった。
「パーティなのでオズさんの能力についても教えたいのですが、すみません。レザント側開拓者組合としてそれは
というか私達もそんなに知らないんですけど、とジロリとこちらを見つつミリアが謝るとディアも頷いた。
「さっき言った通り、私が選ばれたことにも事情はあります。オズの速さと強さはヒヒとの戦闘で見ましたし、戦力になるならば問題ありません」
しかし、と繋げて俺を見る。
「最近開拓者になったんだろう? 言っては悪いが、かなり遅いタイミングだ。普通別の定職に就いて家庭を持っててもおかしくない。……しかし、飛び級でクラス2になれる実力がある。それはやはり」
「まあ、『陽の当たらない職業』を疑いますよね」
言いにくそうな部分だけミリアが引き取ると、ディアは気まずそうに下を向く。
だが安心してください。とんだカンチガイですよ。
「ぶっちゃけて言うと、そこら辺探ってこいと密命を受けてます」
「ならぶっちゃけちゃダメでしょ」
自分で密命と言っておいて。
「別に隠してないから言うけど。後ろ暗い仕事をしていた事はないよ」
「ほんとに?」
「ほんとに」
「じゃあ今までどこで何して暮らしてたんですか? というか生まれは?」
む。それは答えづらい。
俺は自分の居た場所を思い浮かべる。
脳裏に真っ先に浮かんだ光景は、直前まで暮らしていた都会のビル群と一人暮らしの部屋ではなく、どこにでもある田舎の田んぼ道と、古びた実家だった。
「生まれは、かなり遠いところかな」
「……帰る予定はないんですか」
「ああ、それは間違いない」
そうか。レザントの組合長は俺を買ってくれていたが、よく考えれば街を離れることを第一に気にするのは当然だなと思い至った。
「もう二度と帰れないくらい、遠い場所だから」
******
自慢ではないが、私は朝が弱い。
一応断っておくと、昔からって訳じゃない。
昔はむしろ誰よりも朝早く起きて誰よりも先に外へ出て朝から晩まで働いていた。別に働き者だったからじゃなく単に必要だったからだけど、その頃はそれが普通過ぎて、自分がしんどい役割を担っているなんて一つも思わなかった。
時は流れ、場所が変わり、仕事が変わり、そして私も変わった。
最近の私の悩み事と言えば、職場まで着ていく私服と今日の組合の混み具合と昼ごはんと夜ごはんと流行りの甘味くらいで、時折無茶ぶりされる仕事に振り回されもするが、過ぎてしまえばそれもまた楽しいもんだった。
起伏も責任も薄ければ、人はいくらでも怠惰に慣れる。今の私が証明している。
それでも今日は魔獣に囲まれた拠点地での起床なので、気合を込めて早起きしたつもりであった。
が、どうやら臨時パーティの中で私が一番遅起きだったようだ。
「ディアさん、気になってそうだったもんなぁ」
二つ目のあくびをなんとか噛み殺して、私はまだ若干ぼやける視界で二人の向かい合う光景を眺めていた。
――
「無理を言ってすまんな」
「大丈夫ですよ。むしろありがたいくらいです」
こちとら初の討伐である。本命に行く前にいくらか肩慣らしくらいしておきたいのが本音であったので、正直にいってディアの申し出は嬉しかった。
「では合図は……」
言ったディアの言葉に応えるように二人そろって俺らの寝床を見ると、むくりと上半身だけ起き上がっていたミリアと目が合った。
彼女はやにわにすっと手を上げ、にやりと微笑む。
「開始ぃ!」
振り下ろした手と同時に、ディアが真っ直ぐ踏み込んできた。
――
「わりぃ、もう交代だろ。呼びに来ても良かったんだが」
「しっ!」
「いってぇ! ぅお、ぃ……」
謝りながら見張り台に登ってきたドルムントは急に頭を押さえつけられたため抗議の声を上げようとしたが、口に人差し指を当てて目の前に迫ったキュリーの真剣な顔にしりすぼみになった。
(んだよ)
(あれ!)
ウィスパーボイスで理由を問うと、キュリーはビシッとある方向を指差した。
「んん?」
「声デカいですっ」
「お前の方がうるせえな。 で、ありゃディアと男前の黒い兄ちゃんか」
「たぶん模擬戦ですよね。ワクワクしますね!」
ふーん、と気の無い相槌を打ちつつドルムントの視線は向かい合う二人から離れない。
その時「かいしぃ!」という女性の声が遠くから聞こえ、ディアが一息に踏み込むのが見えた。
「来た!」
隣のキュリーのはしゃいだ声にドルムントは反応することができなかった。
「―っ」
「うそっ!」
息を呑んだタイミングから一拍置いてキュリーの驚愕の声が響く。
(パーリングしてるのか? ナイフで、剣を?)
一撃一撃は軽いが避けることの困難な程小刻みに連撃を振るうディアの剣。大きく弾くか距離を取るのが定石だろうが、男の手に現れたのは小さで装飾も無さそうなナイフだった。おそらくディアも、そのナイフでは弾き返されることは無いと瞬時に踏んで先ほどの手数重視の攻勢に出たはずだ。
(本当に弾いてやがる。異能か技術か、ここからじゃわからねぇ)
しかしその予想を覆して男はナイフで剣の閃撃を連続でパリィして見せた。大きく弾かれることは無いが一撃として身体に届くことも無く叩き落されたディアから、遠目にも動揺が見える。だが一瞬の内に立て直して突き主体の攻撃に切り替えた。
(普通に攻撃してやがる。……相手を認めたな)
最初の手合いでディアは確信したに違いない。「本気でやっても、こいつに致命傷は与えられない」と。幾分緩かった一閃が鳴りを潜め、力の籠った刺突に変わったことからもそれが分かる。
その時光が収束して右手にディアの剣が顕現した。
「相変わらずキレイですねぇ」
返事はしなかったが心の中で同意する。彼女
(さあ双剣となったぞ。どうする男前)
ドルムントは高まる興奮を押さえつつ、文字通り高みの見物を決め込んだ。
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