第26話 彼女の経緯
「そういえば前衛都市ってなんだったの?」
「それも知らんのか……」
ミリアに向けた言葉だったが、彼女より先に呆れた声を出したのはディアだった。
「特区都市の事ですね。簡単に言うと、魔獣の発生率が高い地域として国が認めた都市で、認められたら結構な額の補助金と、ある程度の裁量が任されることになります。毎年国の審査があって、前衛都市認定から外されることもありますけど」
経済特区や政令指定都市みたいだな。
「なんでそんなことをする?」
「建前としては魔獣から都市を守るため、自衛力を上げる援助をするという事です」
「実際は?」
「大量に発生する魔獣を効率よく討伐し、魔獣から採れる貴重な素材をより多く採取し、援助金の何割かを得た素材を以て回収することによって国力を高めるためですね」
「なるほど」
実に合理的である。
「『選択と集中』か」
多角化を推奨する現代から見れば一昔前の経営戦略ではあるが、今の時代には合っているのだろう。ふと視線をあげると二人が驚いたような顔をしている。
「たまに学のありそうなこといいますよね」
「別にいいだろ……」
「私も詳しく知らんが、昨今の政策は正にお前が言ったような考え方だそうだ。調査に時間を割き、国にとって利になると判断した地域に資金を集中投下する方針で、今のところは成果を出しているようだな」
ほーん、という感じである。どこの世界でも国は運営する対象であり頭のいい奴らが経営戦略の元に動かしているんだな、と思っただけだった。俺もそこまで
「ディアさん、さっきのドルトムントさんですが」
「ドルムントさんな」
そうそうその人。人名は間違ったが俺が何を聞きたいのかは伝わったようだった。
ディアが少し居住まいを正したので、俺も座った状態で背筋を伸ばした。
「話をする前に、一度謝らせてほしい。 ―申し訳なかった。勝手にお前を侮り、酷い事を言ってしまった」
「あー、別にいいですよ。気にしてません」
「しかし、パーティメンバであるのに空気を悪くしていたし、不快な思いもさせてしまった。大事にはならなかったが連携が捕れてなかったのも事実だ。ここで非礼を詫びさせてほしい」
こうやって真っ向から謝罪してくるあたり、彼女の真っ直ぐな性格が見て取れる。だからこそ嫌悪感を丸出しにされるとキツかったことも確かだが、心からの謝辞を聞いた今は一瞬にして蒸発してしまった。
「さっきも言った通り、気にしてないですよ。だからディアさんも気にしないでください」
「……ありがとう」
ふっと笑ったディアさんの顔は驚くほど穏やかで柔らかく、俺は思わずどぎまぎしてしまった。
その瞬間、後頭部にチクチクとした刺激を感じる。素早く振り向くと、にっこりと笑ったミリアと目が合った。
「どうしたんですか?」
「いや別に」
殺意でないことを祈りたい。
俺らのやり取りをくすくすと笑いながら見ていたディアだったが、不意に真顔になって俺に向き合った。
「先ほどの話だが」
「あ、はい」
それからディアは俺たちに話してくれた。
この森から還ってくることの無かった兄の話を。
******
優秀な兄だった。
もう八年。……八年も前になるか。
兄は私なんかとは比較にならないほど剣術が抜きんでていて、若手なのに当時の衛兵隊の中でも屈指だったそうだ。
たまらなく誇らしかったよ。兄が。
知っているか? いやオズ、さんは知らなそうだな。
―そうか、ありがとう。ではオズと呼ばせてもらおう。ふふ、なにか照れるな。
贈装は発現者が死んだり盗まれたり遺失しても、ごく稀に現世に留まり続けることがあるんだ。未だにその規則性は解明されていない。むしろアトランダムだという認識のほうが一般的かもしれない。
この剣も、神の気まぐれによって現世に遺った一振りだ。
そうだ。これは兄の剣なんだ。形見とも言える。
だろう。美しいだろう? 兄の剣は、貴族様が持つ剣のように優美なんだ。
特筆した異能はないが堅牢で切れ味も鋭かった。兄がこの剣を振るうと風が鳴って、小さい私は「これは空気が裂ける音だ」って思ったよ。
きっといつか異能も発現して、剣ももっと美しく成長すると信じて疑ってなかった。
しかしそんな優秀で強い兄も、この森で死んだ。
遺体は見つかってない。
―森に入った理由は、戻らない開拓者の捜索だ。
戻ってこない開拓者なんてよくある話だからいつもならほっとかれるか、帰りを待つ近親者がいれば、依頼が開拓者組合のロビーに貼りだされて、当然ながら開拓者が捜索するのが普通だ。
しかし、失踪した開拓者パーティの中にお偉いさんのご子息がいてね。衛兵部隊にも口利きできる人間だったもんだから、魔獣との戦闘にも強い兄も捜索隊に選ばれてしまった。しかも、若いのに捜索隊長として。
結果的に、捜索隊全員が帰ってこなかった。全員遺体も見つかっていない。
ああ、失踪した開拓者パーティは戻ってきたよ。
希少な魔獣を見かけたから、依頼そっちのけで追っていたら道に迷ってしまっただとさ。けろりとして、へらへら笑いながら話してたよ。いい気なもんだ。
その頃から、本気でない開拓者を見るのも嫌になった。
その頃の私は、森の入り口で日がな一日泣きながら待ったよ。
必ず帰ってくると譲らなかった。兄たちの捜索隊が結成されたとき、自分も付いていくと暴れ散らしたらしい。全然覚えてないけどね。
この剣が戻ってこなければ、もっと長い間待ってたと思う。
遺された剣の前で、親と一緒にわんわん泣いて、泣き疲れて寝て、次の日起きた時にはもう、街の剣術場に通うことを決めていた。
……私が今回の調査の同行を許された理由の一つに、兄の件が無いとは言えない。
多分、衛兵統括隊長の温情だと思う。
今回『魔人』が発生したとされる地域は、兄が消えた地域と重なっているからな。
もしかしたら、兄も『魔人』に殺されたのかもしれない。
もちろんその可能性は低い。
低いが、もしそうならば。
――
「もしそうなら。『魔人』を殺す単純で明快な理由が、私にはある」
声は静かで、そのくせ固く刺すように鋭く、広がる夜に吸い込まれて拡散されて、『魔人』の耳にも入るのではないかと思った。
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