第25話 キャンプファイヤーの夜
「やー、いつの間にか終わってましたね」
「……そうですね」
「何とか切り抜けられてよかったです」
最後の俺の言葉にディアが恨みがましい目をして睨みつけてきた。嫌味に聞こえたのかもしれない。
だが俺も自分の力量ってものを知らないから勘弁してほしい。他意はないのだ。
出会った頃の印象と違い、パーティ内では意外とデキる子ミリアが苦笑しながら助け舟を出す。
「オズさんにはオズさんの事情があるんです。知ってる範囲で話せるところは話しますんで、とりあえず今は目的地まで急ぎましょう」
ミリアの言葉にそれぞれ応じた後、再び一並びの隊列となって歩き出す。
森には空とは違う、独特の風が通り抜ける。細く長く、木の枝を鳴らし、土の匂いを絡ませ、なぜか冷気を含んでひゅるりと舞う。
「ん?」
「む、なんだ?」
一瞬かすかな異物の香りが届いた気がしたが、それは一瞬で闇夜に溶けて再び香ることはなかった。
「どうした? 気になるだろうが」
「いえ。……確か人を襲わない魔獣もいるんですよね?」
「ああ、もちろんいる。多くは好戦的だが、臆病だったり、逆に好意的と言っていいのかはわからんが、興味深げに人間を観察する魔獣もいる」
「さっきも言いましたが、好戦的ですけど不利だと思えば近づかない魔獣も多いですね」
頷きつつ、そりゃそうかと納得する。魔獣たちも獣。襲う相手は彼らの尺度で決めるだろうし性格だって千差万別。地球の生物だって好奇心旺盛で人間と共存できる生き物はいた。
先ほどは何かがピーピングしていたのか。その匂いが森のうねる風によって運よく俺に流れてきたのだろう。
「『魔人』じゃないですけど」
とミリアが間をおいて話し始める。俺は贈装を解除していないことに気づいて今更ながら消した。
「たしかこの森に不思議な魔獣がいるって噂は以前からありましたよね」
後半は俺ではなくディアに確認するような言い方だった。
「噂ではいくつか。目撃証言は少ないですけどね。最初に『魔人』に殺されらしいパーティも、それら未確認の魔獣狙いだったようですし」
とっても興味を惹かれる話だ。地球でも未確認生物はいるが、完全な別種の生き物なんぞそうそう発見されるものではない。
未確認の魔獣。実に興味深い。
「目撃証言ってどんなのなんです?」
俺は少し振り返ってディアに聞いてみた。会話に入ってきたことに意外そうな顔をしたディアだったが、「そうだな」と言って普通に話してくれた。
朝と比較すると格段の進歩でうれしくなるね。
「一つは蛇。もう一つは鹿が素体の魔獣だったと。どちらも類似の魔獣が遠い領地で発見されているため、完全な未確認種ではない。あくまで『ここら近辺の領地では』という前置きがつくが」
十分貴重な魔獣ではあるがな、と言い添えて話は終わった。「この地域の新種ですかー。夢がありますねえ」と笑うミリアの言葉からもロマンのある話だと分かる。
「お、話してるうちに見えてきましたかね」
「おお……!」
そうこうしている内に、ヒヒの襲来以来魔獣と戦闘になることなく俺たちは森の開拓最前線である所謂「
******
「五組ですか。けっこういますね」
「俺はもっと多いと思ったけど」
見回しつつ呟いたミリアの言葉に所感を返すと、ミリアがチッチッチと人差し指を振る。どこの世界も似たジェスチャーがあるものだ、と別の感動を覚えていたおかげでミリアにムカつかずに済んだのは僥倖だった。
「レンドラントさんが教えてくれた話、忘れたんですか? 今最前線の拠点は三つあって、しかも許可を得たパーティは少ないんです。それを考えれば多い方ですよ」
そういうものだろうか。見たものでしか判断できない俺からすれば、あれほど賑わっている開拓者組合を見ると最前線にだって開拓者が押し寄せてるものだと思っていた。それにこの拠点も意外と手狭というかコンパクトだ。木組みであるが二メートルはありそうな柵の内側に見張り台が三つ。中央には薪用のくぼ地に組まれた木。キャンプファイアを思い出す。その周囲には太い幹で造られたベンチがあり、パーティが各々固まって談笑していた。
女性も数人いる。下衆な勘繰りであることは重々承知であるが、どうしても心配が先に立つ。特に俺は異世界に来てすぐに嫌な光景を目にしてしまったので尚更だった。
「ディアさん!」
「ああ、キュリーか」
とそこで近くにいたパーティからディアを呼ぶ声が響いた。続いてほぼ全員の視線がこちらに向く。もともとけっこうな視線の数を感じていたが、この段に至って隠そうという気も無くなったようだ。親し気に会話する二人にミリアが近づく。
「お知り合いですか?」
「あ、はい。紹介しますね。彼女はキュリー。私より一つ下なのでミリアさんと同じ歳かと。街中でボラれそうになってましたが、優秀な開拓者です」
笑みを含んだ紹介に「その節はお世話に……」とキュリーさんはふかぶかーと頭を下げ、ちらりとこちらを見た。
「でも珍しいですね。このお二人は同業者、ですよね。衛兵さんと開拓者の組み合わせとは」
小首をかしげる仕草は確かに若く、しげしげと俺らを見つめる瞳は邪気というものが無かった。
「はじめましてキュリーさん。ミリアと言います。私は『元』開拓者でして、今はレザントで受付をしていますのでレザントにお越しの際はごひいきに」
「んんんぅ?」
返事に困ったようなうめき声にディアと俺も苦笑していたところで、「ミリアって」という声が割り込んだ。
目を向けると、キュリーさんと同じパーティの大柄な男が、座った姿勢からミリアを見上げていた。
「『リムティア』のミリアか? 最速の?」
「『最速の』?」
俺が思わず声を上げると、ミリアが
「お前、同じパーティだろう。なんで知らない? 前衛都市リムティアでクラス3に史上最速、最年少で到達した女がいるってんで当時話題になったんだぜ」
「前衛都市?」
「いやそこかよ」
そういえば似た話をユーテリアさんから聞いていた。ディアも知っていたみたいだし、ミリアってかなりの有名人なのでは。しかし前衛都市とは?
「まあ、それはあとで説明してあげますよ。あー、リムティアで開拓者やってましたミリアです。どうぞよろしく」
前半の言葉は俺に。後半の棒読みの自己紹介は立ち上がった男に向けてだった。
「はっは。隠せるもんじゃねえだろうけど、言いたくなかったんなら悪かったな。ドルムントだ、よろしく」
「別に隠しても恥にも思ってないですよ。ちょっと鬱陶しいだけで」
ドイツの都市みたいな名前の男は、ミリアの台詞がどういう意味なのか吟味するように思案した後、「過去の話ってことか」と一人納得したようにつぶやいた。
「それで、衛兵隊の
周りのパーティも、俺らの問答に聞き耳を立てている。
「……ドルムントさん。推測するのは結構ですが、こちらからお答えすることはできないですよ」
「わかってるさ。別に何をしようって訳じゃねえ。ただの興味本位さ。―だがよ」
ドルムントという男は、今度はディアに向き直る。こころなしか労わるような目だった。
「自分で志願したのか?」
「……そうです」
「そうか」
ちらりとディアの帯剣した剣に目をやった後、「そうか」ともう一度呟いて、今度は自パーティに視線を送った。
「明日は早くから出るのか?」
「その予定ですね」
「だろうな」
その後、「わかった」と言ってディアに向けて言った。
「見張り役は今日は変わっといてやる。俺らは近場の狩りだし朝急ぐでもねえ。『魔人』の調査かどうかは知らんが、奥まで行くなら休んどけよ」
「……いいんですか?」
「別にこれくらいの配慮は珍しい事でもねえだろ」
あっち空いてるから休んどけと言い置いた後、彼はパーティの輪に戻っていった。「変わりは任せてくださーい」というキュリーの言葉が追いかけてきたので、俺らは頭を下げつつ指定されたベンチの前に移動する。
「さっきの話って、どういう意味です?」
「ああ。基本的に拠点地の見張りは交代制なんだ。ここにいる開拓者が協力して順繰りに見張り台で異変がないかを見張ることになっている。まあいつもって訳じゃない。ただ今は『魔人』の噂があるからな。話し合って見張り役を置くことになってたんだろう」
いいシステムではあるが、粗暴な開拓者がいれば諍いの種になりそうでもあるな。しかし何故ドルムントさんは、俺らに融通してくれたのか。
ディアと目が合うと、彼女は少し笑った。
「私達は少し、世間話をする必要があるみたいだな」
ミリアが手際よく薬缶を取り出し水を注いで薪の近くに置いた。市場で買っておいた保存食を手に、時折聞こえる魔獣の遠吠えを背景に、俺たちは身の上話を互い違いに持ち寄ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます