第24話 幽霊の正体見たりデカい猿
『幽霊の正体見たり枯れ尾花』とはよく言ったもので、恐怖をフィルタに見渡せば葉擦れが魔獣の足音に聞こえるし、木々の隙間から漏れた星の瞬きさえ敵の輝く瞳に見える。
足元の覚束ない夕闇の道を注意しながら進む。先ほどまであった足の疲れは噴き出るアドレナリンで既に感じない。前はミリア、後ろはディアが警戒している。俺は左右をできる限り見渡そうとキョロキョロするが、これが得策ではないことは薄々わかっていた。
(もっと上手いやり方がある気がする)
首筋に纏わりつく静電気のようなひりつきは未だに消えることはない。だが、この痺れには強弱があることに気付いていた。
根拠はない。しかし俺の直感が理性に先んじてシナプスに直接告げる。
―殺意だ
日本では晒されることの無かった剥き出しの殺意が、これほど肌を逆なでするとは。死相の視える俺は人より殺意に敏感なのだと、今夜如実に実感する。
複数いる。
おそらくミリアも気付いている。しかし暗闇の中全ての居場所までは特定できない。相手は俺らに合わせて移動している。間違いなく狙われていた。
「狩られる側ってことか」
「そういうことです」
走りながらの呟きを前を向いたまま律儀に拾ったミリアが「もう少し急ぎます」と言いつつ速度を上げた。
「オズさん、顕現しておいた方が速度出せますよね? 辛かったら使ってください」
「そこまでじゃない」
この応酬に不審げな顔をしたのはディアだった。
「どういうことですか? こい、―彼の贈装が特殊能力付きであるような言い方ですが」
「え? はい、そうですが―」
きょとんとしたように言ったミリアが言い終わるか否かのところで。
殺意がぶわりと膨張した。
「くるぞ!」
勝手に口から出た言葉にまずミリアが反応して周囲を見、話を中断されたディアが不服気に俺を見た。緊張感の薄い者に狙いを定めたのか、魔獣が最初に襲い掛かったのはディアだった。
「シッ」
開戦の合図のように、キィンと金属のぶつかり合う音が響き渡る。遅れて振り向いたディアは自分がに守られたことに遅れて気付いた。ディアの背後には短剣を逆手持ちにしたミリアと対峙するように、大柄で毛深いゴリラみたいな魔獣が前傾姿勢でこちらを品定めしていた。
「……
ミリアの言葉を理解したわけではあるまいが、自分の名が呼ばれた瞬間に猿の魔獣が「ヒヒヒ」と嗤い、跳ねるように大きくステップバックした。
「まだいます。気を付けてください」
一体が嗤えば、連鎖するように
……隅で丸くなっていろとのお達しであったが、これは二人だけじゃ対応できない。そう判断して俺は一歩前に出た。
それを目ざとく見咎めたのはやはりディア。
「貴様は下がってろ!」
「危機的状況ですし、そういう訳にもいかんでしょ」
俺の言葉の何が逆鱗に触れたのか、次の瞬間彼女は声を荒げた。
「油断していただけだ! お前の出る幕はない!」
ここでとうとうミリアが割り込む。
「さっきから何を言ってるんです? それに声が大きいです。 オズさん、迎撃の準備できてますか? 群れのくせしてあいつら個体でも強いですが」
前方を警戒しつつ聞いてきたミリアに無言で頷く。
「ふふ、初めて観ますからね。楽しみです」
「なにを……」
言ってるんですか、という言葉がディアから聞こえる前に、俺は彼女を強く押しのけた。「なんっ」と言いながら後ろに倒れ込んだ彼女の元いた空間を飛来した投石が走り抜ける。
驚いた顔をして尻もちをついた彼女に構うこと無く、投石に合わせて飛び込んできた二体目のヒヒを俺は見据えた。
「っ逃げろ!」
棒立ちの俺へ咄嗟に投げかけた言葉だけが聞こえた。ヒヒの太い腕がしなり、夜に紛れるほど黒々とした拳が恐ろしい速度で俺の頭蓋へ突き込まれる。
しかしそれよりも速く、閃く銀線が拳の残像とクロスした。
次いで訪れた絶叫はヒヒのデカい口蓋からだった。
「流石に嗤えないか」
言いつつナイフを逆水平に振るうと、抵抗もなくヒヒの口が真横に裂け、頭の上半分がずり落ちて地面に転がる。
「……」
束の間、静寂がこの場を支配する。ミリアさえ眼を見開き、ディアは尻もちをついたまま俺と頭の半分無くなったヒヒを交互に見た。他のヒヒさえも一瞬で殺された自分の仲間を凝視していた。
「な、んでナイフで? 一撃?」
「エグイですね」
ディアが独白のような疑問を口にし、ミリアはやれやれとかぶりを振った後、「私は普通に手数でいきますよー」と言いつつヒヒに向き直った。
「投石したヤツ以外にも多分まだいます。俺に任せて寝てますか?」
少しからかう様にそう言うと、ディアは目が覚めたように飛び起きる。
「だれが!」
言ったそばから間髪入れず拳大の石が飛んでくるが、今度はディアが前に出て対処する。贈装の方の剣の腹で投石をいなし、ぐるっと辺りを見回してかすかに揺れた草藪に目をつけた。
「私はあちらを対処する」
そう言った後、一拍置いて一息に言葉を絞り出した。
「投石の方は貴様で何とかしておけ! 私が狩った後にまだ終わってなかったら私が討つからな!」
言うや否や激しく方向転換して藪に突っ走っていき、同時に飛び出してきた三体目のヒヒの鋼のような爪撃を双剣で受け止めた。
「了解です」
背後でミリアが完勝したのを尻目に、誰にも聞こえないくらいの声で応答した俺は、石の飛んできた方向へナイフを持ったままするりと走り寄る。
特別なことはしていない。
しかしその足音は枝葉を踏む音さえ響かせず、投石役のヒヒはおろか討伐直後であったミリアさえ、オズがいなくなったことに気づかなかった。
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